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母と猫・お別れ  10/04/2020  
今回もタイトル通り実家の猫の話です。
前回、我が母が公園の子猫を家族の一員として迎えたことを書いたが、今回は先住猫メメタン(本名メリ子)のことである。

メメタンが我が家に来たのは14年前。
「猫がいるよ、子猫がいる。雌猫みたいだ。ちょっと餌、やってみるか。」
とっ言ったのは、今は亡き我が父である。
ある日突然、隣の家の我が家寄りの庭先に猫がいて、我が家の方向を見ながらミャーミャーと鳴いており、それを見つけたのが父で、父が餌をあげるということは飼ってもいい、いやいや「飼う」ということだ。
かなり前に「ペット遍歴」というタイトルで、我が家のペット歴を書いたことがあったが、我が家においては、ペットを飼うかどうかは勿論のこと、その他全てにおいて父が絶対的権限を持っていた。
父は怖い存在であり、昔ながらの厳格な「お父さん」だった。

父は動物好きではあったが、どんな犬や猫でもいいというわけではなかった。
父の好みは、本人に直接聞いたことがなく、また聞いたところで答えてくれるような人ではないのでわからないのだが、私が察する限りでは、絶対に「雑種」でなければならない。
逆を言えば、ペットショップにいるような素敵なワンちゃん猫ちゃんはダメなのだ。
また、当時我が家には雄猫が2匹おり、雄と雌の比率が父なりにあったようだ。
雄が多い時は雌を迎え、雌が多い時には雄を迎えるというようにしていたように思う。
そして一番重要なのは出合い方である。
我が家にフラッと来たとか公園や道で出会い、そのままついて来てしまったとか、こういう出合いを我が家では「運命的出会い」と呼んでいるが、運命的出会いでなければならないのだった。

子猫は愛情に飢えていたのか、すぐに家の中に入って来て、「うちの子」になった。
うちの子になったのならば、名前をつけなければならない。
本来ならば半年位一緒に生活をしてから名前はつけたい。
というのは、半年くらいするとその子の特徴がわかるからだ。
しかし、半年間名無しというわけにもいかないから頭をひねる。
そこで、写真でしか見たことがないが、昔、父が飼っていたヤギから名前を頂くことにした。
メリーという名のヤギだったらしく、「メリ」に「子」をつけてメリ子と命名。
名付け親は私である。
とはいえ、メリ子と呼んでいたのは初めだけ。
時がたつにつれて呼び名が変わってしまうのが我が家の常で、メリ子から「メメタン」になり、誰かに名前を聞かれた時や動物病院でだけ「メリ子」になる。

先に書いたが、メメタンが来た頃、先住猫が2匹いた。
2匹共雄猫だったが、この2匹は性格がピッタリ合っており、常にベッタリくっついていた。
そこにメメタンが入ったのだが、2匹の雄猫が優しい性格だったせいか、特に争うこともなく、メメタンはすぐに受け入れられ、3匹でベッタリくっついて寝ていることも多かった。

メメタンは子猫といっても生まれたばかりではない。
生後半年位だろうか?
だったらそろそろ避妊手術した方がいいだろうと、母が病院へ連れて行くことになった。
その頃のかかりつけ病院は、最寄り駅の駅前に古くからあるN動物病院だった。
先生は我が母より少し年上、助手は先生の奥様がされていた。
話しやすく、いい病院ではあったが、絶対に入院はさせず家に返すというのが先生のポリシーだった。
飼い主のそばが一番安心するという理由からだ。
それはいいのだが、母にとっての一番の難点は駐車場がないということだった。
近くのスーパーの駐車場に車を止めるのだが、そこから獣医さんまでのわずか5分の道のりが辛い。
メメタンはまだ小さく痩せていたからいいが、他の雄猫は2匹共6㎏以上あり、5分といえども6㎏が入った猫ケージは重いのだ。

「メメタンにはびっくりよ!」
話したくてしょうがないといった感じで、その日の夜、母から連絡が入った。
「あのね、メメタン、子猫じゃなかったのよ。しかも、もう避妊手術済の猫だったの。」
「えっ!そうなの。じゃあ、元飼い猫だったんだね。」
「そういうことになるわね。先生が言うには、1歳か2歳位なのか、何歳かはわからないって。」
「お金かかったの?」
「かからなかったわよ。何もすることがないからお金を取るわけにはいかないって先生に言われて、そのまま帰って来たの。メメタン、捨てられたんだわね。手術までして捨てる人もいるのね。」

