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夫、流行にのる  02/14/2018  
先々週の金曜日のこと。
起床し、仕事へ行く準備をしていると、いつもなら私より早く起き、慌ただしく準備をして家を出る夫(ネパール人)が一向に起きてこない。
「もう7時過ぎてるよ。遅刻しちゃうよ!」
布団にくるまっている夫に声をかけると
「あたま、いたい」
布団の中からか細い声が返ってきた。

夫はよく頭痛をうったえ、私のかかりつけの近所のW医院でMRIを撮ったこともあるのだが、ネパールにいた頃に悩まされていた蓄膿症は完治しており、どこも異常はなく、所謂頭痛持ちだと診断された。

「仕事は休みな。お金を置いておくから、保険証と診察券持って、W医院に行きな。」
と言ったが、うんともすんとも返答がない。
「まあ、子供じゃないのだから行くだろう。」
と思い、私は出勤した。

とはいえ心配だったので、昼休みにラインをしたら、遅刻して仕事に行ったというではないか。
ということはいつもの頭痛だったのだなと安堵し、仕事を終えて帰宅し、私の後に夫が帰って来た。
「頭、痛いの治ったの?」
と聞くと
「今も痛い。喉も痛い。体、全体が痛い。」
と夫。
「馬鹿だね。無理して会社、行くことなかったのに。ほれっ。」
夫に体温計を渡すと、ムムッ!
38度あるではなか。
風邪なのかインフルなのか、素人にはわからない。
痛い、痛いと言うので、とりあえず常備薬ロキソニンを飲ませる。

翌朝、熱は下がっていたが、体の節々が痛いというので、会社は休み、W医院に連れて行く。
夫は日本語の日常会話はできるのだが、どうしてなのかはわからぬが、病院に一人で行くのは嫌らしく、いつも私が付き添う。
「昨日の夜38度あって、とりあえずロキソニンを飲んで、今朝は熱が下がったのですが・・・。」
と私が言い、
「体のあちこちが痛いです。喉も痛いです。」
と夫が言うと、
「怪しい!インフルの検査をしましょう。」
と医師。
そして検査をしたら、インフルエンザA型と判明。

「先生、私は昨年、ここで予防注射をしたから大丈夫ですよね?」
と聞くと、
「それが今年のインフルは予防注射をしててもうつるんですよ。注射を打っていない人よりは軽くてすむのですけどね。うつらないようにするには手洗い、うがい、あと一緒にご飯を食べちゃダメです。」
「え
「一緒に食べるとマスクはずして、お喋りしながら食べるでしょ。うつりやすいんですよ。」
「そうなんですか。でもそもそも狭い家なんで、もう家中インフル菌だらけですよね。」
私と医師が話していると、
「先生、インコにうつりますか?」
夫が口を開いた。
「インコ・・・・いやー、インコにうつるかどうかはわからないけど・・・。それよりまずは奥さんにうつらないようにすることですよ。」
夫の質問に医師は呆れていたが、実は私も夫と同じことを考えていた。
私は仮にうつってもこの病院に来て、安静にしていれば1週間もすれば治るのだが、ラニ君にうつったら大変である。

それにしても、みんながみんなではないと思うが、男の人が病気になると厄介ですね。
インフルと聞いた途端、夫は重病人のようになってしまい、私は至れり尽くせりをせねばならなくなった。
8年前、私がインフルになった時は、熱があっても買い物に行き、ご飯を作ったというのに
ちなみに夫はインフルになったのは初めて。
今年、流行にのりました。


話は愛鳥ラニ君(セキセインコ)になりますが、先の話のつづきのようになります。
金曜に夫のインフルが判明し、その週の日曜に、いつものようにホルモン注射に行きました。
「先生、今、家族がインフルになってしまい寝込んでいるのですが、この子にもうつりますかね?」
と聞くと、
「今年はインフルが大流行しているようですね。うちの親父もインフルが多いと言っていましたし、うちの子供達も先週はインフルだダウンしてましたよ。」
と先生。
先生のお父様は人間を診る医師らしく、一族みな医師なのでしょう。
「きっと、先生のお子様達も、将来は人間か動物の医師になるのだろうな。」
なんて、話ながら思った私。
「インフルがこのヒトにうつることはないので大丈夫ですよ。」
そう言われて一安心。
ラニ君はいつものようにホルモン注射と点滴をしました。

帰宅し、
「ラニ君にインフルはうつらないってよ。」
私が言うと、夫も安心したらしく、
「ラニ君、よかったね。」
などと夫はラニ君に声をかけ、インフルで休んでいる間中、朝からラニ君をケージから出し、遊ばせていたようです。
おかげでラニ君は遊び癖がついてしまいました。


前回、会社で試験があると書いたと思いますが、その試験は来週です。
ブログを書いている暇があるのなら勉強しろって感じなのですが、一応1㎝位のテキストは何度か目を通し、模擬問題も何度もやり、だからといって万全ではないのですが、なにしろ内容がつまらなくて、全然やる気がおきないのです。
現在研修期間中で、来週は試験勉強の日も設けてくれるようなので、
「まっ、いいかっ!」
ってな感じです。

IMG_20180114_104244.jpg
夫とラニ君。
ご飯茶碗に入っているのはフルーツ入りヨーグルト。
ほどよい器がなく、いつも茶碗に入れています。
ラニ君はこれが大好きです。


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大好きといってもラニ君は一人では食べません。
人と一緒に食べるのが好きなよう、夫と同じです。
我が夫も一人ではご飯を食べれず、というか「一人で食べるご飯は美味しくない!」
と言い、我が家はいつも三人一緒に夕食を食べています。

















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病気と付き合いながらの生活 | 家族  | TB(0)  | Page Top↑
末路・その2  05/04/2016  
よく病院のを不平不満を書いている私だが、この度父が亡くなり、久しぶりに病院に対する不満を書きたくなった。

父が入院し亡くなった病院は、我が家からほど近い、最先端医療の揃っている病院である。
実は2年位前、私はこの病院に入院し手術をしたことがあり、現在我が夫(ネパール人)も、たいした病気ではないが、定期的にかかっている。
医者は誰もが聞いたことのある一流大学出が揃っており、だからといって私は「一流大学=いい医者」などとは決して思ってはいないが、ここいら(我が家付近)では最後の砦のような病院である。

とはいえ、入院が長引き、余命わずかともなると、病院のいい加減な部分が見えてくる。
主治医は常時いるわけではなく、週に1~2日位しかいない。
その週に1~2回だけ、ちょろっと顔を出すだけで、父の命は殆ど看護師で持っていると言っても過言ではない。
看護師はと言えば、これまたローテーションで動いているので都度違う顔である。
夜ともなれば、2、3人の看護師がてんてこまいしており、ナースステーションは空。
また看護師も、恐らく「最後を看取れなかった」等と文句を言われては困るので、ちょっとしたことでも家族を呼ぶ。
日中でも夜中でも容赦なく電話が鳴り、その都度我々家族は病院に急ぎ、
「危ないというから急いで来たのに・・・全然大丈夫じゃん」
ということも多々あった。

父が亡くなったのは看護師の手が一番少ない、未明であった。
当直の、見たこともない、お初にお目にかかる医者が来て、ご臨終を伝えると
「何か着せたい服はお持ちですか?」
看護師に聞かれる。
が、夜の遅い時間に「危ない」の電話を受け駆けつけたものだから自分自身がスッピン・部屋着である。
従って何も用意してなく、むしろこういう場合、病院で白い着物を着せてくれるものだと思っていた。
というのは、昨年妹の夫が亡くなった時にそうだったからだ。

「そうですか。用意されていませんか。」
看護師はそう言うと、着物を取りに行き、父に着せた。
「あららららら・・・・!」
亡くなった父はこれから温泉にでも行きそうな柄付きの浴衣を着、私達は目が点になる。
看護師が去った後、
「病院によって違うのね。もうちょっとマシな柄の着物、なかったのかね?」
などと言ったものだ。

テレビドラマでは、亡き後に悲しみに打ちひしがれているシーンの次は葬儀であり、病院から葬儀までのシーンがない。
よその家では悲しみの時間が長いのかもしれないが、我が家は急いで葬儀屋さんに連絡である。
亡き後は病院ですることは、もうない。
「早く出て行ってくれ。」
とは言われないまでも、そういう雰囲気はある。

葬儀屋さんの車が到着すると、父の身は地下の霊安室に移された。
そこには花と線香が用意されており、我々家族、最後を看取った看護師と医師、そして見たこともない看護師も来て、順に手をあわせる。
形式的な病院とのお別れであり、実にあっけない。
葬儀屋さんの車に乗せられた父は葬儀屋さんの霊安室に、我々は自宅へ帰る。

とはいえ、まだホッとはできない。
2時間後に葬儀屋さんが葬儀の打ち合わせに来る。
よそのお宅は客人を招く部屋があるのだろうが、我が家ときたら、どの部屋も納戸状態。
そこを2匹の猫が走り回っている始末。
急いで掃除である。

「誰にも知らせなくていい。葬儀なんて最低限で十分。」
生前父は言っていたが、そういうわけにもいかず親族に連絡をすると、皆、葬儀に来ると言うではないか。
となると、最後に着せられたあの温泉にでも行きそうな浴衣が気になる。
それと、ずっと酸素マスクをつけていた父は苦しかったのだろう。
口を魚のように大きくぱっくり開けて亡くなり、開いた口もまた気になる。
「あれじゃ・・・いくらなんでも可哀想だよね。親族も来るし・・・。」
葬儀屋さんと相談し、湯灌(ゆかん)をすることになった。
祭壇も花一杯で飾ることにし、料金のことを言うのはいやらしいが、実際一番高いのはこの『お花代』である。

湯灌をした父は白い着物を2枚着、ぱっくり開いていた口も閉じられ、薄化粧を施され、綺麗になって旅立った。
「おまえ達は何をしているんだ!誰にも知らせるな。葬儀に金などかけなくていいと言ったのに!」
亡き父が上から見ていたとしたら、怒られそうな葬儀となった。

葬儀が終わりひと段落したら悲しみがわーっと湧いてくるのかと思ったが、そうでもなかった。
大腸癌が再発した時からそう長くはないだろうと思っていたし、入院後は「間もなくです。」と何度も宣告を受けていたので、覚悟ができていたのだろう。
また、父の80歳という年齢もある。
大往生ではないが、いつ逝ってもおかしくない年である。
それに葬儀が終わっても、これから納骨があり、相続問題もあり、まだまだやることが沢山ある。
高齢とはいえ、一家の長が亡くなると、なかなか大変である。


ここで話はガラリと愛鳥ラニ君に変わりますが、何があろうと、ラニ君の2週に1度の病院は欠かさない私です。
「先生、ネットを見ると1泊位なら旅行に行っても大丈夫と書いてあるのですが、どうでしょうか?」
3年前、ラニ君が私の娘になってから、旅行を諦めた私ですが、時々「どこか行きたーい。」と思うのです。
「2、3泊位なら大丈夫ですよ。餌を小分けに置いて、環境さえ整えれば。」
「環境を整えるとは?雨戸を閉めた暗い部屋に置いておくなんて・・・やっぱり駄目ですよね?」
「それは駄目です。朝は明るく、夜は暗くです。」

「でしたら、やはり先生の所に預かって頂くのがいいのでしょうかね?」
「うーん・・・」
先生は一瞬間考え込まれ、
「このヒト達は結構ストレスが溜まりやすいんですよ。ここに来ると餌を全く食べなくなるヒトが多いんです。だから、飼い主さんの写真を持って来て頂いたり、声を録音した物を持って来て頂いたりしているんですよ。いきなりここでお預かりよりも、お泊りすることになれさせてからの方がいいですね。」
「お泊りですか・・・。実家があるのですが、そこには猫が2匹もいるんです。」
「あー。猫は天敵ですね。本能的に狙いますから実家のお泊りはやめた方がいいですね。」

こう聞いては旅行は無理です。
雨戸を閉めずに家をあけるのは心配ですし、それ以上にラニ君が心配です。
旅行に行ってもラニ君のことばかり心配してしまい、そそくさと帰って来てしまいそうです。
ラニ君と旅行、どちらが大事かと比べると、やっぱりラニ君が大事なのです。
なんといっても私の宝物ですから。

IMG_20160425_222356.jpg
夫(ネパール人)の足の上で、おもいっきり首をかしげるラニ君。
何を考えているのでしょうか?


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嘴の横をぷっくりさせ、よくする顔です。
美人が台無しです。
夫はこの顔を見ると「髭ラニ!」
と、ラニ君をからかいます。
全く失礼な男です。


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末路・その1  04/13/2016  
父が亡くなった。

元々まめにブログを更新しない私ではあるが、先に記した理由により、ブログの更新どころではない日々が続いていた。

父に大腸癌が密かったのは約2年前。
大腸癌の兆候は・・・、よくわからない。
というのは、頑固で慢強く、家族との会話が少なく年がら年中怒っていた等々、父の性格が災いしている。
薄っすらわかっているのは、下痢が続いていたということだけだ。
それも1週間や1カ月ではなく、恐らく年単位だったと思われる。
自力で病院に行けず、車を出してくれと頑固者の父が母に言い、そして見つかったのが大腸癌。
既にステージ3であった。

手術をすることになったのだが、医者曰く、癌が大きく、またできている場所が悪い。
重要な臓器に密着してできてしまったらしく、まず抗がん剤でたたき、癌を可能な限り小さくしてから手術することになり、この時初めて医者の世界では『たたく』という表現をすることを知った。

抗がん剤にも色々あるが、父の場合、簡単に言えば点滴のようなものであった。
2日かけて体に入れる。
副作用は恐らくあったのだろうが、なにせ我慢強い人だったから、体調が悪いことは一切口にしない。
只、抗がん剤をすると持病のリウマチが悪化したり肺が悪くなったりし、ひどい時には起き上がることすらできなくなり、何度か救急車のお世話になった。

抗がん剤で癌は小さくなり、予定通り手術をした。
とりあえず手術は成功だったのだが、
「恐らく半年位で再発するでしょう。」
術後すぐに医師に宣告され、その通りとなった。
半年後に再発し、年齢的にも体力的にもすぐに手術をすることはできず、抗がん剤で様子見となった。
幸い転移はしていなかった。

初めの1年は入退院の繰り返しであった。
癌が悪くなったわけではなく、先に書いたように抗がん剤をすると持病のリウマチが悪化したり、肺が悪くなったである。

2年目は比較的穏やかであった。
とはいえ、1日の大半をベッドの上で過ごし、体調のいい時に短時間の散歩に出たり、短時間庭の草を取る程度。
元気な時の父とは雲泥の差であり、ヨロヨロしているという言葉がしっくりくる程、病人であった。
それでも抗がん剤の効果があり、癌は徐々に小さくなり、レントゲンを撮ってもわからない程になったのである。

父は癌に怯えていた。
逆に言えば、癌さえ治れば、自分はまだまだ長生きできると思っていた節がある。
けれども、癌でなくとも命取りになる病気は沢山あり、まさに父はそうであった。

2月半ば過ぎ、2日前に病院にかかったばかりだった時だった。
呼吸苦しいと病院にかかり、即入院となった。
病名は間質性肺炎、入院2週間と医師から言われた。
父の入院に慣れっこになっていた私達家族は「そうなんだ。また2週間か・・・」くらいにしか思わず、父自身もそう思ったに違いない。

ところが今回ばかりはいつもとは違ったのである。
今までは1週間たてば回復し、2週間で退院していたというのに、一向に回復の兆しがみられない。
「入院した時は片側の肺だけだったのですが、今、両方ともダメになっています。あらゆる薬は試しているのですが・・・覚悟しておいてください。苦しむようでしたら、モルヒネを使います。」
医師から説明を受ける。
「モルヒネ・・・。モルヒネを使い始めたら、どうなるのでしょうか?」
「1週間か、うーん、2週間・・・」
医師は言葉を濁した。

その日、父は見舞いに行った時から不機嫌で癇癪を起していた。
恐らく入院して2週間位たった頃で、最初の説明であれば退院していたはずなのである。
「こんな所にいたら殺される。あの若い女の医者は信用できない。家に帰る。」
母、妹、私は父の扱いに困り果て、家族が寛ぐ場所でボーっとしていたら、父が激しく咳きこむのが聞こえた。
慌てて病室に戻ると、父の咳きはますますひどくなり、
「苦しい、助けて、死ぬ」
喚き、暴れ、看護師5人がかりで押さえられ、大部屋から個室に移動となり、それからモルヒネが始まった。

肺炎とモルヒネについては、随分とネットで調べたものだが、情報が多すぎて何を信じていいのかわからず、一番良きアドバイスをしてくれたのは、私がかかっている心療内科の先生であった。
「余命ばかりはその人のあたわったものだから医師だってわからないけど、両方の肺がそんなになってしまっているのならば長くはないよ。いくら気持ちが強い人でも体は蘇らないから。」

父はモルヒネの効きが悪かったようだ。
初めの1週間は暴言を吐いたり暴れたりで、ベッドに抑制された。
抑制とは、暴れて酸素マスクや他の器具を外さないよう、ベッドにくくりつけられることで、可哀想ではあったが仕方ない。

モルヒネをはじめて2週間位たった頃だろうか。
ひとりで病室にいるのを父は嫌がったので、私が病院に泊まった。
元々口数の少ない人だったというのに、モルヒネの影響か、その日は穏やかで、またよく喋った。
一晩中、二人でお喋りをし、この日のことが私の『父の記憶』としてしっかり残っている。

モルヒネを始めたら、1、2週間と言われていたが、父は1カ月以上頑張った。
最後の1週間は意識がなくなり、そのまま静かに旅立った。

もっと早くに入院していれば、もしかしたら助かったかもしれない、いや、下痢が続いている時に、早めに病院にかかっていれば
、今頃大腸癌も完治し、肺炎になることもなかったかもしれない等々、色々と考えてしまうが、今となっては後の祭り。
これが父の運命だったのだろう。



父の見舞いに行きつつも、愛鳥ラニ君(セキセイインコ)の病院にもしっかり行っていた私。
なんといっても、今は
産卵の季節です。
ラニ君が卵を産んでは大変です。

最近ラニ君は押入れの衣装ケースの隙間に入って遊ぶことが好きなようです。
「ラニ君、どこ?どこにいるの?」
私はラニ君が隙間にいることは知っているのですが、大声でラニ君を呼びます。
すると、大慌てで隙間から出てくるラニ君。
その姿が可愛くて、可愛くて。
全く親馬鹿です。

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隙間に入ろうとしているラニ君。

IMG_20160221_191935.jpg
「ラニ君、どこ?」
と呼ぶと、大慌てで出てきます。
悪い遊びをしていると自覚しているのでしょうか?


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