FC2ブログ
2018 08 / 07 last month≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫09 next month
前回、オッサンこと妹の夫が自転車を運転中に倒れ、心肺停止から蘇生したものの意識不明の重体となり、集中治療室から病棟に移されたものの家族の承諾なしに差額ベッドの部屋にされ、主任看護師と揉めているところまで書き、今回はその続きであるが、続きを書く前に前回書き忘れたことを先に加えるとしよう。

オッサンが自転車で倒れたところを目撃した人はいず、巡回中の警察官に発見されたのか通りがかかった人が救急車を呼んでくれたのかも未だわからない。
わかっているのはブレーキ痕はなく、恐らく胸をハンドルに強く打ち顔を道路に強く打ちつけたのではないかということ。
着ていた服も持っていたバッグも血だらけであり、鼻を骨折し、前回書いた通り意識不明であった。

そしてもうひとつ。
意識不明ではあるが、今後肺炎や褥瘡(じょくそう)等を起して緊急事態になった時、延命治療をしないと決断した妹だが、即決したわけではない。
初めはどんなかたちでもいいから生きていて欲しいと延命治療を希望にしていたのだが、ネット等で調べていくうちに徐々に気持ちが揺れたのだった。
それにオッサンの引き出しから遺書ではないのだが手紙が出てきたそうだ。

前回も書いたがオッサンは私からすれば弟になるわけだが、しかし年齢は私よりずーっと上で、妹とオッサンが並んでいると父親と娘、親子にしか見えないのである。
心筋梗塞を患ってもタバコを止めることもなければ食事を改善することもなく、「そんな事やってられっか!」と好き勝手をしてきた人であり、それでも人生を振り返る時があったようだ。
『ここまで生きるとは自分でも思わなかった。もっと早く死んでいてもいいはずだった自分がここまで生きてきたのは家族がいたからだろう。万一何かあっても誰にも知らせなくていい。家族は○○(妹のこと)とポロロン(白い鳩)だけ』
というような事が書いてあったらしい。


さて、前回の続きである。
「ここでちょっとお待ちください」
と言ったきり、主任看護師は1時間以上戻って来ず、やおら来たと思ったら
「担当が忙しいようなので・・・、何時位まで待てますか?」
別に用があるわけではないが、
「何時間待たせる気だ!初めから来る気なんてないんだろ!逃げに入ったな!」
カチンときた私は、
「何時って、いいだけ待っていますけど。」
と言うと、
「もう少々お待ちください」
間もなくてして主任看護師は
「担当はいませんが、私の上司がいますので、その者と話して頂けますか。」

主任看護師の上司が看護婦長だったか、役職名は忘れたが、いかにもやり手といった感じの年配の女性だった。
主任看護師の上司によれば、差額ベッドの連絡を受けた母が「はい」と返答をしたから集中治療室の担当は了承と認識したはずだと言う。
「話を聞いている時は普通『はい』と返事をしますよね。了承の意味の『はい』ではなく相槌ですよ。『はい』と言わずに『はあ?』とか『えー、えー』とか言うべきだったのですかね?そもそも、こちら順序が逆じゃなですか!移動する前に連絡して、『大部屋と個室どちらにしますか?』からはいるのが普通ですよね。こちらの意向は全く無視ではないですか。2週間とか1ヶ月とかで元気になって退院できるのであればこんな事は言わないんです!ご存じの通り意識不明、植物状態なので、これから転院したら月に何十万もかかるんです。お金のことなんて言いたくないですけど、こちらは今後どうしようと悩んでいるんです。」
主任看護師の上司に思いのたけをぶちまけたら、あちらも返す言葉を失い、しかし主任看護師の上司であるからして引きはしない。
「私どもは看護師にすぎないので、そういったことでしたら後日医事課の者と話し合って頂きたいと思います。」
「後日って、いつですか?」
「一週間後位ですかね。一週間以内に連絡するようにしますから。」

若い頃、私は比較的大きな病院の医事課で働いていたことがあり、少しだけ病院の裏事情を知っている。
こういう場合に医事課ときたら窓口の女性ではなく、うしろに引っこんでいる男が出てくるに違いない。
帰宅して差額ベッドと厚生労働省の通告とやらを調べまくり、闘う攻略を練った。