それからは、猫3匹の幸せな日々が続いたが、雄猫2匹は年の順に病気になり、天国へ旅立ち、メメタンひとり(正確には1匹)となった。
メメタンはというと、来た時に大人猫なのに子猫に見えたほど小さく痩せていたというのに、うちの子になったら丸々と太り、デブ猫に変身した。

それからどの位たったかは忘れたが、母が公園から黒という猫を連れて来た。
黒のことは以前書いたが、連れて来た時に既に猫エイズにかかっていて、その後腎臓も悪くなり、予想よりずっと早く天国へ旅立ってしまい、またメメタンひとりになり、次に来たのが前回書いた黒猫クー太である。

過去のブログを読み返したら、メメタンと黒は一戦交え、メメタンが勝ち、それから仲良しになったようなのだが、母曰くクー太とは戦っていない。
クー太が子猫だからなのか、メメタンが年を取り、そんな気力がなくなったのかもしれない。
但し、メメタンの食欲が増したようだ。
「ひとりの時はいつでも食べられるからだからなのかしら?餌を残していたのに、クー太が来てからすごい食欲なのよ。残すとクー太に食べられちゃうから競うように食べてるの。おかげでデブになって、トドみたいよ。」
と母は言い、こんな話をしていたのは今年の2月だった。

今年4月半ば頃のこと。
「メメタンが、なんか食欲がないのよ。病院連れて行った方がいいのかな~?どうしたらいいと思う?」
母から電話があった。
「えっ、少し前までよく食べる、トド猫って言ってたじゃん。」
「そうなのよ。それが急に、ガクッと食欲が落ちて、なんか調子、悪そうなのよ。」
通常の私であればすぐに病院へ連れて行くべきだと言うのだが、この頃はコロナで緊急事態宣言が出ていた時期で、高齢で肺に持病がある母に「すぐに行け」とは言えない。
されとて私が連れて行くこともできない。
実家は徒歩10分以内と近いとはいえ、互いに感染させてはいけないと、2月以来母とは会っていず、専らメールと長電話で連絡を取っていた。
「コロナだからね・・・、少し様子をみてから決めたら?」
「そうだね、そうするわ。」

それから1ヵ月位様子を見たのだが、メメタンの食欲が戻ることはなく、病院へ連れて行くことになった。
問題はどこの病院に連れて行くかである。
これまでメメタンは病院へは2回しかかかったことがない。
先に書いた我が家に来て間もない時の、行っただけで何もせず帰宅したのが1回目。
2回目は昨年の11月。
毛にダニらしき虫がついており、ダニ駆除&健康診断でかかった。
その時かかったのは、車で10分位の所にある女性獣医さんの病院である。
1回目の歴代の猫ちゃん達かかりつけ駅前病院は先生のご年齢により廃業されたからだ。

ダニはすぐに解決したが、健康診断では腎臓の数値があまりよくないと言われたらしい。
だかといって特に薬が出るということもなく、腎臓食に切り替えるといいとアドバイスを受けただけ。
腎臓だからどうしようもないのではないかというのが母の意見であり、今回も同じ病院にかかることにした。
先生の感じは悪くなく、また駐車場もあり、母にとって通いやすいというのが理由である。

病院では口の中を診て、血液検査をしたそうだ。
腎臓の数値はそんなに悪くなく、問題は歯であり、奥歯を抜けば食べられるようになるとのこと。
奥歯を全て抜いてしまっても猫の場合食べるのには支障はなく、しかし全身麻酔をして抜かなければならず、高齢のメメタンが全身麻酔に耐えられるかが問題だ。
全身麻酔で死んでしまうことはないかという母の質問に
「そういう子もいます。」
と先生はおっしゃり、飼い主としては「お願いします。」と二つ返事できない。
とりあえず点滴と痛み止めの注射をしてもらい、「考えます」と持ち帰りになった。

「どうしよう」
母から相談電話が来る。
私は物事をポンポンと、わりと早く決めてしまう性格なのだが、麻酔で死ぬかもしれないと聞かされると、「手術した方がいい」とも言えない。
「点滴と注射で、メメタン、どうなの?」
「少し元気になって、少し食べるようになったけど、でも少しだけだよ。このまま点滴と注射でもつのかしら?メメタン、あんまり長くないかも。今年一杯もつかどうか?」
と母。

それからは点滴と注射をしに週に2回通院したが、点滴と注射が効いたのは初めだけ。
メメタンはまた食べなくなり、食べないものだからどんどん痩せ、6月になった。
「メメタン、手術することにした。だって、このまま点滴と注射を続けてももちそうにないし・・・。一か八かよ。手術は6月9日。前日に入院して、検査してからだって。」
母が決断をしたのだった。

6月9日は朝から気が気でなかった。
私は毎朝、通勤電車の中から母にメールをする。
「昨日獣医さんから連絡あった?メメタンの手術、何時?」
と、メールを送ると
「病院から連絡ないよ。前に先生が午前と午後の診察の合間に手術すると言ってた。」
と、返信があり、仕事が終わると帰りの電車の中でまたメールを打つ。
「メメタンの手術、終わった?メメタン、大丈夫?」
「メメタン、まだ手術してないの。帰ったら電話頂戴。」
母の年齢になるとメールよりも電話なのだ。
帰宅し、母に電話をすると、「夕方病院から電話があって、昨日検査をしたら腎臓の数値が悪いんだって。点滴に何が入ってんだかわからないけど、薬の影響で数値が悪い可能性があるから2日間薬を調整して、もう一度検査をして、大丈夫なら手術するって。」
手術日が12日に変更になったのだった。

12日も朝から落ち着かず、仕事を終え、帰宅し母に電話をすると、
「メメタン、連れて帰って来た。」
「手術は?」
「腎臓の数値がすごく悪くて、手術に耐えられないって。もう手の施しようがないって。」
「手の施しようがないって・・・、メメタン、そんなに悪いの。歯が悪かったんじゃないの?」
「初めは歯が悪いって言われたのだけど・・・、今月一杯もつか・・・」
「え-----!医者はなんて言ってるの?」
「1週間とか・・・曖昧で、医者もわかんないんじゃない。」
「1週間!メメタン、どんな感じなの?」
「全然食べないし、元気もなくて、ぐったりしている。怪獣みたいな声で鳴くのよ。」
メメタンは5日間入院し、家に戻った。
入院する前より、一層悪くなって帰って来たのだった。

翌日の13日は土曜日で、仕事は休みだった。
コロナ禍だから実家へ行くのは長らく控えていたが、メメタンのことが心配で、がっちりマスクをつけて実家へ行った。
「メメターン」
と言いながら実家へ入ると、いつもなら「ニャーン」と可愛い声で鳴きながら足元にすり寄ってくるメメタンが無反応。
窓のそばでうずくまっており、険しい顔をしている。
「メメタン」
と呼ぶと、ギャーッと、母が言うように怪獣のような声を出し、見るからに弱っている。
どのくらいもつかはわからないが、もう長くないということはわかる。

帰宅してもメメタンのことが気になり、ネットで「猫 腎臓」ばかり検索してしまう。
すると、ペット用の腎臓に効く水があり、腎臓が悪く死にそうだった子がその水を飲んだら元気になった、というサイトが出てきた。
その水が、水のわりには高い。
高いのだが、買えない値段ではない。
非常に眉唾なのだが、手立てがないと医者に匙を投げられると、こういう物でもいいからすがりたくなる。
しかし、値段に躊躇いすぐに買うとまではいかない。
翌週、17日水曜日は休みを取っていたので、またメメタンに会いに行き、水については母と検討することにした。

ところが、16日火曜の朝、
「メメタン、どう?明日、メメタンに会いに行く。腎臓に効くっていう水があるから、買うか検討中。」
いつものように通勤電車の中から母にメールを送ると、
「メメタン、夜中の2時頃、天国に行っちゃった
母から涙マークのついた短いメールが来た。

長くはないとは思っていたが、こんなにも早く旅立ってしまうとは思ってもいなかった。
メメタンがいなくなった後、母は暫くの間心にぽっかり穴が開いたような状態になり、クー太に向かって「メメタン」と呼んでしまったりしていたそうだ。
でも、クー太がいてくれてよかったと思う。
クー太がいなかったら、母はきっと、ペットロスになっていただろう。

2020年、コロナ禍の6月16日午前2時頃、メメタン、天国へ旅立つ。
メメタンが一番辛い時に、コロナであまり会えなかったのが残念でならない。
今までペットとのお別れは何度もしているが、何度経験しても慣れることはない。
毎回、すごく悲しい。

neko5.jpeg
メメタン。
目の上の茶色の模様がチャームポイントでした。

neko6.jpeg


neko11.jpeg
我が家に来た時は子猫と間違える程小さかったのに、
うちの子になってからはどんどん太りました。
小さい時も可愛かったけど、太ったメメタンはもっと可愛かったです。
抱っこは嫌いでしたが、毛を撫でられるのは大好きでした。
もう撫でることができないと思うと、










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