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夫の実家(七)  08/17/2019  
久しぶりの更新です。
停滞ばかりしている『夫の実家』のつづきです。

夫の実家(四)にも書いたが、自給自足の夫の実家は、私にとってはとても退屈な所だった。
朝、お茶を飲むと夫の家族はみな、農作業に出てしまう。
「私も手伝う。」
と言ったものの
「いいから、いいから、のんびりしていなさい。」
私は完全にお客さんであった。
最も、私は農業なんてやったことがない。
家庭菜園が趣味だった我が父が土いじりをしているのは見てはいたが、手伝ったことはない。
私がしたことと言ったら
「庭から大根取って来い。」
と、父に言われ、育った大根を引き抜くくらい。
家庭菜園さえしたことがないのだから、農業なんて、できないのだ。

のんびりしてなさいと言われても、のんびりする時間がありすぎると暇でしょうがない。
[せめてテレビでもあればなー」
と思ったが、電気、ガス、水道もない村だからして、当然ながらテレビなどない。

仕方がないので、庭にいる動物をかまうことにした。
が、間地かで見る牛や水牛は大きく、なんとなく怖く、触れることができない。
1m位離れた所で観察をしたのだが、草を食べているかぼんやりしているかで、眺めていても面白くない。
次に犬をかまうことにしたのだが、ここの犬はとても大きく、やはりなんだか怖くて触ることができない。
これまた1m位離れた所から観察するだけ。
ちっとも楽しくない。
広い庭には鶏が20羽位放し飼いになっており、鶏ならば私も子供の頃に飼っていたことがあり、少しは自信がある。
鶏をかまうことにしたのだが、ここの鶏はペットではない。
触ろうとすると、ケー・コッコッコッコ、ケー・コッコッコと叫ぶように鳴き、逃げ回る。
抱くことはおろか、1羽として触ることができず、可愛くない。

3、4日滞在すると村の生活に飽きてしまい
「早く、カトマンズに帰りたい。」
と思ったものの、来るのに2泊3日もかかり、あの山道をまた歩くのかと思うと気が重い。
また、夫にとっては久しぶりの里帰りである。
「早く帰ろう。」
とは言いづらい。

退屈でも時が過ぎるのは早い。
1週間位たった時
「今日、動物の家にいるお兄さんの家族が、動物と一緒に、ここ、来ます。今日から、あの人達、ここに住みます。あとで、ワタシ、お兄さんと動物達、迎えに行きます。あなたも、一緒、行く?」
と夫。
夫より2つ年上の夫の兄は、奥さんと小さな子供2人の4人家族。
実家から30分位離れた所に住んでいるらしいのだが、それは村人の足で30分だからして、私の足だと、きっと1時間以上かかり、夫曰く「上の方」なので、恐らく山深い所だと思われる。
そこでヤギと水牛の世話をしているらしい。
雨期の少し前になると、兄一家は動物を引き連れて実家に下りてきて、雨季が終わるまで実家で過ごし、雨季が終わるとまた山に帰るらしい。
暇を持て余していた私は二つ返事で
「行く、行く。」
と答える。

午後3時頃だったと記憶している。
「そろそろお兄さん達、近い所に来ていると思いますよ。私達も行きましょう。」
と夫が言い、夫と私、そして実家で飼われている大きな犬と一緒に家を出る。
犬は普段は鎖で繋がれているが、出かける時はリードは付けず、自由に歩かせる。
私達の後ろを静かについて来たり、私達の前を歩いたりし、まるで行き先を知っているかのうようである。

平坦な土の道を20分位歩くと、遠くの方で女性達が私達に向かって手を振る。
近づくと、夫の母と妹であり、畑仕事をしている。
畑は広く
「ここ、ぜーんぶ、ワタシのうちの畑です。」
と夫が自慢げに言う。

夫の母と妹を後にし、更に進むと、土の道は人ひとり歩くのがやっとという位細くなり、登り道となった。
子供の時からこの道を歩いている夫にとってはなんてことない道なのだろうが、私にとっては山である。
山道を暫く歩くと
「来た、来た。」
と夫が言い、ドドドドドドッと正面からヤギの群れが下りて来た。
50頭位だろうか。
ヤギの群れに交じって白黒の大きな犬もいる。
すると、それまで静かに歩いていた、実家の茶色の大きな犬が白黒の犬に向かって猛ダッシュし、二匹は尻尾を振りながらクルクルと回り始めた。
「これ、挨拶です。白い犬、お兄さんの犬。2匹、友達です。」

2匹の犬は挨拶をすませると、牛追いならず、ヤギ追いを始めた。
群れからはずれ、ヒョロヒョロと別方向に行くヤギがいて、そういうヤギを群れに戻し、実家への道に誘導するのだ。
「ワタシ、犬は大好きだけど、猫は好きではありません。」
夫はよくこう言い、その理由がここに来てわかった。
番犬としては勿論のこと、ここでは犬は貴重な働き手なのであった。

ヤギの群れに交じって、鬼瓦のようないかつい顔をした女性も下りて来た。
布を抱っこ紐のようにし、胸の前に赤ちゃんを抱えており、手には小さな女の子。
兄嫁だ。
兄嫁と夫が少し会話を交わし、兄嫁が私を一瞥する。
「ナマステ」
ネパール語で挨拶をするも、兄嫁は無言無表情。
その顔つきからして、ともすると怒っているかのようにも見え、感じ悪い。
「この人、怒っているのだけど、なぜ?」
互いに言葉が通じないのは時としてよく、兄嫁の目の前で夫に聞くと
「怒っていないよ。」
「そうなの!だって、私が挨拶しても、何も言わないじゃない。」
「恥ずかしいだけ。村の女の人、みんな恥ずかしがり屋。」
ヤギの群れと共に兄嫁は実家へ向かって下って行き、我々は実家とは逆方向の細い道を再び登る。

暫く歩くと、ドスンドスンドスンドスンと地響きがする。
「来た、来た。」
夫はこう言うと、そばにある小枝を折り、手に持つ。

ほどなくして水牛が下りて来た。
水牛に交じって小枝を持った夫の兄もいる。
兄も夫もピシッピシッと小枝で水牛のお尻を叩き、水牛追いをする。
私はという、国は違えど「アルプスの少女ハイジの世界だな。」なんて思いながら、働く2人と水牛達を眺めているだけ。
ヤギ追いは犬の仕事、水牛追いは人間の仕事で、ヤギより水牛の方が体が大きいということもあるが、厄介なのだ。
来た道の途中に大きな水たまりがあり、水牛達は必ずといっていいほど、ボチャンと水たまりに入る。
そこに入ると最後、兄と夫が小枝で叩いてもなかなか出てこない。
水たまりの中で気持ちよさそうにしているのだ。
やっとこさ水から出すと、後に続く水牛がまた入り、20頭位の水牛を実家に誘導するのにかなりの時間がかかる。

実家に着くと、夫の父が作ったのであろう。
50頭のヤギと20頭の水牛を入れる柵ができていた。
ふと、私が気づいてしまったのは兄一家の寝場所である。
実家のベッドは夫と私が来たことにより、全て埋まっている。
「ねえ、お兄さん達が寝る場所がないよ。」
私が言うと
「何も問題ありません。あの人達、外で寝ます。」

動物を柵におさめると、動物のすぐそばに、兄はテントを設営し始めた。
テントといっても、木と白い布で作った簡素なものであり、あっという間にできた。
そして、大量の干し草をテントの中に運び、その上に白い布をかけた。
「これ、この人達のベッドです。」
と夫が言う。
「干し草のベッドか・・・。これまた、アルプスの少女ハイジだわ。」
と思った私は
「ねえ、ちょっとベッドに横になってみてもいいかな?」
「どうぞ、どうぞ。」
夫に促され、横になってみたものの、私の想像していたのとはだいぶ違った。
ハイジのベッドはフカフカで気持ちよさそうに見えたが、ここのベッドはチクチクして痛く、全然気持ちよくない。
私は幼き頃テレビアニメのアルプスの少女ハイジを見、ハイジの生活に憧れのようなものを持っていたのだが、ここに来て
「あれはアニメの世界。実際は大変。私には無理だわ。」
痛切した次第。

この日、母と妹はいつもより少し早く畑仕事を切り上げ帰宅した。
父も母も、兄の赤ちゃんをあやしたり、小さな女の子を膝に乗せたりし、ご満悦。
孫が可愛いのは、どの国の親も共通のようだ。


さて、話は我が家の赤ちゃん、セキセインコのルビ君に変わります。
ルビ君をお迎えしてから早10カ月。
お迎えしたのは昨年の10月ですが、ルビ君は8月生まれなので、1歳の若鳥です。
幼鳥の時も可愛かったルビ君ですが、1歳になった今は、親馬鹿ですが、すっごく可愛いです。

私は仕事が終わると、最寄り駅のスーパーで食料品は買いますが、それ以外寄り道をすることもなく急いで帰宅します。
帰宅すると、まずルビ君のケージへ行き
「ルビ君、ただいま。お留守番ご苦労様でした。大きなお仕事(留守番のこと)、ありがとうございました。」
と言い、急いで夕食の支度をし、といっても大抵スーパーの惣菜を並べるだけなのですが、それが終わるとルビ君の体重をはかります。
体重測定が終わるとルビ君の遊びの時間です。
ケージから出すと、ルビ君は、我が家ではルビランドと呼んでいる、夫がこさえた止まり木の遊び場へ一直に飛んでいきます。

そうこうするうちに夫が帰宅します。
「ルビ君、ただいまー。」
家に入るなり夫は大きな声でこう言い、ルビランドにいるルビ君は夫の肩にまっしぐら。

人間の夕食時間は、ルビ君のゴールデンタイムです。
食卓の上をちょこちょことせわしなく歩きまわり、
「食べたい、食べたい。」
とルビ君がせがむので、ルビ君の好物の餌入れには入れていないインコの餌を与えたり、今の時期はルビ君の大好物のトウモロコシも必ず与え、おやつを貰えるということをルビ君はわかっているのです。

少し前になりますが、こんな事がありました。
伝書鳩のように決まった時間に帰宅する私ですが、その日は病院に寄り、いつもより1時間半程遅く帰宅しました。
私が帰宅した時には既に夫が帰宅しており、晩酌をしていました。
風呂に入り、いつものように食卓につくと、ルビ君が足を向けて私の顔面に向かって飛んでくるではありませんか。
ルビ君の足はがっちりしていて、爪も伸びているので、その足が顔に当たるととても痛く
「痛い、痛い。ルビ君、やめてくださいよ。」
と言っても、ルビ君はおやつを食べるのそっちのけで、何度も何度も私の顔面に向かって飛んできます。
それを見た夫が
「ルビ君、アナタにキックしています。ルビ君、怒っています。」
「なんで、怒っているの?」
「多分、アナタの帰りが遅かったから、とワタシ思いますよ。」

若鳥になったルビ君は飼い主の帰宅時間も生活リズムも、全て把握しているようです。
帰りが遅いと怒るなんて・・・、飼い主としては嬉しい限りです

rubi77.jpeg
トウモロコシを頬張るルビ君。
夫が齧ったあとを食べるのが好きなようです。


rubi74.jpeg
100均で買ったガラスの器はルビ君のおやつ入れ。
これがルビ君専用の器だということをルビ君はわかっています。
グリーンのあわ穂もルビ君の大好物。
我が家のベランダで育てています。






















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夫の実家(六)  04/07/2019  
『夫の実家』の続きであるが、先にネパール料理について少し触れておこうと思う。
といっても、今はとても便利な時代であり、『ネパール料理』で検索すると、ダルバートという文字を目にし、大きな皿の上に白米と何種類かのおかずが盛られている料理を目にすることだろう。
ネットにも書いてあるが、ダルとはネパール語で豆、バートはご飯である。
日本で言えば、ご飯とみそ汁といったところだ。
何種類ものもおかずは、タルカリ(簡単に言ってしまえば野菜カレー)、マス(簡単に言ってしまえば肉のカレー)、青菜炒め、アツァル(トマトベースの辛いつけもの)である。

簡単に言ってしまえば野菜カレーとか肉のカレーと書いたが、日本のカレーとは違う。
されとてインドカレーのようなものとでも言おうものなら
「ネパールのカリーとインドのカリー、全然違います!」
と我が夫なんぞはきっぱり否定する。
インドのカレーに似ているけど、インドのカレーより香辛料が強くないカレーとでも言っておこうか。
そして夫の言う『カリー』とはカレー味だからカリーなのではなく、「おかず」なのである。
野菜カリーは野菜のおかず、肉カリーは肉のおかずで、野菜と肉を混ぜることはしない。

カトマンズで食事を作っていたのは夫だった。
ネットで出てくるようなダルバートを作ってくれることもあったが、それは稀で、大抵はご飯と野菜カレー、或はご飯と肉のカレーと、一品のことが多かった。

「村のごはんはカトマンズよりも美味しいです。すごーく、美味しいです。ワタシ、面倒くさいですから、いろいろ 作りません。でも、村、いろいろ作ります。野菜、肉、全部、フレッシュです。」
村へ行く前に夫はこう言った。

村で食事を作るのは夫の母親と夫の妹だった。
味付けはカトマンズの、夫が作るおかずとなんら変わりなく、カレー味だ。
おかずが何品並んだのかは忘れたが、毎日取れたての新鮮な野菜を食べるので、ある意味とても贅沢なことと言えよう。

若い頃から私は胃が弱く、インドカレーほど香辛料は強くないとはいえ、ネパールのカレーも、結構胃にくる。
主な香辛料はクミンなのだが、そこにニンニクとショウガがたんまり入り、青唐辛子が軽く2~3本入る。
かようなカレーを1週間も食べ続けると、私の胃はたちまち悲鳴をあげ、寝込む羽目になった。
胃を悪くした時は何を食べていたかというと、日本と同じでお粥である。
お粥をすすり、胃薬を飲み、回復するのをひたすら待つ。
不思議なことに日本から持参した病院で処方された胃薬はネパールでは全く効かず、ネパールの病院で処方される薬、というのはインドの薬らしいのだが、インドの薬を飲まなければ回復しないのだった。

夫が家族に私が胃弱だということを事前に言ったのだろう。
普段であれば唐辛子を入れるのだろうが、私が滞在していた間のおかずには唐辛子は入っていず、唐辛子が入っていないおかずはネパール人にとってはさぞ物足りないものだったのに違いない。
皆、皿の上にナマの青唐辛子を置き、青唐辛子を齧りながらダルバートを食べ、なんだか申し訳なく思ったのだが、だからといって「私のことは気にせず、どうぞ唐辛子を入れて下さい。」とは、御身が大切な私には言えないのだった。

前回、村に到着して3日目頃に虫らしきものに刺され、狂いそうなほど痒くなったことを書いたが、これも3日目頃だったと記憶している。
それまで、皆同じ食事を食べていたのだが、3日目頃から夫&夫の家族の夕食と私の夕食がかわったのである。
おかずは同じなのだが、主食が違う。
私の皿には白米、夫達の皿には茶色のぐんにゃりした物が盛られた。
「それ、何?」
夫に聞くと
「チョコレートケーキだよ。」
と夫。
しかしこの村にそんな気の利いた物などないことは私にとて容易にわかる。
確かに型に流す前のチョコレートケーキに見えなくもないのだが、しかしながら、夫には悪いが、夫の実家にいる水牛のフンとも見た目は似ている。
「チョコレートケーキは冗談です。これはネパール語でディロ。英語では・・・、なんて言うかわかりません。」
「美味しいの?」
と聞くと
「美味しいです。」
「私も少し食べたてみたい」
と言うと
「ダメ!アナタはダメ!お腹痛くなったら、ワタシ、困ります。」
こう言われると味見は断念せざる負えない。
医者のいないこの村で、腹をこわそうものなら大変であるからして、自分だけ白米を頂き、少し申し訳ない気持ちになった。
「きっと白米は貴重なもので、客である私の分しかないんだ。」
心の中でこう思ったのだった。

翌日、この茶色のぐんにゃりした物の作り方を見ていたら、大きな鍋に水を入れ、それを火にかけ、お湯になったところで、少しづつ粉を入れ、かき混ぜていた。
何度も何度もかき混ぜているのだった。

当時、私は日本とネパールを行ったり来たりしていた。
帰国し、ふと頭に浮かんだのが『麦こがし』だ。
とはいえ、私は食べたこともなければ見たこともなく、その名称を本で見て知ったのか、聞いたことがあったのかすら覚えていない。
当時はパソコンもなかったので、今も愛用している辞書で麦こがしを調べたところ
「大麦をいって粉にしたもの。湯でとき、砂糖を加えて食べる。」と書かれている。
砂糖は入れていなかったが、ディロは麦こがしに近い食べ物のような気がした。
だが、文字だけでは味がわからない。
そこで
「ねえ、麦こがしって、知っってる?食べたことある?」
母に聞いてみた。
「なんだい、唐突に。麦こがしねー。戦後、物のない時代に食べていたみたいだけど・・・、こうせんとも言うらしいけど・・・、わたしゃ、知らんよ。そんなもん、食べたことないもん。」
「じゃあ、お母さんは、何食べていたの?」
「普通のご飯よ。白いご飯。」
ってなわけで、もうすぐ後期高齢者になる我が母も麦こがしは知らず、その後麦こがしのこともディロのことも気に留めることなく今に至り、これを書くにあたって夫に聞いてみた。
「ねえ、ディロってさー、麦の粉なの?」
「麦だけじゃないです。そばの粉も入れます。」
「へー、そうなんだ。味はあるの?」
「甘いです。でも砂糖の甘いではありません。自然の甘いダヨ。ディロは麦だけじゃありません。アナタ、村行った季節は麦。でも、モンスーンシーズンはトウモロコシのディロ。トウモロコシのディロも甘くて美味しいダヨ。」
こう言うと、夫は私にディロを見せるために、パソコンに「dhido」と打つ。
「ねえ、ディロじゃなくてディドなの?」
「書くと話す違います。話す時はディロです。」

「Nepal dhido」で検索すると、ディロのYouTubeが見れる。
便利な世の中になったものだとつくづく思う。
だが、辞書と同じで、味はわからない。

「ねえ、あの時、私だけ白いご飯だったけど、米がなかったから私だけご飯だったの?」
「はっアナタ、何言いますかワタシのうち、村で一番大きい土地持ってるうちですよ!米、たーくさん、あります。村の人、米よりディロが好きです。」
「あなたもディロが好きなの?」
「もちろん。子供の時から食べている物ですから、大好きです。」
夫の家は米を節約するほど貧しいのだと私は長年思っていたのだが、どうやら食に関しては貧しくはないようだ。

ネットで麦こがしを検索してみたら、はったい粉というのが日本でも手に入ることがわかった。
ネパールと同じ味ではないかもしれないが、そのうちディロを日本で再現しよう、いや、夫に再現させようと思っている今日この頃。


早いもので、ルビ君が我が家に来てから、もうすぐ半年です。
インコ年齢早見表を見ると、半年は人間の年齢にすると14歳らしく、ルビ君は我が家に来る2ヵ月位前に生まれたので、人間で言えば16歳くらいなのかもしれません。

3月19日、ルビ君が吐き、翌日慌てて病院にかかり、吐き気は1日でおさまったので、「よかった、よかった」なのですが、その日あたりからルビ君の体重が少しづつ増え、今、ルビ君は発情の真っただ中にいます。
「この時期は仕方ないです。みんな、盛り上がっている時期ですから。」
と、先生は仰っていましたが、ルビ君は一体、ひとりで何に盛り上がっているのでしょうか?
気温が上がり、それに盛り上がっているのでしょうが、だがしかし、ルビ君は寒い1月にも発情し、ひとりで盛り上がっていました。
発情の対象は・・・、わかりません。

只、いつの頃からかはわからないのですが、ルビ君が私にキスをするようになりました。
私がごろんと寝転びながらテレビを見ていると、ルビ君がパタパタと飛んできて、私の閉じている口にむぎゅぎゅぎゅぎゅっと自分の嘴を突っ込み、嘴は私の口をこじ開け、歯に到達します。
そして私の歯を嘴でクチュクチュくクチュクチュと軽く突っつき、かなり濃厚なキスをしてくれるのです。
このルビ君からの濃厚キスは1度のみならず、1日に何度もされ、飼い主としては嬉しい限りなのですが
「ひょっとして、発情の対象は私?」
と思ったりしております。
ちなみに濃厚キスは夫にもするのですが、夫にするのはたまーにで、圧倒的に私にします。
今は亡きラニ君は夫にベッタリでしたが、ルビ君は、これもいつの頃からかはわからないのですが、今は私にベッタリで、
「ふたり、仲良しですね。」
夫が嫉妬する仲なのです。

今は毎日体重をはかり、産卵しないことをひたすら願うばかりです。

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普段私が使っているカップです。
ルビ君が歩いてきました。
ルビ君、何故かこのカップを好んでいます/span>

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そして、入ってしまいます

rubi55.jpeg
カップの中でウトウトすることもあります。























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夫の実家(五)  03/21/2019  
暫く滞ってしまいましたが、長らく滞っている夫(ネパール人)の実家での体験記の続きを書こうと思います。
「今更書くのもな~」
と思いつつ、途中で投げ出すのもなんなので、ゆっくりながらも書き上げます。
ご興味ある方はカテゴリのネパールをチラ見してみて下さい。

夫の村での生活3日目のことだった。
痒みで、早朝に目が覚めた。
初めは足の裏側が痒く、見ると、膝から下の足の裏側全体に赤い発疹が出ている。
「足の後ろに赤いブツブツが沢山あって、すごく痒いよ。背中も痒いんだけど、背中にも赤いのある?」
夫に言いうと
「ある、ある。背中も、たーくさんある。どうしたんだ?」
どうしたと言われても私にもわからない。
だがしかし、心当たりがなきにしもあらず。

当時私はアジアの貧乏旅行記なる本をよく読んでいた。
貧乏旅行だから、みなさんが泊まる宿は1泊数百円の激安宿で、そこに決まって登場するのが「南京虫」という虫である。
当時はスマホもなければネットも普及していず、『南京虫』を深く追求することもなく、恐らくダニのようなものだろうと勝手に想像していたのだが、これを書くにあたってネットで調べみたら、トコジラミであった。
とはいえ、トコジラミといっても、知らない。
シラミは聞いたことはあるが、トコジラミは初めてである。
そしてこの南京虫ことトコジラミに刺されると非常に痒いらしのだ。

「ねえ、ベッドに虫がいるんじゃない?きっと虫がいるんだよ。」
私が言うと
「ワタシのうちに虫はいません。ワタシの家族、みんな大丈夫です。」
自分の家に難癖つけられるのは夫もおもしろくないらしく、きっぱり言い放った。

とはいえ、この痒み、非常を通り越して、異常に痒い。
気が狂わんばかりの痒さとでも言おうか。
痒くて痒くて、虫がいるかもしれないベッドで、手の届く範囲を掻きむしりながら、のたうち回る。
そんな私を見て
「どこかで虫がついたのかもしれない。」
夫が「虫」を認め、
「今、着ている服は全部脱いで、他のに着替えろ。」

服を脱いだところで痒みがおさまることもなければ発疹も消えない。
時間がたつにつれて痒みは増すばかり。

午前中だったと記憶しているが、
「夜になったらドクターが来るから、それまで我慢して。」
夫が言う。
電気もガスも水道もなければ、店一件すらないこの村に医者がいるとは驚きである。
「ドクターがいるの!いるなら、夜じゃなくて、今すぐ診てもらいたい。我慢できないよ。」
と言う私に
「夜じゃないとダメなんだ。」

夫の実家は夜になると、人が集まる家だった。
この村に初めて来た外国人の私を見に来たのかもしれないが、毎日3、4人の男が来て、夫の父親と長々とお喋りをし、酒を飲み、夕食を食べて帰って行く。

その日も3人の男が来た。
その3人は私が村に到着した日から毎日来ていた男であり、前日、前々日同様、夫や夫の父親と喋ている。
「医者はいつ来るのー?」
医者を待ちわびていた私に
「今からこの人がアナタの痒いを治します。」
夫の言う「この人」は3人の中のひとりで、人を外見で判断してはいけないのだが、一番ひどい身なりをしているお爺さんであった。
肩より長い髪は、自然にできたドレッドヘアーとでも言おうか。
整えていないから、下の方で髪が絡みあい、団子状になっている。
全身黒の服は埃で灰色になっており、こう言っては悪いが、また今となっては死語であろうが、見た目は乞食である。
「本当に、本当に、この人が医者なの?」
と言う私に
「そうです。この人がこの村のドクターです。」

家の外に出、村のドクターは私にしゃがむように言う。
私がしゃがむと、村のドクターは私のすぐ後ろにしゃがみ、何事か唱え始めた。
ひとしきり唱えると、フーフーと後ろから息を吹きかける。
後ろからの息は、正直言ってあまり気持ちのいいものではない。
「これはマントラです。この人の言葉、誰もわかりません。この人だけがわかる言葉です。この人、すごいパワーがある人です。」
と夫が言い、村のドクターは呪術師だったのである。
マントラというのは、日本で言えばお経のようなものだと思われる。

マントラ&息の吹きかけは10分位行われ、終わると、村のドクターはポケットから小さな物を取り出し、私の手の平に置いた。
軟膏である。
「軟膏か・・・。」
なんだか拍子抜けであった。
と同時に
「この軟膏、塗っても大丈夫なのか?余計に悪化したりしないのか?」
心配になったが、ここではマントラとわけのわからぬ軟膏に頼るしかない。
発疹は体の後ろ側全体に出ているから自分では手か届かず、夫に軟膏を塗ってもらう。

呪術師に会ったのは、実は初めてではない。
ネパールの首都カトマンズでも呪術師に会い、診てもらったことがあるのだが、これを書き始めると長くなるので、この話はまた別の機会にしよう。

で、マントラの威力はどうだったかというと、効き目なし。
「ねえ、マントラなんて全然効かないじゃん。」
ボリボリと足を掻きむしりながら夫に言うと
「アナタの痒いには効かないのかも・・・。でも、マントラ、効きます。あの人、すごいパワーあります。これホント!」
と夫。
「何に効くのよ?」
「あの人、マントラから、人、殺せます。」
「殺せるの!じゃあ、嫌いな人、みーんな殺しちゃうじゃない!」
「ダ、ダメなんです。ネパール、マントラで、人、殺しちゃダメなことになっています。」
「じゃあ、パワーがあるかわからないじゃない。」
「・・・・」
暫し沈黙した後
「でもマントラ、パワーあります。これ、ホント。」
全然説得力がないのだが、夫がマントラを信じていることだけはわかった。

痒みが引き、発疹が消えるのに10日位かかり、自然治癒したと言えよう。
20年以上たった今でも原因はわからない。
しかしながら、私は今でも、原因は夫の実家のベッドだと思っている。
なぜって、ネパールの村はどこもあんなもので、いや、むしろ他所の家より夫の家はマシなのかもしれないが、それにしても村のベッドはアジアの激安宿と似たり寄ったりだ。
以前に書いたかもしれないが、ベッドといっても木で作った台の上に布団が敷いてあるだけで、その布団はえらく古いせんべい布団。かけてあるシーツは古いから汚れているように見えるのか、或は一度も洗濯をしたことがないのかはわからぬが、「えー、ここで寝るの!」と驚いたほどだったのだから。


数日前のことです。
その日は私は仕事、夫は休みでした。
帰宅すると、いつものように夫が出迎え、次に愛しのルビ君がサーッと肩に止まり、お出迎えしてくれました。
夫が休みの日は、どうやらルビ君は朝からずーっと放鳥され、一日中遊んでいるようです。

夕食時、ルビ君は決まって私達人間の食事に興味津々になり、すきあらば盗み取りしようと狙っています。
ルビ君の餌はペレットなのですが、ルビ君がしつこいので、夕食時だけ少量のシードを与えます。
シードを食べ、満足すると、ルビ君は部屋の高い所に夫がこさえた遊び場へ行き、遊んだり羽繕いしたりします。

夕食を終え、ゴロンと横になりながらテレビを見ていた夜9時半頃、パラパラと音がしました。
なんの音だろうと思いつつもテレビを見ていると、パラパラパラパラと音は続き、見ると、遊び場にいるルビ君が吐いているではありませんか。
「ルビ君、おいで」
と呼ぶと、ルビ君は下へ降りて来て、羽を膨らませぐったりし、そして助を求めるかのように私の手の上に乗ってきました。
「うわー、ルビ君、具合悪いんだ。どうしよう。」
と言う私に
「うーん、明日、病院に連れて行くしかないよ。」
と夫。
しかし、その明日は私も夫も仕事です。
それに夫は自分の病院も言葉が不安でいつも私が付き添っているくらいであるから、病院へ連れて行くのは私しかいません。

ここで悩みました。
午前中に病院に連れて行き、病院後出勤するかと考えましたが、病院は予約制で、いつも混んでいます。
午前中に予約が取れるとも限りません。
それに運よく午前中に診てもらえたとしても、具合の悪いルビ君を置いて仕事に行くのは不安です。
仕事に行き、夜の最終の時間に病院へ行くということも考えましたが、そうなると休憩時間に病院へ電話をするしかなく、これまたうまいこと最終の時間に予約が取れるとは限りませんし、仕事をしている間中、ずーっと心配でなりません。
なぜこんなに心配するかというと、私がルビ君を溺愛しているということもあるでしょうが、体の小さな小鳥は人間と違い、具合が悪くなると早いからです。
人間であれば1日様子をみるのでしょうが、小鳥の場合、1日様子を見ている間に死んでしまうこともあるようで、だから私はラニ君の時もそうでしたが、ルビ君に対しても体調面には敏感になってしまうのです。

翌朝、いつもならばギリギリまで寝ている私ですが、ルビ君のことが気になっていたので、いつもより早く目覚めました。
ルビ君を観察すると、昨夜よりは元気があるようなのですが、よくわかりません。
「大丈夫かな?仕事、どうしよう?」
などと考えながらルビ君を見ているうちに、刻々と時間はすすみ、
「もういいや。こんなに心配なのだから休んでしまえ。」

会社を休み、病院オープンと同時に電話を入れると、午前中は11時から手術が入っているらしく、それより前の時間は一杯で予約が取れず、一番早い時間で5時でした。
ルビ君はというと、午前10時頃から少し元気が出てきて、餌を食べ始めました。
前日の夜に殆どを吐いてしまい、お腹がすいたのか、ガツガツと食べ、一安心はしましたが、しかしながら心配なので病院にはかかることにしました。

診察室に入ると、まず体重を量ります。
35g。
先生に昨夜のこと、そして今は元気になったことを話すと
「食べすぎでしょう。」
「食べすぎ・・・。先生、インコが食べすぎるなんてこと、あるんですか!」
と驚くと
「あります、あります。」

食べ過ぎと聞いて思い当たることがありました。
ルビ君の餌はペレットで、毎朝私が計量スプーンで4gを量り、餌箱に入れます。
前日帰った来た時にルビ君の餌箱を見て、「あれ?全然食べていない。」と思い、きっと夫が私のいない間にたらふくシード(ルビ君の好きな殻付きの餌)を与えたのだと思ったのです。
吐いた餌もシードでした。

先生にそのことを言うと
「男ってそうなんですよ。食べると嬉しくなっちゃって、ついついあげちゃうんですよ。シードをあげちゃいけないわけではないのですが、あげても小指の先くらい、ほんのちょっとだけです。ご褒美にあげるくらいにした方がいいです。今も、少しオエッとしていますから、まだ少し気持ち悪いのでしょう。」
「先生、ここのところ33~34gだったのですが、3日前から35gなんです。これって、もしかして発情でしょうか?」
と聞くと、先生はニヤリと笑いながらルビ君の骨盤をチェックし
「少し開いていますねー。発情ですね。でも、今は他のヒトも発情の時期なんですよ。」
「先生、このままにしておくと、卵を産むのでしょうか?」
「卵を産むかどうかはわかりませんが、このヒトが年に2回の発情であれば、それは正常なことなので特に心配する必要はありません。」
「年に2回以上だったら、注射ですか?」
「いや、注射はしないで、ストレスをかけるとかで対処した方がいいです。」
「今の発情を抑えるのはどうしたらいいのでしょう?」
「まあ、今はみんなが盛り上がっている時期ですからねー。餌をあげすぎないことです。夜は餌箱を取ってしまってもいいです。」
「あと、この子、焼き芋の柔らかいところが好きみたいで、食べたがるのですけど、焼き芋はあげてもいいのでしょうか?」
「糖分がありますからね。焼き芋はあげないで下さい。」
「小松菜、ちんげんさい、豆苗とか、色々試しているんですけど、この子、野菜を食べないんです。ペレットを食べていれば、野菜はあげなくてもいいですか?」
「いやー、ペレットも完全食ではないですから、野菜はあげた方がいいです。タンポポとかハコベとかも試してみて下さい。」

胃薬と吐き気止めをもらって帰宅しました。
仕事から帰宅した夫に、私が怒ったのは言うまでもありません。
夫も心当たりがあったのでしょう。
「わかりました。今日からルビ君におやつ、あげません。」
いつまで続くかはわかりませんが、ルビ君は私達にとっては宝物です。
健康で長生きしてもらいたいので、私が夫を教育するしかなさそうです。


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子供の時のルビ君の写真が出てきたので、記念に載せます。
まだ頭が黒く、お子様の顔です。


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ルビ君はよく、この斜めの角度で「おやつ頂戴」とおねだりをします。
夫はこの顔に弱いらしく、この顔をされるとシードをあげたくなってしまうそうです。


























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夫の実家(四)  07/31/2018  
『夫の実家(三)』のつづきなのだが、(三)を書いたのが昨年の10月で、実に9カ月たってしまった。
ゆっくり少しづつ書き上げていこうと思うが、その前に私の近況を報告します。

前回、ジプレキサなる薬に苦しまされていることを書いた。
ジプレキサはネットで調べると統合失調症に使われる薬のようなのだが、私の場合吐き気止めとして出されていた。
2、5㎎を夜1錠飲んでいたのだが、吐き気がピタリと止まることもなく、いつの頃からか、言葉でも文章でも表現し難いなのだが、頭がクラクラするというか、頭だけが揺れているというか、頭に不快な症状が出るようになった。
このクラクラは眩暈だと後に病院で知る。

主治医に相談し、減薬することになった。
1錠を包丁で半分に切り、大凡1、25㎎を飲むことになった。
1年以上服用していたので、減薬すると離脱症状がでた。
私の場合は吐き気と食欲不振だったのだが、この離脱症状は1週間弱で自然とおさまった。
全くなくなったわけではないが、頭のクラクラはかなり軽減され、ジプレキサの副作用だったと思われる。

頭のクラクラが軽減されたのは喜ばしいことなのだが、別の悩みも出てきた。
1錠飲んでいた時はぐっすり眠れていたのだが、半分にしたら寝つきが悪くなった。
床について30分以上眠れない時はデパスを飲む。
というのは、睡眠不足だと翌日胃がムカムカするからだ。
どうしてこんな体になってしまったのかと嘆きたくなるのだが、なってしまったものは仕方ない。
一時期よりはだいぶよくなったので、良しとしなければならない。

そして、もう一つ、転職をすることになった。
明日(8月1日)から新たな職場である。
今年初めの1月に転職したばかりだというのに、半年しか勤めていず、こんなにも早く仕事を辞めるのは初めてである。

入社前は長く勤めるつもりであった。
募集に「定年なし、シニア活躍、簡単な仕事」と長く勤められそうな事が書いてあったので、
「ここなら長く働けそう。」
と思ったのである。
ところが、入ってみないとわからないものだ。
確かに私より年が上と思しき人は沢山いたが、長く勤めている人がいない。
そもそもその会社ができたのが5、6年前、私が勤めた支社ができたのが3年位前で、だからといって設立当初からいる人もはいず、1年勤めている人が「長い人」なのである。

そしてその理由は仕事をしてみて、また数ヵ月働いてみてわかった。
まあ、簡単に言えばブラック企業に極めて近い会社であり、毎月数名入社するのだが、それを上回る人が毎月辞めて行く。
私のようなオバサン達は「使い捨てのコマ」なのであった。
「こんな所は長居するもんじゃない、さっさと辞めなくては。」
と思った私は毎日求人ばかり見てしまい、だからブログの更新が滞っていました。

本題の『夫の実家』である。
前回、といってもかなり前なのだが、夫の実家はネパールの首都カトマンズからバスで8時間、徒歩6時間。
村人は1日で着くそうなのだが、私は2泊3日もかかってしまい、着いたそこは、電気もガスも通ってなく、水はどこかにはあるのだが、どこにあるのかわからないような、日本でならさしずめ「秘境」と紹介されてしまうような所だったのである。
(ご興味のある方は、カテゴリー「ネパール」をご覧下さい。)

ひとつ書き忘れていたことがある。
ネパールは乾季と雨季があり、6月から9月は雨期であり、日本で言えば梅雨のようなものなのだが、雨の降り方が違う。
ダーっとスコールのように降ったかと思うとカラっと晴れ、だんだんとスコールのような雨が増えるとガイドブック等には書いてあり、確かにそうなのだが、日本の梅雨のように一日中しとしと降っている日もある。
夫の実家に行ったのは、雨季の前、暑くもなければ寒くもない、5月だったと記憶している。

夕食が終わり、就寝時間になった。
夫の実家には、夫の両親、夫の妹と弟、夫の姉の子供二人の計6人暮らし。
ちなみに夫の姉の子供、即ち夫の姪と甥は、姪が10歳位、甥は5歳位であった。
で、見たところベッドは6台。
夫と私が来たから定員オーバーである。
「私の寝場所はあるのか?」
というのが私の心配事であったが、取り越し苦労であった。
甥は父親と、姪は母親と寝、私と夫にベッドをあけてくれたのだった。

そのベッドは寝返りこそかろうじてうてるが、日本のシングルベッドよりもずっと幅の狭いもので、ベッドといっても木で作った台の上に布団が敷いているだけのもの。
シーツは洗濯されているのかいないのかはわからなかったが、かなり使いこんだシーツであり、掛布団もシーツ同様、かなり使い込んだものだった。

村の朝は早い。
日の出と共に家長である夫の父が起床し、
「朝だぞ。起きる時間だ。みんな起きろ。」
ネパール語も彼らの民族語もわからない私だが、恐らくこのような言葉を発しながら、缶を叩き、皆が起床する。
起床すると、母と夫の妹がお茶を作る。
本来は紅茶にバターを入れたバター茶を作るらしいのだが、私がバター茶を飲めないので、甘いミルクティーを作ってくれ、貴重な砂糖を使わせてしまったのだった。

ゆっくりお茶を飲むと、女達は家から離れた所にある畑に農作業に行く。
7時前である。
「お母さんも妹も、今出かけたら、もう夜まで帰ってきません。ずーっと仕事です。」
と夫が説明し、母と妹と夫の姪は民族衣装のロングドレスのまま、大きな籠を背負って農作業に出た。

そうこうしているうちに甥もどこかへ出かけ、弟もどこかへ出かけ、家に残ったのは父と夫と私の3人になった。
どうやら家の周りの農作業は父親がやることになっているようだった。

家の近くは麦畑になっており、父は当然ながら、夫も農作業の手伝いをすることになった。
村に帰れば仕事はいくらでもある。
人間は農作業、飼い犬は番犬、鶏は卵を人間に提供し、牛や山羊は牛乳を提供し、みんなが働いている。
「私も手伝う。」
と申し出たのだが
「アナタにはできない。」
と夫は言い、
「ゆっくりしていなさい。」
と父は言い、実際農業などやったこともない私は何もできず、ここでは私は動物以下なのであった。

「暇なんだけど。」
と私が言うと
「その辺を散歩すればいい。」
と夫。
それで散歩をしたのだが、遠くまで行きすぎて帰れなくなっては困るし、どこを歩いても似たような簡素な家と畑しかなく、一人で散歩をしていても全然楽しくなく、散歩はすぐに終わってしまった。

ここに来るにあたり、私は本を2冊持参した。
1冊は松本清張の短編小説が沢山入った分厚い本、もう一冊は英会話の本である。
ベッドに寝ころびながら松本清張の殺人の本を読む。
こののどかな村には全く似つかわしくないのだが、この本しかないのだから仕方ない。
気分転換に英会話の本を開くと非常に眠くなり、気がつけばうたた寝をしてしまう。
ほぼ一日中私はベッドの上でゴロゴロしているのであった。

昼近くになると、夫が戻り、昼ごはんの支度をする。
「私も手伝う。」
とは言ったものの、ここでは薪割りから始めなくてならない。
テレビでは見たことがあるものの実物の薪を見たのも初めてならば、斧を見るのも初めてな私に、試してはみたものの薪割りなど到底できなのであった。

薪割りの次は囲炉裏に火をつけるのだが、
「私も手伝う。」
と言うのは止めた。
夫が薪に火をくべるのを見ていたら、ただ火をつけるだけでもコツがあり、私にはできそうもなかった。
今、『こんな所に日本人』というテレビ番組があるが、その当時も似たような番組があり、「秘境で暮らしてみたいなあ。」などと思ったことのある私だったが、ここに来て「私には秘境暮らしは無理だ。」と半日にして確信したのだった。

夫の作った昼ごはんは、ご飯とジャガイモと野菜のカレー味の炒め物である。
ここでは男は力仕事、女は家事と、大昔の日本もそうだったのだろうが、男と女の仕事が完全に分かれていた。

昼ごはんを食べ終えたら、また農作業かと思いきや、父はご近所さんと井戸端会議。
夫はというと、久しぶりに帰った実家だからして、これまたご近所さんとつもる話があるらしく、こちらも井戸端会議。
二人共どこかへ行ってしまい、一人残された私は、自分のベッドでまた本を読んだり昼寝をしたり。
不思議なのだが、ここにいるといくらでも眠れるのであった。

夕方になると、数キロ離れている所に住んでいる夫の兄がやって来て、死んだ鶏の羽をむしっていた。
「うわっ!もしかして、これは・・・」
そこここを歩いて鶏を見て、
「鶏、殺したの?」
と夫に聞くと
「これはうちの鶏ではありません。他の家から買いました。こういう仕事は男の仕事です。」
動物を殺し、皮や羽をはぐのは男の仕事、その後は女の仕事というわけだ。

日が暮れると離れた畑で農作業をしていた女達が、籠一杯に収穫物を入れ帰宅し、休む間もなく夕食作りである。
夕食はチキンカレー。
どうやら客人である私をもてなす為の特別料理で、羽をむしている時は「いいよ、いいよ、肉なんて食べなくても。」と思ったくせに、調理されると現金なもので、美味しいのだった。

今日はここまでにします。


愛鳥ラニ君(セキセインコ)は元気です。
そしてきっちり2週間おきに産卵防止の注射をしに通院しています。
そのかいあってか、長らくラニ君は卵を産んでいません。

「このヒトは熱中症は大丈夫ですね?」
先生が仰り
「大丈夫だと思います。この子が来てから、我が家はこの子の為に24時間冷房つけっぱなしですから。」
「今年も熱中症のヒトが多いです。病院に来る途中、20分程度暑い車内に置いていた方がいましてね。その間に容態が悪くなってしまいましてね。」
「死んじゃったんですか?」
先生は頷かれた。
「先生、この子、人間の飲む、パックのりんごジュースが大好きなのですが、飲ませてもいいのでしょうか?といっても、既に少し飲ませちゃっているのですが。」
「大丈夫ですよ。このヒトの場合、水分を取った方がいいですからね。でも沢山はダメですよ。」

ラニ君が元気だと、それだけで安心です。
人間もペットも、健康が一番ですね。

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我が家でラニ君の為に栽培しているあわ穂を食べるラニ君。
市販のあわ穂よりもお好みのようです。

r-5.jpeg
この時期、必ず食卓にあるのはトウモロコシです。
ラニ君が好きだからです。
ステンレス製の器は夫が作るネパールカレーを入れる為に購入したものですが、
今やラニ君の器になっています。

r-1.jpeg
この写真、ラニ君は可愛いのですが、背景が悪いですね。
わたくし、写真を撮るのが下手なのです。
ラニ君の後ろの汚い足は夫の足です。
















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夫の実家(三)  10/15/2017  

『夫の実家』のつづきである。

夫の村は、段々畑の間に家がポツンポツンと建っている、山と畑しかない所だった。
雪の帽子をかぶったガウリサンカールという7千メートルを超える山がくっきりと見え、山好きにとっては素晴らしい場所なのかもしれないが、残念ながら当時の私、山に興味がなかった。
夫の説明を聞いても
「ふーん、あっ、そう。」
そっけない返事しかできない。

夫の家の前には大きな棒が立っており、棒の先には旗が垂れ下がっていた。
夫曰くこの旗は仏教徒の象徴。
そして村で一、二を争う金持ちの家はというと、何をもって金持ちというのか私にはわからないのだが、確かに隣、とはいっても50メートル位先なのであるが、隣の平屋の家に比べれば夫の家は3階建てで大きい。
が、そこはネパールの山奥である。
文章力がないのでこの家をどう表現していいのか思いつかないのだが、日本の立派な農家のお宅の横にある農機具等を置いている小屋のような感じとでも言おうか。

1階は居間。
靴と靴下を脱いで入るのだが、脱いだ先は床でもなければ畳でもなく、土である。
日本で言えば土間だ。
土の上を裸足で歩くので、足の裏は常に真っ黒、というより灰色である。

居間の真ん中には囲炉裏があり、囲炉裏のまわりにはわらで編んだむしろが敷かれている。
囲炉裏の傍には、多分お父さんが作ったのであろうが、木の棚があり、食器が並んでいた。
1階の居間にあるのはそれだけである。
おっと、もうひとつあった。
ニワトリがいた。
産卵したばかりのニワトリが囲炉裏のそばで卵を温めており、まさに『日本むかし話』を思わせる。
(若い人は知らないでしょうが、昔、『日本むかし話』というアニメがありました。)

2階は家族全員の寝室だった。
ベッド、といっても木の台の上に布団を敷いただけのものなのだが6台が置いてある。

3階は天井が低く屋根裏部屋のような感じであった。
私が行った時には何もなかったが、作物を蓄える場所だそうだ。

というわけで、この3階建ての家はシンプルすぎるくらいシンプルで、個室もなく、従ってプライベートもなく、そして電気、ガス、水道も通っていない。

次は家の外の説明になるが、家の前には小屋があり、小屋の中には自家製の酒があった。
あとでわかったのだが、この小屋は農家の諸々の作業をする場所でもある。
そして小屋の脇に、私にとって一番重要なトイレがあった。
ドアはなく、目隠しのように布切れがペランと垂れ下がっていた。
便器はなく、穴があるだけ。
日本で言えば、昔、肥溜めというものがあったが、といっても現在オバサンの私とて肥溜めなんて見たことがないのだが、多分肥溜めと似たようなものだと思われる。
水洗ではなのでトイレの中は悪臭が漂ってたが、それでもないよりはマシである。

先に書いたようにトイレの前には布が下がっているだけなので、私が入っている時に誰かが布をめくることもあれば、その逆、誰かが入っている時に私が布を開けてしまうこともあった。
そんな時は「あっ、ごめん。」という感じで、なんとなく一瞬気まずい雰囲気は流れた、と思ったのは多分私だけであろう。

そして私が気になったのはよそのお宅である。
よそのお宅にはトイレがないらしく、どうしているのかと夫に聞くと
「こーんなに広いんだ。トイレの心配なんていらない。どこでもトイレだよ。」
夫は笑うだけ。

家の前には畑が広がっており、黒と茶色の毛が混じった大きな犬、牛、水牛、ヤギ、そして放し飼いのニワトリが50羽位歩いている。
「どこまでがアナタの家の土地なの?」
と夫に聞くと
「あっちの方までぜーんぶワタシのうちの土地です。土地はここだけでないです。他の所にもワタシのうちの大きい畑があります。動物もここにいるのはちょっとだけ。他の所に動物の家があります。」
説明をする夫はなんだか鼻高々なのだが、そんなことよりも私は風呂に入りたい。
なにせ18時間も歩いたので全身汗だくで気持ち悪く、夫もそうだったようだ。

夫はどこからかバケツに入れた水を持って来て、家の前にある小屋の前でパンツ一枚になった。
そして頭の上から水をかぶり、
「あー、フレッシュ!」
と言う。
「水でいいから私もシャワーしたいのだけど。女の人はどこでシャワーするの?」
と聞くと
「わからない。」
と夫。
「なんでわからなの?自分の家でしょ!」
と言うと
「ワタシは女の人ではありません。だからわからない。男は簡単。どこでもシャワーできます。」
と笑う夫ではあったが、とはいえ私にシャワーを浴びさせないわけにはいかないと思ったようだ。
水を入れたバケツを持ってて、次に大きな簾のような物を持って来た。
家の前に広がっている野っぱらに簾の両端を少し斜めにして立ててみたら、簾は危なげながらも立ち、なんとなく目隠しらしきものができた。
「この中でシャワーをすればいい。」
と夫。

ネパール人は服を着たまま水浴びをするようだが、日本人の私は全部脱がないと風呂に入った気がしないので、素っ裸になり、簾の中で柄杓のようなものでバケツの水を汲み、汗を流した。
すると突然ビュンと強風が吹いた。
と同時にめかくしの簾がバタンと倒れた。
素っ裸の私はというと、急いで持っていたファイスタオルで前だけ隠し、片手で簾を立てようと試みるも、簾が重くて片手ではどうにもならない。
「ちょっと~、来てよ~。倒れたよ~。」
夫を呼ぶも、夫はどこかへ行ってしまっており、来る気配がない。
仕方なく、簾を背中に乗せ、バケツの水を頭からサバっとかけ、水を拭うのもほどほどに、そそくさと服を着た。
私が村で水浴びをしたのはこの1回だけ。
この村の女性はどこで体を洗っているのか、未だに謎である。

水浴びを終え、家に戻ると妹が干した鹿肉と野菜を入れた雑炊を作ってくれた。
美味しかった。
ネパール語で「美味しい!」と言うと、
妹も父もどんどん食べてと言い、私もこれが夕食なのだと思い、満腹になるまで食べた。

日が暮れると農作業を終えた家族がぞろぞろと戻って来て、この家の住人が把握できた。
父母、妹、弟、姉の子供2人の合計6人。
そしてこの日は近くに住んでいる夫の兄が来、近隣の男が3人来た。
どうやら外国人の私を見に来たらしく、1階の土間のような居間は人でいっぱいになった。

村人達は私を見て、
「私達とそっくりだ。この村の服を着ればネパール人だ。」
と、私の容姿を見て驚いていた。
恐らく私はこの村に来た初めての外国人で、彼等が日本人を見るのは初めてだったに違いない。
夫が私も仏教徒だと話したらしく、昔も今も仏教のことなどろくに知らない私だが、初七日や四十九日の事を夫を介して話すと、
「我々と同じだ。」
とまたまた村人達が驚く。

男達が話ている間、女達は夕食を作り、ご飯、野菜のカレー、豆のスープが出来た。
「さあ、食べて、食べて。」
まず私にふるまわれたのだが、今さっき雑炊をたらふく食べたばかりだ。
腹は減っていない。
「さっきのが夕食じゃないかったの?」
と夫に言うと
「さっきの!あれはおやつだよ。」

その日は夜10時頃まで、夕食を食べながら自家製の酒を飲み、夫と夫の家族と村人達は盛り上がっていた。
ネパール語がわからない私はというと、ガブガブ酒を飲み、卵を温めているニワトリを触ったりしていたのであった。


今日は愛鳥ラニ君の2週に1度の通院日でした。
前回2週間分の漢方が出されたので、
「薬はどうでしたか?」
と先生が仰る。
「あのー、薬入りの水を飲んでいるところを1度も見たことがないんです。そもそもこの子が水入れの水を飲んでいるところが見たことがないもので・・・」
と答えると、
「まあ、飲んでいることは確かです。今日のこのヒトのフンは湿っていて、とてもいいです。次回のフンを見て、薬を飲むかどうか決めましょう。」

清算の時、
「髪に白い物がついていますよ。」
受付の人に言われる。
「あっ、それは多分この子のフンです。私、よく頭にフンをつけて歩いているようでして。」
受付の人に大笑いされ、髪を触ってみたら、やっぱりラニ君の乾いたフンであった。
それを見て
「かっわいいー
フンまでも可愛いと思う私。
最近のラニ君は夫や私を後追いするほど人間にベッタリで、可愛くて可愛くてたまりません。
親馬鹿ですみません。

スキャン_20170928
ピンボケですが、夫の村の家の写真が出てきたのでスキャンしました。

スキャン_20170928 (2)
夫の村の家で飼っている犬。
夫の家の前は野っぱらで、家一軒すらありません。


IMG_20171009_093809.jpg
今、ラニ君の好物のあわ穂をベランダで栽培しています。

IMG_20171015_170910.jpg
頭の上に乗るのが好きなラニ君。
いつも前髪にぶら下がり、その時にフンをするのでしょうね。
会社でも「白いモノがついているよ。」
と指摘されたことが2度あります。(笑)


















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