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お別れ  09/07/2018  
取るに足らないことしか書いていないこのブログにいつもご訪問下さる方、ありがとうございます。
今日はご報告です。

9月6日23時40分、愛鳥ラニ君が天国へ旅立ちました


4日に入院をさせた私ですが、ラニ君のことが気になってしょうがなく、5日、仕事の合間に病院へ電話をしたところ
「非常によくないです。このヒトは神経質らしく、全然餌を食べません。体重も27グラムまで落ちています。」
と先生。
それを聞いたら、仕事はしましたが、いてもたってもいられず、仕事帰りに病院へ直行しました。

病院へ着くと、診察室に通され、病院のケージに入ったラニ君が連れて来られました。
私を見ると一目散に私の方に寄って来て
「早くここから出して。」
と言わんばかりに何度もジャンプをしました。
今にして思えば、最後の力を振り絞ったジャンプだったのでしょう。
健気な姿に胸が一杯になり
「先生、このまま連れて帰ります。」
「そうですね。このヒトは飼い主さんと一緒じゃないとダメなのでしょう。ここにいるより飼い主さんの所にいた方がいいでしょう。」

そして、昨日の6日、仕事を休むわけにはいかなかったので、ラニ君の様子見と通院を徒歩7分の所に住む母に託しました。
『ラニ君、餌とおやつ食べてるよ』
昼間の母のメールはこうだったのですが、
仕事を終え、帰りの電車の中でメールチェックをしたら
『ラニ君、体重また減って23グラム。今日明日が山みたい。ハチミツをうーんと薄めた水を嘴につけてあげて下さいと先生が言ってたよ。ハチミツは買ってあるから。』
急いで家に帰りました。

帰宅すると、先に帰宅していた夫(ネパール人)が
「ラニ君、もう力がないよ。」
ラニ君は起毛の毛布の上でベッタリと腰を落としていました。
夫が帰宅した時はケージの中に吊るしてあるブランコに乗っていたようですが、ケージから出した途端力がなくなったようでした。
大好きだった、我が家でラニ君の為に栽培しているあわ穂をあげると、少しついばみました。
しかし口は開いたままで、喉を通っていかず、あわ穂の粒は下に落ちるだけ。
食べたいという欲はあるのですが、体がついていかないのです。

私も夫も朝が早いので、10時には就寝します。
とはいえ、この時点で私は仕事は休むと決めていたのですが、2人でラニ君をどこに寝かせるか悩み、やはりいつも寝慣れているケージがよかろうと、夫がケージの中に毛布を敷きました。
しかし毛布の上はラニ君が落ち着かないようで、その昔買ったお椀型の藁で出来た巣を入れてみたのですが、安定の悪い巣からラニ君は落ちてしまい、自力で這い上がることができません。
止まり木に止まりたそうにしていたので、位置の調節のできる止まり木を一番低くし、その上にラニ君を乗せ、真下にタオルを敷きました。

暫く止まり木に止まってたラニ君でしたが、そのうち前後に体が揺れ始め、真下のタオルの上に落ちました。
鳥が死ぬことを「落鳥」と言うようですが、まさにそうです。

タオルの上でラニ君はずーっと横たえていました。
目はつぶり、私が「ラニ君」と呼びかけると小さくなってしまった目を少し開け、またつぶるの繰り返し。

そして、11時40分、タオルの上でラニ君は4回痙攣を起こし、動かなくなりました。
「ラニ君、一緒に沢山遊んだね。ママ、楽しかったよ。今までありがとう。」
私は動かなくなったラニ君を手の平に乗せ、ラニ君に向かって1時間程声をかけ続けました。
この時は涙は出ませんでした。
死んだということがすぐには受け入れられなかったのです。

そんな私に夫は
「アナタがラニ君、殺しました。ラニ君に注射ばかりするから。ラニ君、早死にしました。」
と言うのです。
というのは、ネパールにいる頃、夫はタイソンという名の犬を飼っていたのですが、ウィスキーを飲ませたり、犬にとってよくない物を飲み食いさせていたからだと私は思うのですが、タイソンはわずか8ヵ月で死んだのです。
「アナタがタイソン、殺しました。」
タイソンの話になる度に私が言っていたので、夫の逆襲なのでしょう。

朝、お世話になった先生にメールを送ると、ほどなくして先生から返信が来ました。
『そうでしたか。でも、最後、待っていてくれたのですね。この子は弱い子でした。でも、しっかりと愛情を受けてこられたので、これまで大きな事なく、生きて来られたのだと思います。そういった意味では、とても幸せな子だと思います。とても大切に愛されていましたから。ラニちゃんのご冥福をお祈りします。』
これを読み、初めて、私の目から大粒の涙が溢れました。
死んだラニ君の体をまた手の平に乗せ、
「もっと、もっと、一緒にいたかったよ。ラニ君、注射ばかりさせてごめんね。留守番ばかりでごめんね。ラニ君、辛かったよね。ママ、あと何年後か何十年後かわからないけど、ラニ君の所に行くからね。それまで待っていてね。」

ラニ君は実家の庭に埋葬しました。
実家の庭ではラニ君にあげる為に栽培したあわ穂が大きくなっていました。
箱にラニ君を入れ、ラニ君が大好きだったあわ穂と遊びかけだったカットルボーン(イカの甲)も入れ、ラニ君と同じ色の黄色の花を飾りました。

以前、かかりつけの先生に寿命を聞いたところ
「セキセイインコの寿命は6~8年で、その間をとって7年と私は言っています。」
と仰っていました。
ラニ君が10歳まで生きるとは思っていませんでしたし、いつかはお別れがくると思ってはいましたが、今年の11月で6歳になるラニ君でしたから、あと1、2年は一緒にいられると思っており、心の準備ができないまま逝ってしまったラニ君。
いや、これが1年先でも2年先でも、きっと心の準備なんてできないのでしょうね。

実家から我が家に帰ったら、「ラニ君、ママ、帰ったよ。」と、思わず言ってしまった私。
今までは、仕事に行く前は冷房のランプがついているのを確認し、「ラニ君、よし」と指さし確認し、雨戸を閉める時はラニ君が別の部屋にいることを確認してから、やっぱり「ラニ君、よし」と独り言を言ってから雨戸を閉め、台所で火を使う時はラニ君が台所に来ないように細心の注意をはらっていましたが、もうそんなことをする必要もなく、それがとてつもなく淋しく、悲しい私です。


rani4.jpeg
夫のチェーンで遊ぶラニ君。
この遊びも好きでした。


rani3.jpeg
ラニ君のお墓。
ラニ君が来て以来、私の一番好きな色は黄色になりました。






















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