翌週になり、悪いなりにもオッサンの状態が安定したとふみ、私は仕事に復帰した。
そして同じ週の金曜日、妹も仕事に出た。
家にいるとオッサンの今の状態のことや今後のこと等、あれこれと考えてしまい鬱々としてしまうらしく
「家にいるより気晴らしになるんじゃない。何かあった時は勿論休んでいいから、週に2日位働いてみたら」
と上司のはからいがあったからだ。

その日の夜9時半過ぎのこと。
仕事を終え電車に乗っている時に
「オッサン、危篤だって!今、病院に向かっている」
妹からメールが入る。
妹もまた仕事帰りの電車の中で病院からの連絡を受け、大抵油断している時に事は起きるものだ。
私も母も各々の場所から病院へ向かう。

病院へ行くと、オッサンは以前の差額ベッドの部屋にいた。
心肺停止したから連絡したが、措置をしたらまた心臓が動いたと看護師から説明を受ける。
夜通し見守るべきか終電で帰るべきか悩んだが
「意識があるわけじゃないし、いつまでいても仕方ないから一旦帰ろう」
妹が決断し、その日は病院から近い妹の家に泊まった。
それまでも私は何度か妹の家に泊まったことがあったが、大腸癌の父の介護をしており家をあけられない母が泊まるのは初めてであり、妹のペットである鳩は初めて会う母に驚き興奮しまくった。

翌日、病院へ行くと、オッサンはまた大部屋に移されていた。
依然意識不明である。
「状態が安定したら転院という話を以前にしましたが、もしかしたらここで息を引き取られる可能性も出てきました。みんさん、それぞれ生活がおありでしょうから、万一の時はご家族全員揃った時にご臨終とさせて頂きます。それと、今回は道路での事故ということになりますので、亡くなられた後は警察にご遺体を引き渡し、その後診断書を書くことになります。」
と医師から説明を受ける。
「あの・・・、余命って、どのくらいなのでしょうか?」
母が聞くと
「それは誰にもわかりません。わかるのは我々より寿命が短いということだけです。それと、以前にも確認させて頂きましたが延命措置はしないということでよろしいですね。」

そして4日後、朝、仕事に行く支度をしていると母から電話が入った。
「オッサン、危篤らしい。脈が弱くなっていると病院から電話が入ったらしいよ。」
大急ぎで支度をし、病院へ向かう。
また止まりつつある心臓が動くのではないかとひそかに期待していたのだが、そんなことはなかった。
電車に乗っている途中に妹からメールが入る。
「今、病院から電話があって、オッサン、息をひきとったって。」
誰も間に合わなかった。

「今から帰るから」
と、パチンコに勝って嬉しそうな声で連絡をしてきたオッサンは、意識不明のまま4月14日、帰らぬ人となった。

ここで終わりならいいのだが、まだ続きがあり、それは次回にするとしよう。




我が家のアイドル、セキセイインコのラニ君は2日おきに4個の卵を産み、今、3個の卵を温めている。
ひとつは自分で蹴って壊してしまったのだ。
これまで何度もラニ君の産卵を見てきたが、2個目までは知らんぷりだというのに、3個目からメキメキと母性本能が芽生えるらしく抱卵するのである。

そのお姿が(わざと『お』をつけました)が健気でならない。
ケージの下の冷たい金網の上で小刻みに震えながら、かえることのない卵を一生懸命に温めているのだ。

5個目を産むとしたら今日なのだが、今のところまだ産む気配はない。
ラニ君が無事に卵を産みきってくれないことには、卵詰まりするのではないかと私は気が気でない。
ラニ君が「今回は○個産みまーす」
と宣言してくれればいいのにと、いつも思う私である。

IMG_20150424_101826.jpg
卵を足でお腹の下に集めるラニ君。
抱卵中は両羽の間の、ラニ君のチャームポイントであるグリーン部分が盛り上がります。


IMG_20150328_165628.jpg
夫の(ネパール人)の腕の上で嬉しそうにしているラニ君。
餌も与えなければケージの掃除もしない、遊ぶこと専門の夫のことがラニ君は大好きです。


スポンサーサイト
病気と付き合いながらの生活 | インコ様 ♪ 愛鳥成長録  | TB(0)  | Page Top↑
TrackBack URL
→http://namaste640.blog.fc2.com/tb.php/94-19230753

プロフィール

フリーエリア

カレンダー

最新記事

カテゴリ

月別アーカイブ

最新コメント

最新トラックバック

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム