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母と猫・お別れ  10/04/2020  
今回もタイトル通り実家の猫の話です。
前回、我が母が公園の子猫を家族の一員として迎えたことを書いたが、今回は先住猫メメタン(本名メリ子)のことである。

メメタンが我が家に来たのは14年前。
「猫がいるよ、子猫がいる。雌猫みたいだ。ちょっと餌、やってみるか。」
とっ言ったのは、今は亡き我が父である。
ある日突然、隣の家の我が家寄りの庭先に猫がいて、我が家の方向を見ながらミャーミャーと鳴いており、それを見つけたのが父で、父が餌をあげるということは飼ってもいい、いやいや「飼う」ということだ。
かなり前に「ペット遍歴」というタイトルで、我が家のペット歴を書いたことがあったが、我が家においては、ペットを飼うかどうかは勿論のこと、その他全てにおいて父が絶対的権限を持っていた。
父は怖い存在であり、昔ながらの厳格な「お父さん」だった。

父は動物好きではあったが、どんな犬や猫でもいいというわけではなかった。
父の好みは、本人に直接聞いたことがなく、また聞いたところで答えてくれるような人ではないのでわからないのだが、私が察する限りでは、絶対に「雑種」でなければならない。
逆を言えば、ペットショップにいるような素敵なワンちゃん猫ちゃんはダメなのだ。
また、当時我が家には雄猫が2匹おり、雄と雌の比率が父なりにあったようだ。
雄が多い時は雌を迎え、雌が多い時には雄を迎えるというようにしていたように思う。
そして一番重要なのは出合い方である。
我が家にフラッと来たとか公園や道で出会い、そのままついて来てしまったとか、こういう出合いを我が家では「運命的出会い」と呼んでいるが、運命的出会いでなければならないのだった。

子猫は愛情に飢えていたのか、すぐに家の中に入って来て、「うちの子」になった。
うちの子になったのならば、名前をつけなければならない。
本来ならば半年位一緒に生活をしてから名前はつけたい。
というのは、半年くらいするとその子の特徴がわかるからだ。
しかし、半年間名無しというわけにもいかないから頭をひねる。
そこで、写真でしか見たことがないが、昔、父が飼っていたヤギから名前を頂くことにした。
メリーという名のヤギだったらしく、「メリ」に「子」をつけてメリ子と命名。
名付け親は私である。
とはいえ、メリ子と呼んでいたのは初めだけ。
時がたつにつれて呼び名が変わってしまうのが我が家の常で、メリ子から「メメタン」になり、誰かに名前を聞かれた時や動物病院でだけ「メリ子」になる。

先に書いたが、メメタンが来た頃、先住猫が2匹いた。
2匹共雄猫だったが、この2匹は性格がピッタリ合っており、常にベッタリくっついていた。
そこにメメタンが入ったのだが、2匹の雄猫が優しい性格だったせいか、特に争うこともなく、メメタンはすぐに受け入れられ、3匹でベッタリくっついて寝ていることも多かった。

メメタンは子猫といっても生まれたばかりではない。
生後半年位だろうか?
だったらそろそろ避妊手術した方がいいだろうと、母が病院へ連れて行くことになった。
その頃のかかりつけ病院は、最寄り駅の駅前に古くからあるN動物病院だった。
先生は我が母より少し年上、助手は先生の奥様がされていた。
話しやすく、いい病院ではあったが、絶対に入院はさせず家に返すというのが先生のポリシーだった。
飼い主のそばが一番安心するという理由からだ。
それはいいのだが、母にとっての一番の難点は駐車場がないということだった。
近くのスーパーの駐車場に車を止めるのだが、そこから獣医さんまでのわずか5分の道のりが辛い。
メメタンはまだ小さく痩せていたからいいが、他の雄猫は2匹共6㎏以上あり、5分といえども6㎏が入った猫ケージは重いのだ。

「メメタンにはびっくりよ!」
話したくてしょうがないといった感じで、その日の夜、母から連絡が入った。
「あのね、メメタン、子猫じゃなかったのよ。しかも、もう避妊手術済の猫だったの。」
「えっ!そうなの。じゃあ、元飼い猫だったんだね。」
「そういうことになるわね。先生が言うには、1歳か2歳位なのか、何歳かはわからないって。」
「お金かかったの?」
「かからなかったわよ。何もすることがないからお金を取るわけにはいかないって先生に言われて、そのまま帰って来たの。メメタン、捨てられたんだわね。手術までして捨てる人もいるのね。」

それからは、猫3匹の幸せな日々が続いたが、雄猫2匹は年の順に病気になり、天国へ旅立ち、メメタンひとり(正確には1匹)となった。
メメタンはというと、来た時に大人猫なのに子猫に見えたほど小さく痩せていたというのに、うちの子になったら丸々と太り、デブ猫に変身した。

それからどの位たったかは忘れたが、母が公園から黒という猫を連れて来た。
黒のことは以前書いたが、連れて来た時に既に猫エイズにかかっていて、その後腎臓も悪くなり、予想よりずっと早く天国へ旅立ってしまい、またメメタンひとりになり、次に来たのが前回書いた黒猫クー太である。

過去のブログを読み返したら、メメタンと黒は一戦交え、メメタンが勝ち、それから仲良しになったようなのだが、母曰くクー太とは戦っていない。
クー太が子猫だからなのか、メメタンが年を取り、そんな気力がなくなったのかもしれない。
但し、メメタンの食欲が増したようだ。
「ひとりの時はいつでも食べられるからだからなのかしら?餌を残していたのに、クー太が来てからすごい食欲なのよ。残すとクー太に食べられちゃうから競うように食べてるの。おかげでデブになって、トドみたいよ。」
と母は言い、こんな話をしていたのは今年の2月だった。

今年4月半ば頃のこと。
「メメタンが、なんか食欲がないのよ。病院連れて行った方がいいのかな~?どうしたらいいと思う?」
母から電話があった。
「えっ、少し前までよく食べる、トド猫って言ってたじゃん。」
「そうなのよ。それが急に、ガクッと食欲が落ちて、なんか調子、悪そうなのよ。」
通常の私であればすぐに病院へ連れて行くべきだと言うのだが、この頃はコロナで緊急事態宣言が出ていた時期で、高齢で肺に持病がある母に「すぐに行け」とは言えない。
されとて私が連れて行くこともできない。
実家は徒歩10分以内と近いとはいえ、互いに感染させてはいけないと、2月以来母とは会っていず、専らメールと長電話で連絡を取っていた。
「コロナだからね・・・、少し様子をみてから決めたら?」
「そうだね、そうするわ。」

それから1ヵ月位様子を見たのだが、メメタンの食欲が戻ることはなく、病院へ連れて行くことになった。
問題はどこの病院に連れて行くかである。
これまでメメタンは病院へは2回しかかかったことがない。
先に書いた我が家に来て間もない時の、行っただけで何もせず帰宅したのが1回目。
2回目は昨年の11月。
毛にダニらしき虫がついており、ダニ駆除&健康診断でかかった。
その時かかったのは、車で10分位の所にある女性獣医さんの病院である。
1回目の歴代の猫ちゃん達かかりつけ駅前病院は先生のご年齢により廃業されたからだ。

ダニはすぐに解決したが、健康診断では腎臓の数値があまりよくないと言われたらしい。
だかといって特に薬が出るということもなく、腎臓食に切り替えるといいとアドバイスを受けただけ。
腎臓だからどうしようもないのではないかというのが母の意見であり、今回も同じ病院にかかることにした。
先生の感じは悪くなく、また駐車場もあり、母にとって通いやすいというのが理由である。

病院では口の中を診て、血液検査をしたそうだ。
腎臓の数値はそんなに悪くなく、問題は歯であり、奥歯を抜けば食べられるようになるとのこと。
奥歯を全て抜いてしまっても猫の場合食べるのには支障はなく、しかし全身麻酔をして抜かなければならず、高齢のメメタンが全身麻酔に耐えられるかが問題だ。
全身麻酔で死んでしまうことはないかという母の質問に
「そういう子もいます。」
と先生はおっしゃり、飼い主としては「お願いします。」と二つ返事できない。
とりあえず点滴と痛み止めの注射をしてもらい、「考えます」と持ち帰りになった。

「どうしよう」
母から相談電話が来る。
私は物事をポンポンと、わりと早く決めてしまう性格なのだが、麻酔で死ぬかもしれないと聞かされると、「手術した方がいい」とも言えない。
「点滴と注射で、メメタン、どうなの?」
「少し元気になって、少し食べるようになったけど、でも少しだけだよ。このまま点滴と注射でもつのかしら?メメタン、あんまり長くないかも。今年一杯もつかどうか?」
と母。

それからは点滴と注射をしに週に2回通院したが、点滴と注射が効いたのは初めだけ。
メメタンはまた食べなくなり、食べないものだからどんどん痩せ、6月になった。
「メメタン、手術することにした。だって、このまま点滴と注射を続けてももちそうにないし・・・。一か八かよ。手術は6月9日。前日に入院して、検査してからだって。」
母が決断をしたのだった。

6月9日は朝から気が気でなかった。
私は毎朝、通勤電車の中から母にメールをする。
「昨日獣医さんから連絡あった?メメタンの手術、何時?」
と、メールを送ると
「病院から連絡ないよ。前に先生が午前と午後の診察の合間に手術すると言ってた。」
と、返信があり、仕事が終わると帰りの電車の中でまたメールを打つ。
「メメタンの手術、終わった?メメタン、大丈夫?」
「メメタン、まだ手術してないの。帰ったら電話頂戴。」
母の年齢になるとメールよりも電話なのだ。
帰宅し、母に電話をすると、「夕方病院から電話があって、昨日検査をしたら腎臓の数値が悪いんだって。点滴に何が入ってんだかわからないけど、薬の影響で数値が悪い可能性があるから2日間薬を調整して、もう一度検査をして、大丈夫なら手術するって。」
手術日が12日に変更になったのだった。

12日も朝から落ち着かず、仕事を終え、帰宅し母に電話をすると、
「メメタン、連れて帰って来た。」
「手術は?」
「腎臓の数値がすごく悪くて、手術に耐えられないって。もう手の施しようがないって。」
「手の施しようがないって・・・、メメタン、そんなに悪いの。歯が悪かったんじゃないの?」
「初めは歯が悪いって言われたのだけど・・・、今月一杯もつか・・・」
「え-----!医者はなんて言ってるの?」
「1週間とか・・・曖昧で、医者もわかんないんじゃない。」
「1週間!メメタン、どんな感じなの?」
「全然食べないし、元気もなくて、ぐったりしている。怪獣みたいな声で鳴くのよ。」
メメタンは5日間入院し、家に戻った。
入院する前より、一層悪くなって帰って来たのだった。

翌日の13日は土曜日で、仕事は休みだった。
コロナ禍だから実家へ行くのは長らく控えていたが、メメタンのことが心配で、がっちりマスクをつけて実家へ行った。
「メメターン」
と言いながら実家へ入ると、いつもなら「ニャーン」と可愛い声で鳴きながら足元にすり寄ってくるメメタンが無反応。
窓のそばでうずくまっており、険しい顔をしている。
「メメタン」
と呼ぶと、ギャーッと、母が言うように怪獣のような声を出し、見るからに弱っている。
どのくらいもつかはわからないが、もう長くないということはわかる。

帰宅してもメメタンのことが気になり、ネットで「猫 腎臓」ばかり検索してしまう。
すると、ペット用の腎臓に効く水があり、腎臓が悪く死にそうだった子がその水を飲んだら元気になった、というサイトが出てきた。
その水が、水のわりには高い。
高いのだが、買えない値段ではない。
非常に眉唾なのだが、手立てがないと医者に匙を投げられると、こういう物でもいいからすがりたくなる。
しかし、値段に躊躇いすぐに買うとまではいかない。
翌週、17日水曜日は休みを取っていたので、またメメタンに会いに行き、水については母と検討することにした。

ところが、16日火曜の朝、
「メメタン、どう?明日、メメタンに会いに行く。腎臓に効くっていう水があるから、買うか検討中。」
いつものように通勤電車の中から母にメールを送ると、
「メメタン、夜中の2時頃、天国に行っちゃった
母から涙マークのついた短いメールが来た。

長くはないとは思っていたが、こんなにも早く旅立ってしまうとは思ってもいなかった。
メメタンがいなくなった後、母は暫くの間心にぽっかり穴が開いたような状態になり、クー太に向かって「メメタン」と呼んでしまったりしていたそうだ。
でも、クー太がいてくれてよかったと思う。
クー太がいなかったら、母はきっと、ペットロスになっていただろう。

2020年、コロナ禍の6月16日午前2時頃、メメタン、天国へ旅立つ。
メメタンが一番辛い時に、コロナであまり会えなかったのが残念でならない。
今までペットとのお別れは何度もしているが、何度経験しても慣れることはない。
毎回、すごく悲しい。

neko5.jpeg
メメタン。
目の上の茶色の模様がチャームポイントでした。

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neko11.jpeg
我が家に来た時は子猫と間違える程小さかったのに、
うちの子になってからはどんどん太りました。
小さい時も可愛かったけど、太ったメメタンはもっと可愛かったです。
抱っこは嫌いでしたが、毛を撫でられるのは大好きでした。
もう撫でることができないと思うと、










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母と猫・お迎え  08/15/2020  
いつものことながら、更新が滞ってしまった。
時間がないわけではない。
私が怠惰だからだ。
休みの日の午後なんぞはたんまり時間があるのだが、ゴロンと寝転がりながら再放送のドラマなんぞを見てしまい、見ているうちにうたた寝。
起きたら夕方になっていて、
「うゎ!今日も寝ちゃったよ。」
いつもこんな感じで貴重な休みを終わらせてしまうおバカな私。
まあ、どうでもいい話しはこのへんまでにし、本題に入るとしましょう。
とはいえ、ここから先もどうでもいい話しなんですけどね。

我が母は40年以上猫と共に暮らし、40年以上猫と添い寝している。
そんな母は当然ながら猫好きだ。

2年位前に『元地域猫、黒の猫生』というタイトルで黒という猫のことを書いた。
(興味のある方はカテゴリ猫からご覧下さい。)
黒が亡くなってから暫く落ち込んでいた母だったが、黒を連れて来てからピタっと通わなくなった、かつて黒のいた公園にまた通うようになった。
実家にはメメタン(本名メリ子)という雌猫がいて、メメタンだけで十分ではないかと私なんぞは思うのだが、
母曰く「メメタンは可愛いわよ。でも、メメタン抱っこできないから・・・」
メメタンは触り放題なのだが、抱っこが大嫌い。
そして母はというと、ないものねだりなのか、抱っこができる猫が好きなのだ。

母の家から公園までは歩いて2、3分。
黒もそうだったが、そこには決まった時間になると、どこからともなく9匹位の猫達がやって来る。
猫達のお目当ては、母と私が密かに『猫おじさん』と呼んでいる男性だ。
おじさんと書いたが、私よりほんの少し年上、母よりはかなり若く、しかしまあ、おじさんには変わりない。
猫おじさんは10年以上、よほどの大雨でない限り、毎日公園に通い、公園にいる猫達全員に餌をあげている。
9匹全員が来て、9匹全員が食べ終わるのを見届け、水も与え、綺麗に後片付けをして帰るのが猫おじさんの日課でもあり楽しみでもあるようだ。
母は何をしているのかというと、猫おじさんに猫缶2個位を差し入れし、猫おじさんが猫達に餌をあげ、猫達が餌を食べるのを見たり、猫達をかまったりしている。
そして、母と同じ存在の人がもう2人いる。
ひとりは40代のOさんという女性で、Oさんは猫おじさんの来る夕方のみならず、朝もジョギングついでに公園に来るらしい。
もうひとりは母と同じく、公園に隣接する住宅街に住むSさんという60代の女性だ。
猫おじさん、Oさん、Sさん、我が母、全員猫を飼っており、皆猫好きなのだ。

「私が毎日たっぷり餌をあげているから、ここの猫達は悪さはしません。」
と断言する猫おじさんなのだが、朝も公園通いをしているOさんによれば、餌をあげているのは猫おじさんだけではない。
朝には朝のメンバーがおり、猫達は朝ごはんも貰っているのだそうだ。
従って、ここの猫達は皆、丸々と太っている。

9匹の猫には皆、名前がついている。
ヒデ君、ノブ君、らんちゃん、チョビ君、スノーちゃん、はなちゃん、黒ニャン、ヨリ、ドラ。
私は名前と顔が一致しないが、毎日接している母達は当然ながら名前と顔は一致し、それぞれの性格も知っている。

ここにいる猫全員が野良猫というわけではない。
ヒデ君とノブ君とらんちゃん、そしてスノーちゃんは飼い猫だ。
ヒデ君とノブ君とらんちゃんは近所の同じ家の飼い猫なのだが、放し飼いであり、家より公園の方が好きらしく、飼い主曰く「たまにしか帰って来ない。」
首輪はつけている時もあれば、つけていない時もある。
たまに家に帰った時に、首輪がないことに気づいた飼い主が首輪をつけるのだが、公園にいる間に首輪を落とすようなのだ。
そしてスノーちゃん、この子は公園のすぐそばの家の子なのだが、この子も放し飼いであり、高齢の飼い主さんは認知症らしい。
猫を飼っていること、スノーという名前はわかっているようなのだが、どの子が自分の猫なのかわからない。
そして、その飼い主さんも最近施設に入られたらしく、スノーちゃんは公園に置き去り。
元飼い猫の可哀想な猫なのである。

一昨年の春のこと。
ヨリという細身の三毛猫が妊娠し、出産した。
ヨリの性格は、母曰く「慎重でしっかり者。」
そんなヨリだから、気心知れた餌やりおじさん&おばさん達に子猫をお披露目したのは、子猫が少しばかり大きくなってからだった。
子猫は3匹。
毎日餌は貰えるとはいえ野良猫には変わりない。
悪天候の日もあれば天敵もいる厳しい世界。
3匹のうち2匹は恐らく生き延びることができなかったのだろう。
ヨリの子供は白黒の猫1匹となり、ありきたりだが「チビ」と名付けられた。

チビは他の猫達にすぐに受け入れられ、すくすくと成長した。
性格は親猫ヨリとはだいぶ違い、とにかく落ち着きがなく、ピョンピョンとうさぎのように跳ね回る。
抱っこはおろか、触ることもできない。
それでも餌をくれる人はちゃんとわかっており、とりわけ猫おじさんにはそれれなりに懐き、少しばかり毛を触らせる。
「この子は女の子ですね~。」
チビの毛を撫でながら猫おじさんが言い、チビが雌猫だと判明する。

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左がチビ、右がお母さん猫ヨリ


チビがチョロチョロするようになってから公園にチビを見に来る人が増えた。
チビはなかなかの器量よしだったので、「欲しい、飼いたい」という人も何人かいたのだが、家族の反対があったり、またチビの落ち着きのない性格が災いしたのか、公園の猫のまま月日が過ぎた。

昨年の春のこと。
ヨリがまた妊娠した。
「あら~、今度は何匹産むのかしら?」
母、Oさん、Sさんが言うと
「ヨリちゃんは小さいから、また3匹くらいじゃないですかね~。」
と猫おじさん。
ところが、妊娠したのはヨリだけではなかった。
痩せていて、また、まだまだ子供だと思っていたヨリの子供チビのお腹も膨らんでいるではないか。
毎日餌をあげ、お互いにわかりあえている仲とはいえ、ヨリもチビも人間に出産は見せない。
2匹共、どこか安全な場所で出産したらしく、先に子猫を紹介してくれたのはチビだった。

チビの子供は、なんと6匹。
6匹中5匹は頭の先から尻尾の先まで全身真っ黒な黒猫で、1匹だけチビと同じ白黒猫。
白黒猫は雌猫、5匹の黒猫中4匹は雌猫で、6匹中、雄猫は1匹だけ。
慎重でしっかり者のヨリが子猫を見せてくれたのはチビよりももっと後のことで、子猫は2匹。
2匹共ヨリと同じ三毛猫で、三毛猫だから雌だ。

一気に8匹もの猫が増え、公園の猫は17匹となった。
「可愛いけど、餌代が大変だわね~。」
と母が言うと
「まあ、これくらいなら大丈夫です。子猫がいると賑やかでいいですね~。」
餌代よりも子猫にデレデレな猫おじさんなのであった。

母の住む住宅街には、母の家と反対方向にもうひとつ公園があり、そこにも何匹もの猫がいる。
そこの猫達の世話及び避妊・去勢手術は公園の近くに住む、母も知っているWさんだ。
猫の世話をするくらいだからWさんも猫を飼っている猫好きである。
時々母の通う公園にも来るらしく、子猫の存在も知ってる。
「知り合いに子猫が欲しいって人がいて、1匹もらってもいいかしら?」
Wさんが猫おじさんに言う。
「子猫は誰の物でもありませんから。いい飼い主さんに恵まれればそれが一番ですからね。只、どうしても懐かなかった時はいつでもここに返して下さい。私が生きている限り、ここの子達に餌はあげますから。」

そう言われるとWさんはどうやって捕獲したのしたのかはわからないが、すぐに捕獲し、子猫を連れて行ってしまった。
Wさんに捕獲されたのは、ヨリの、いつも鳴き喚いている一番臆病な子だった。
「あの子、臆病で鳴いてばかりいたから・・・、大丈夫かしら?」
などと、母達餌やり仲間の間では心配しており、心配が現実となった。
3日後、公園に戻されたのだ。
雌猫は望んでいなかったというのが理由らしいが、恐らく懐かなかったのだろう。
まあ、3日位では懐かないものなのだが、捕獲され怖いおもいをした臆病な子は一層臆病になり、母猫ヨリにくっついているか、もう1匹のきょうだいにくっついているかになった。

チビの時もそうだったが、子猫がいるとどこからともく人が集まって来る。
猫好きは勿論のこと、猫嫌いの人も来て、後者とは時に揉めることになる。
「今はまだ小さいからいいけど、雌猫がこうだし、猫って半年で妊娠するから、このままいくと鼠算式に増えてしまうわよ。もう少ししたら子猫もチビちゃんもヨリちゃんも、あと他の若い子も避妊手術をした方がいいんじゃないかしら。」
とOさんが言うと
「それは私がしますよ。もうひとり猫好きのオジサンがいて、その人が去勢・避妊がタダのなるパスみたいなものを持っているんですよ。夏は手術には向かないみたいですから、秋にでもしますかね。」
と猫おじさん。

沢山の人が見に来るわりには子猫達は誰からも引き取られることなく、9月になった。
生後約半年。
可愛い盛りである。
「そろそろ手術した方がいいと思うのだけど・・・」
と、Oさんが心配して猫おじさんをせかすと
「今の時期はあんまりよくないみたいですから、もう少ししてからにしましょう。」
どうも猫おじさんはその都度言うことが違い、先延ばしにする。
猫おじさんは口だけ、やる気がないと、Oさんと母の意見が一致した。

しかし、このままにしておけば猫が何十匹にもなってしまい、広い公園といえども近所迷惑が考えられるし、保健所に通報され、殺処分されることも考えられ、それだけは避けたい。
動いたのはOさんだった。
Oさん宅にいる2匹の猫は保護ボランティアの人から譲り受けた子で、口にこそ出さないが、どうやらOさんはボランティア活動をしているようであった。
翌日、Oさんは猫達の手術費の寄付を募るチラシを作って来て、朝と夕方、公園でいつも会う人達に配り、手術費は瞬く間に集まった。
次は、Oさんとボランティアのお仲間が捕獲し、地域猫の手術をしてくれる病院へ連れて行くのだ。

と、ここで、我が母が私に相談があると言ってきた。
「あのさー、『しっぽ』を飼いたいのだけど・・・、どう思う?」
しっぽというのはチビの子供の唯一の雄猫である。
しっぽ、クマちゃん、おまめ・・・・などなど、私は全員の名前はわからなが、子猫全員に名前がついていた。
チビの真っ黒な黒猫達の区別も、毎日見ている母達にはわかるらしい。
唯一の雄で、しっぽがすーっと長くまっすぐで、なにより抱っこができ、母はしっぽを気に入ってしまったのだ。
但し母には心配事があった。
それは自分の年齢である。
これまでの我が家の経験では、猫は15、6年は生きる。
我が母は還暦である。
しっぽが15歳の時、母は90歳。
90歳まで生きる自信もなければ、途中でボケてしまい、しっぽがスノーちゃんみたいになったら可哀想だと言うのである。
「万一そうなったらさー、私が元気だったらだけど、私がしっぽの面倒みるよ。」
「ホント!いいの?いいのね。」
「だって、仕方ないじゃん。」
と言うと、翌日、母は
「しっぽは私が飼います。去勢のお金は私が払います。その代わり、耳は切って欲しくないの。」
とOさんにお願いしたそうだ。
耳を切るというのは、ご存じの方もいるだろうが、去勢・避妊手術済の子の片耳を少しだけ切り、地域猫の証なのだ。

neko1.jpeg
自分で撮っておきながら、この子がチビなのかチビの子供のおまめなのか?
多分「おまめ」だと思います。

9月末から10月初旬にかけて、猫達捕獲&手術が行われた。
対象の猫は子猫8匹、チビ、ヨリ、黒ニャン、ドラの12匹。
他の猫、はなちゃんとスノーちゃんは年寄猫なので手術の必要はないだろうといことになり、ノブ君、ヒデ君、らんちゃんも年寄猫だし、おまけに飼い猫なので必要なしということになった。

12匹いっぺんに病院へ連れて行くことはできないので、3回に分けて捕獲することになった。
手術の前日、対象の猫は絶食である。
Oさんとボランティアの人が捕獲機をセットする。
いつも母から話だけ聞かされている私は当然ながら捕獲機がどんなものなのかは見たことがない。
「ねえ、捕獲機って・・・、見た?そんなにうまいこと捕まるのかね?」
母に聞くと
「ボランティアの人とOさんがセットしてくれたから私も見てないのよ。」

しかし、流石ボランティアの人だ。
猫達は案外すんなり捕獲機に入り、順番に病院へ連れて行かれ、手術をし、1日入院し、公園に帰って来た。
そんな中、なかなか捕獲機に入らなかったのが「ドラ」という雄猫である。
「ドラ」の名付け親は猫おじさんで、ドラ猫の「ドラ」だ。
いつの頃からか突然現れた新参者で、強いのだ。
ドラが来ると他の猫達は震え、逃げてしまい、いうなれば、公園のボス猫だ。
そして、ヨリとチビの子猫達のお父さんはドラではないかと人間達は推測している。
他の猫の餌は横取りするドラだが、子猫達の餌は横取りせず、子猫に譲るようなのである。

話が少しそれたが、ボス猫だけあってドラは頭がよかった。
ボランティアの人とOさんが2度試したが他の猫達がすんなり入った捕獲機にドラは決して入らず、こういう手ごわい猫向きのとっておき捕獲機があるらしく、3回目にしてやっと捕まえることができたのだった。
ドラは思っていたより若く、病院の先生曰く「まだ、3、4歳。」
流石のドラも手術後数日間は餌も食べに来ず、人間の姿を見ると逃げる程だったらしい。

我が家にパル(インコ)が来たのと同時期の昨年10月初旬、母はしっぽをお迎えした。
しっぽは去勢手術の他、健康診断もしてもらい、母曰く1万2千円かかった。
公園にいる時はしっぽが長いからという理由で「しっぽ」という名前だったが、飼い猫で「しっぽ」では可哀想だとなり、母と同居している我が妹が、クー太と名付けた。
恐らく黒いからクー、それに「太」をつけただけだと思われる。
クー太は公園にいた時は誰にでも触られ、抱っこされる人懐っこい猫だったというのに、家猫になったら性格が豹変したらしい。
すぐに懐いたものの、ものすごく臆病らしく、少しの物音でも飛び上がって逃げてしまい、飼い主の母がマスクをしただけで、マスクに怯え逃げてしまう。
私が実家へ行く時なんぞはもっとひどい。
今ではインコに夢中の私だが、私とて子供の時から猫と暮らしていたので、猫の扱いには自信がある。

だが、クー太だけはダメだ。
臆病だとは聞かされていたが、我の想像を上回る臆病猫で、私が玄関に入った途端、他人を察知したクー太はテレビ台の奥へ隠れる。
実家のテレビ台は猫がテレビの上に乗るからと、テレビをすっぽり覆い、尚且つ飾り棚までついている、最近ではあまりお見かけしなようなバカでかいもので、その陰に隠れてしまうと、真っ黒なクー太の黄色に光る目しか見えない。
クー太はそこで、私が帰るのを今か今かと息をひそめて待っているのだ。
帰るまで決して出てこない。
そんなわけで、公園にいた頃にクー太らしき猫を見たことはあったが、飼い猫になってからのクー太の顔をしっかり見たこともなければ、全身の姿を見たこともない。
そんな臆病猫でも先住者のメメタンとはすぐに仲良しになったらしい。
最も14歳のおばあちゃん猫メメタンはクー太など相手にしちゃいない。

手術後の他の子猫達だが、ボランティアさんの手にかかるとすごい。
8匹中1匹は我が母の猫になったので残るは7匹。
そのうち6匹はすぐに里親が見つかり、それぞれの家に貰われて行った。
かつてWさんに捕獲され、公園に戻された臆病な子は、もう一匹のきょうだいと一緒に引き取られ、姉妹でベッタリくっついているらしい。
最後の1匹、チビの子供のクマちゃんという黒猫だけは風邪をこじらせ、外に置いておくのは危険ということになり、ひとまずボランティアさんの家に引き取られた。
そこで回復するのを待ち、回復したら里親探しをし、里親が見つからなければそのままボランティアさんの家の子になるらしいのだが、そんなボランティアさんは10匹以上の猫を飼っている。
好きだけではできない活動である。
少しの間ボランティアさんの家で過ごしていたクマちゃんだが、体があまり強くないクマちゃんを不憫に思ったのはOさんだった。
先にOさんの家には2匹猫がいると書いたが、
「体が弱いから可哀想。クマちゃんを引き取りたい。」
と言うOさんにOさんの旦那さんは猛反対。
「2匹で十分。これ以上飼っちゃダメだ。」
と言われたそうなのだが、Oさんは粘りに粘り、旦那さんは根負けし、クマちゃんはOさん宅の猫になった。
今では改名され、ベルちゃんである。
何度も獣医さんにかかったらしく、風邪も治り、2匹の先住猫とも仲良くしているそうだ。
ちなみに、他の子達も全員改名れ、皆素敵な名前を貰っている。

子猫がいなくなって悲しんでいるのは猫おじさんである。
おじさんとしては1匹だけでも残して欲しかったようだ。
でも、これでよかったのだ。
猫人生は飼い主によって決まる。
いい飼い主に恵まれれば素晴らしい猫人生になるのだから。

今回は文章の途中に写真を挿入してみました。
クー太お迎えまで書きましたが、まだ書きたいことがあります。
しかし長くなりましたし、私も書き疲れてしまったので、今回はこのへんで。
つづきは次回へ。

neko2.jpeg
母の猫、クー太です。
まだ公園にいた頃で、この頃は写真も撮れたし、触らせてくれました。
今では私の声を聞くだけで、私の気配を感じただけで、テレビ台の後ろに隠れてしまいますけど






















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元地域猫、黒の猫生  02/24/2018  
かなり前になるが、『黒ちゃん』というタイトルで母が公園から連れてきた猫のことを書いた。
その後の黒の話になる。

以前のブログにも書いたが、公園から連れて来て、健康診断の為に病院へ連れて行ったところ、黒が猫エイズにかかっているとわかった。
しかし、母も私もそんなに心配はしなかった。
というのは、十数年以上前に亡くなったが、その頃飼っていた猫も猫エイズで、それでも16歳まで生きたからだ。
それに猫エイズだからといって、病院では特に治療もされず、薬を処方されることもなく、医師からは「様子を見て下さい。」で終わったのだった。

公園の地域猫時代の頃から黒は水をガブガブ飲む猫で、それは飼い猫になっても同じであった。
「黒ったら、やたら水を飲むのよ。どんぶり一杯飲んで、水がすぐになくなるの。黒がいると出かけられないよ。」
母はよくこう言った。
「でも可愛んでしょ。」
と返すと
「可愛くない。」
と母は言うが、我が母はこういう人なのである。
いつも逆のことを言い、本当は可愛くて可愛くてしょうがないのだ。

そうこうするうちに、今度は黒は体中を舐めまくるようになった。
「舐めまくって、お腹がハゲになっちゃった。どうしたらいいと思う?」
母から相談され、
「どうすればって、病院に連れて行くしかないでしょ。」
私が言うと、
「どこの病院へ連れて行こう。近所の○○でいいかな?」
近所の○○とは猫エイズと診断された病院だ。
近いし、駐車場が空いているから母はなるべくならばこの病院ですませたいようだったのだが、どうも私はその病院が信用できず、歴代の猫ちゃん達がかかった24時間体制の設備の整った病院を母にすすめた。
24時間体制のその病院は、駐車場が少ない、患者さんが多いのですごく待つ、また設備が整っているがゆえに色々と検査をし、お金もかかる、という理由から母は避けたかったようだが、結局母はそこへ黒を連れて行った。

そして結果はというと、猫エイズというのは変わりなく、アレルギーもあり、おまけに腎臓も悪いということがわかった。
舐めまくりはアレルギーによるもの、水をガブガブ飲むのは腎臓が悪い為であった。
そしてどの病気も治る病気ではなく、腎臓に至っては数値が非常に悪いとのこと。

薬が出され、腎臓にいい食事をこの病院で買うことになり、黒は定期的に病院にかかることになった。
「あー、大変な猫、拾っちゃったよ。」
本心ではないのだが、母はよくぼやいていた。

腎臓にいい食事は『腎臓サポート』といい、お値段もいい。
しかし黒の口には合わなかったようだ。
というより、公園にいた時にはなんでも食べていたというのに、家猫になると我儘になる。
黒は黒用の餌を残し、同居しているメリ子という猫が残した健康体の猫が食べる餌を食べ、メリ子はというという、黒の残した腎臓サポートを食べていたそうだ。

昨年のいつからなのかは記憶にないのだが、黒の食欲がガクッと落ちた。
血液検査をしたところ、腎臓の数値が物凄く悪く、病院からは入院をすすめられたが、母は入院はさせなかった。
「治る病気なら入院させるけど、入院させても治るわけじゃないから・・・」
と母は言い、また、いくら24時間体制の病院でも24時間付きっきりで黒を診てくれるわけではない。
患者さんは他にも沢山いる。
病院の狭いケージに入れっぱなしというのも可哀想だし、それに母の知人で猫を病院に預けて、ストレスでショック死した子がいたので、そういうのも母が入院させたくない理由でもあった。

黒は1週間に2回、点滴に通い、点滴以外に抗生物質やステロイド等の飲み薬も飲むようになった。
我が愛鳥ラニ君(セキセインコ)は隔週で通院し、月に1万円かかるインコだが、黒の病院代はラニ君の比ではない。
「金食い猫だ!」
と母は言ったが、勿論本心ではない。
また、そう言えるのは、まだ黒が元気だったからだろう。

黒の食欲は減る一方で、当然ながら痩せる。
元々は6キロ以上あった体重が5キロ台になり、今年に入ってから5キロを切った。
「腎臓サポートを食べるのがベストなのですが、黒ちゃんの好きな物を好きなだけ食べさせてあげて下さい。」
病院からはこう言われ、母は手を変え品を変え、黒の好みの餌を探すようになった。

つい数週間前のこと。
「黒がなまり節を3本食べたよ。」
母から喜びの電話が来た。
私と母との会話は専ら黒のことばかり。
「黒、年内もつかな?いや、夏までもつかな?」
黒の心配ばかりしていた。
と、同時に
「このなまり節が最後の食欲だったりして。今までの猫さん達も死ぬちょっと前に少し元気になったよね。」
などと、歴代の猫の回想をしたりし、しかし私達の嫌な予感は的中した。

なまり節は、黒が自力で食べた最後の食事となった。
その後は全く食べる気力がなくなり、母は黒を押さえ込み
「おまえ、食べないと死んじゃうよ。」
と言いながら、注射器に入れたドロドロの餌を口の中に流し込むようになった。
注射器といっても、それは小さな物で、わずかな量である。

そして先週土曜、
「黒の様子がおかしいの。後ろ足が立たなくなって、もう歩けないの。どうしよう。木曜に病院へ行ったばかりなのに。次の病院は月曜なのだけど、月曜まで様子を見た方がいいのかな?どうしたらいいと思う?」
母からややうろたえ気味の電話があった。
「病院に行った方がいいんじゃない。」
私が言うと、
「病院に行ったら入院と言われるかも。入院はさせたくないよ。」
「行ってみないとわからないじゃん。入院と言われたら、先生によく聞いて、その時決めればいいよ。」
こんな会話をし、それからすぐに母は黒を病院へ連れて行った。
本当は私も付き添いたかったが、その日の午前中に荷物が届くことになっており、付き添うことができなかった。

その日の午後、病院から帰った母からまた電話があり、
「点滴をしたよ。入院はすすめられなかった。もう末期の治療だって。あと1週間と言われた。できる範囲内でいいから点滴に通って下さいと言われたから、来週毎日予約を入れてきた。」
こうして書いてみると、黒の様態は徐々に悪くなっていったのだろうが、その時はあっという間に悪化したように思えた。

翌日日曜、月曜から仕事に行かねばならない私と夫(ネパール人)は実家へ、黒にお別れを言いに行った。
毛布にくるまれた黒はべったりと絨毯の上にいて、
「ウーン、ウーン」
時々小さな声で鳴く。
食欲どころか、水さえも飲めず、横たわっているだけであった。
これまで看取った猫さん達もみなそうだったが、
「あー、本当に最後なんだな。」
と、そうは思いたくなくても思わざる負えない。

翌日、2月19日月曜、出勤途中の電車の中から母にメールをしたら、
『今日、点滴、予約したけどキャンセルする。もう黒、鳴かなくなった。今日、明日が山かも。』
と母からの返信。
昼休みの時、母にメールをしようとしたら、母からメールが入っており
『メールしたくなかったけど、黒、死んじゃったよ。』

公園の地域猫から家猫になってわずか2年5カ月で黒は逝ってしまった。
こんなに早く逝ってしまうとは・・・


先の話の続きのようにはなりますが、先週日曜、黒にお別れを行く前に、ラニ君を病院へ連れて行きました。
いつものホルモン注射の為です。
黒が死にそうだったということもありますが、ラニ君も今年の11月で5歳。
決して若くはありません。

最近、ラニ君の病院はすごく混んでいます。
待合室は患者さんと飼い主さんで椅子は満席、スリッパも足りないくらいです。

私が座った隣に黄色のセキセイがいて、飼い主さんとお喋りをしたところ、なんと10歳の男の子。
「長生きですね。」
と私が言うと、
「うちには他にも何羽もインコがいるんですけど、大体5、6歳で死んじゃうんですよね。この子だけ長生きで。」
「5、6歳で死んじゃうんですか・・・」
私ががっかりすると、
「インコは早いですよ。朝元気でも、急に具合が悪くなって、その日の夕方に死んじゃうんですから。」
これを聞き、ますます心配になる私。

10歳の男の子、いやおじいちゃんインコさんとご対面したラニ君はというと、恥ずかしいのかそっぽを向いていました。
病院にいる時は、ケージに入っていても、いつも私の方にベッタリくっついています。

10歳のセキセイさんは先に診察が終わり、帰られ、それから何十分もあとにラニ君の順番がまわってきました。
治療はいつも通りです。
「先生、先ほど10歳のセキセイの飼い主さんとお喋りをしたのですが、10歳まで生きる子もいるんですね。」
と言うと、
「あー、Sさんですね。そうなんですよ。あのヒトは10歳なんですが、精巣癌なんですよ。雄は年を取ると精巣癌になることが多いんですよね。」
「うちの子も10歳まで頑張れますかね?」
と聞くと、
「セキセイの寿命は大体5~7歳なのですが、このヒトは安定しているから、まだ大丈夫でしょう。」
こう聞き、ちょっと安心する私。
ラニ君には長生きしてほしく、これが今、私の一番の願いです。


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母の膝に乗る公園時代の黒。
人懐っこくて、黒のファンは沢山いました。


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猫って狭い所が好きなんですよね。
小さなお盆に無理やり乗る黒。
黒の写真、あまりないんです。
生きている間に、元気な時に、
もっと撮っておけばよかったと後悔しています。

















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猫の誘惑  06/22/2016  
ペット遍歴は、今回で最終回。

社宅では動物を飼えない、というより『動物を飼ってはいけない』となっていた。
にもかかわらず、我が家ではうさぎと小鳥を飼っていた。
しかし、まあ、うさぎは鳴かないし、小鳥は多少鳴くが角部屋だったので恐らく声は外には漏れていず、故に、うさぎと小鳥は許容範囲と我が家では勝手に思っていた。

ところが、ある日、下の階に住むKさんが来た。
茶トラの子猫を抱いている。
「あらー可愛い猫ねーどうしたの、その猫?」
母が聞くと、Kさんはうふふふと笑い、
「近くで拾ったの。可愛い顔しているでしょ。ちょっと抱いてみる。」
そう言うと、Kさんは抱いていた子猫を我が母に抱かせた。

そして
「ねえ、この子、お宅で飼ったら?お宅、動物好きでしょ。お宅で飼うのがいいと思うわ。」
Kさんが大胆な事を言うではないか。
「えここ社宅じゃない。無理よ。」
母が言うと
「大丈夫よ。お宅はもう一部屋あるんだから、何とかなるわよ。」
「何ともならないわよ。文句言われちゃうわよ。」
母が抵抗するも
「せっかく拾ったのに・・・。私、捨てに行くの嫌よ!お宅で飼ってよ。」
「いや、いや、お宅だって動物好きじゃない。お宅で飼えば?」
母が回避しようとすると
「うちは狭いからこれ以上動物は飼えないわ。」
Kさんも動物好きで、2Kの広さしかない社宅で、うさぎとうずらと小鳥を飼っていた。
「お宅で飼って。お願いね。時々見に来るから。」
こう言うと、Kさんは半ば強引に子猫を我が母の腕の中に残し、帰って行った。
これが猫との出会いである。

母は顔だちの整った子猫の虜になった。
ジュリアーノという素敵な名前をつけ、だからといって毎度毎度この長い名前で呼ぶことはなく、短縮してジュリと呼んでいた。

猫を飼っていることは、すぐに社宅の人々に知られてしまった。
なにせジュリの鳴き声は大きく、時々脱走もしたからだ。
下の階のKさんの隣に住むAさんは動物嫌いで、本来なら苦情を言いたいところだったろう。
チクリチクリと嫌味は言われたようだが、しかし大きな苦情はなかった。
というのは、Aさんのご主人より、うちの父の方が会社での役職が上で、言わば上司だったからグっと堪えたのだろう。


猫が来てから家の中の様子は変わった。
カーテンはジュリがよじ登るからビリビリになり、カーペットはジュリが爪とぎをするからボソボソになり、元々納戸状態の部屋が更にみすぼらしくなった。
おまけにあっちこっちで粗相をするから部屋の中は新聞紙だらけ。
トイレを教えても覚えなかったのだ。

食卓には肉より圧倒的に魚がのぼるようになった。
勿論、猫に与え、ウニャウニャ言わせて人間が喜ぶ為である。

そして、何より大きな変化は、家族の会話が弾み、暗めの家庭がやや明るくなったことだろうか。
いや、これは猫に限ったことではないのだが、存在感が大きければ大きいほど、家族の会話は増える。
ジュリを飼って以来数十年、実家では猫が絶えたことがなく、特に母は『猫大好きオバサン』になった。

その『猫大好きオバサン』の母の日々はこうである。
2匹の飼い猫の声で目覚め、猫のトイレを掃除し、猫の餌やりをする。
ちなみに猫の餌やりは1日4回である。

一息ついたら、BSで猫番組を見る。
自分の家の猫だけじゃ物足らず、テレビでも猫を見たいのである。

買い物に行けば、ついでに猫餌及び猫グッズコーナーも見る。
人間の物は少しでも安い物、或は値引き商品をあさるというのに、猫の物は値段を見ずに買える。
思わず、またたび等を買ってしまったりする。

夕方になると、服のポケットに猫餌をしのばせ、公園に行く。
地域猫が気になるのだ。
ハナちゃん、トラちゃん、黒にゃん、ノブ君・・・と、説明されても私にはさっぱりわからないのだが、飼い猫だけでは物足らず、地域猫にも餌をやり、そこで『地域猫餌やり仲間』と猫談議もするのだ。

夜、食卓にのぼるのは、先にも書いたが、圧倒的に魚が多い。
猫が太らないように1日に与える量をはかって袋に小分けしているというのに、ここで刺身やら焼き魚を与えてしまうので、実家の猫はコロンコロンなのである。

ちなみに以前『黒ちゃん』と題して書いた、母が公園から誘拐してきた地域猫は、今ではしっかり飼い猫になった。
わずか8ヶ月で体重は1,5キロ増え、やぎのミルクを好んで飲み、昔地域猫だった面影はない。
母の恋人である。






さて、いつものように話しは愛鳥ラニ君にかわります。
ラニ君は3歳半を過ぎました。
けれども私にとってはいつまでも赤ちゃんです。
『ラニ赤ちゃん』と呼んだりしています。
それを聞いた夫(ネパール人)は、いつもこう言います。
「ラニ君は赤ちゃんではありません。卵を産むのだから、オトナです。もう3歳過ぎたからオバサンです。」

先日、いつものようにホルモン注射をしに、かかりつけの獣医さんの所に行きました。
先生はラニ君を見ると、おもむろに
「このヒトは床を歩きますか?」
まさにこの日、私が先生に相談したいと思っていたことを仰りました。

近頃のラニ君はカーペットの上をトコトコ歩き、歩く我々人間の足にまとわりつき、踏みつけやしないかと私は心配しておりました。
「そうなんです。床を歩いて、危なっかしいんです。」
私が言うと、
「このヒトの前に来たヒトなんですけどね。文鳥なのですが、やっぱり床を歩いていて、誤って踏んじゃったんですよ。幸い一命はとりとめましたが、来た時は顔が真っ青でした。床を歩くということは、人間を警戒していない、ということなんです。まあ、いいことなんですけどね。」
「この子も床を歩いたり、トイレにまでついてくるんです。」
心配しつつも、ラニ君のなつきぶりをやや自慢すると、
「あー、それも気をつけないといけませんね。トイレについてきて、それに気がつかないでドアを閉めた時に挟まったり。あと、トイレに落ちて、そのまま流すなんてことも・・・。」
「やっぱり、人間のミスで死なせてしまうことも多いのですか?」
「多いです。」
先生はきっぱり仰った。そして
「そうなると・・・トラウマになりますから。鳥は猫みたいに鈴をつけるわけにはいきませんから、気をつけるしかないですね。」


帰宅すると、先生の話を早速夫に、口がすっぱくなるほど言いました。
「そんな事はわかっています。ワタシはバカではありません。気をつけています。」
夫は毎度同じことを台詞のように言うのですが、気が気でない私です。


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トウモロコシをジッと見るラニ君


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ガブッ!
トウモロコシはラニ君の大好物です。








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黒ちゃん  11/03/2015  
実家では30年以上猫の絶えない生活を送っている。
猫の寿命は人間より短いから、30年の間には入れ替わりがある。
一番多い時で4匹いる時もあり、ここ数年については過去のブログにも書いたが3匹の猫のうち2匹が旅立ち、今は雌猫1匹である。
「自分の年齢を考えるとこれが最後の猫」
母もこれ以上猫は増やさないと言った。

雌猫の名前はメリ子。
メリ子は黒と茶色がごちゃごちゃしている毛色で、おとなしく、甘噛みを甘えの表現とする、可愛い猫である。
数年前に亡くなった茶トラホワイトはいつも母の膝の上にいるような猫だったのだが、メリ子は抱かれることを好まない。
自分から甘えたい時や暖を取りたい時に膝に乗ることはあっても飼い主に無理やり抱かれることは嫌い、母にとってメリ子は物足りない猫であった。


「可愛い白黒の猫がいるのよ」
母がこう言ったのは昨年の12月だったか今年の1月だったかは忘れたが、まだ寒くダウンジャケットを着こんでいる時期だった。
民家の隣の空き地に白黒の猫がいついており、母曰く人懐っこくて膝に乗る。
それから母はちょくちょくその空き地に白黒の猫を見に行くようになった。
ポケットに猫餌をしのばせてである。

白黒猫が足を怪我しびっこを引いていた時があった。
「大丈夫かなー。他の猫にやられたのか、車にひかれたわけじゃないよね。あの辺も危ないから。」
母はたいそう心配していた。

その後白黒猫は空き地から徒歩2分程の公園に自ら居場所を移した。
公園には何匹もの猫がおり、猫好きな人達が餌を持って来る。
「あっちに行けば飢えずにすむ」
と思ったかどうかはわからないが、白黒猫は生きやすい場所を見つけたのだ。
またそこにいる猫達はみな去勢、避妊をされており、地域猫となっていたのだが、これは猫好きの言い分であり、猫の嫌いな人は地域猫など認めない。
あくまでも野良猫であり、「野良猫に餌をやるな」と文句、と言ったら怒られてしまいそうだが、お小言を言われる。
その為、猫好きは大急ぎで餌をやり、猫達が餌を食べるのを見届けたら器を洗い、そそくさと帰って行く。

話はそれたが、公園に居を移した白黒猫も猫好きさんにより『黒ちゃん』という名前をもらい、去勢され、地域猫の証として片耳を切られ、元々人懐っこい性格が幸いして、愛猫家達に好かれ、黒ちゃんファンもいるくらいになった。
そして我が母の黒ちゃん好きにも拍車がかかった。
いつの頃から毎日、昼と夜に公園に通うになり、まるで恋人に会いに行くかのようになった。
ついでに愛猫家さん達とも仲良くなり、黒ちゃんに餌をやり、そこで何十分もお喋りをしてから帰宅する、というのが日課となった。


ある日の土砂降りの日のこと。
雨の日は愛猫家の人達の足も公園から遠のく。
雨ということもあるが、猫達も雨を凌いで姿を見せないからだ。

「どうしているのかな?お腹すているのだろうな?」
我が母は心配になり、雨だというのに公園に行った。
案の定愛猫家さんは誰もいず、いつもなら沢山いる猫もいなかったのだが、黒ちゃんだけがびしょ濡れになりながらどこからともなく出てきてニャーンとすり寄って来た。
ガツガツと母が持って来た餌を食べ、食べ終わったら母の懐の中に座り込み離れない。
我が母は黒ちゃんを払いのけて帰宅することができなくなり、なんと、黒ちゃんを抱き、我が家に連れてきてしまった。
みんなの黒ちゃんを自分だけの黒ちゃんにしてしまったのである。

連れてきてしまったものは仕方ないのだが、問題は先住猫メリ子との相性と父の顔色である。
我が家の場合、父が絶対権限を持っており、父の許可及び好かれないとよい猫人生は送れない。
そしてこの父に好かれるか否かが難しい。

メリ子と黒ちゃんは近寄ると互いに顔をすむけながらウーウーと低く唸り、唸った後はあたかも居ない存在としてそっぽを向いている。
両方とも喧嘩は弱く、相性はあまりよくないとみた。
肝心の父はというと、黒ちゃんに餌をあげたところを見ると御眼鏡に叶ったようだ。


それから数日後、黒ちゃんを病院に連れていき健康診断をした。、
そこで発覚したのが猫エイズ。
過去に飼っていた猫にも猫エイズの子がいたのでさして驚きはしなかったが、猫エイズの猫の口は臭い。
治療の必要は今のところなく、餌や水でメリ子に感染することはないそうだ。
年は恐らく3~4歳だろうとのこと。
ともあれ元野良の健康診断1万2千円也。

そして黒ちゃんにはグリーンのベルト(首輪)がつけられた。
なんという題名だったか誰が書いた本だったか忘れたが、昔、猫の気持ちになって書かれた本を読んだことがある。
ベルトの威力は強く、よき飼い主に恵まれベルトをつけられれば猫人生安泰といったことが書かれており、黒ちゃんは飼い猫に昇格したのだった。

我が家では庭に猫用の囲いをつけてあり、家の中と庭だけを出入りできるようになっている。
メリ子は餌を食べ終えたあとなどは決まって庭に出ていくのだが、黒ちゃんはつい最近まで野良だったせいか、というより元飼い猫が捨てられ野良になったと思われる。
天国から地獄へ落され、地獄から天国に舞い戻った、まことにラッキーな猫であり、このラッキーな黒い子は外より家の中が好きらしく、滅多に庭には出ない。
元飼い猫だった証は他にもあり、トイレを教えていないのに家の中の猫用トイレできちんと用を足し、まあ、手のかからない猫ではある。

母は公園に行き、いつも地域猫さんに餌やりをしている愛猫家さん達に黒ちゃんを飼うことにしたこと、また先住猫との相性がどうやら悪そうだという悩みの種を伝えた。
「メリ子ちゃんと合わないのならまたここに戻せばいいですよ。ここにいれば餌はちゃんと貰えるんですから。」
と慰められ、ホッとして帰宅したところを
「そんな無責任なことをしたらダメだよ。また地獄に突き落とすの!そんなことするくらいなら土砂降りでも心を鬼にして連れて来なければよかったし、そもそも餌をあげちゃダメなんだよ。ベルトをつけたんだから、メリ子と相性が悪くても、うまく飼えるように考えないとね。」
私の一喝で母はまたシュンとなり
「そうだよね。もう地獄には落とせないよね。私も黒ちゃんがいる間は・・・長生きしないとね。」


黒ちゃんが家族になってから1ヶ月ちょっとたち、決定的な事が起こった。
それまで恐らく我慢していたのだろう。
おとなしいメリ子が猛反撃にでたのだ。
庭で取っ組み合いの喧嘩をしたのだ。
飼い主としては噛みつかれてメリ子に猫エイズが感染することを案じていたのだが、勝者はメリ子であった。
黒ちゃんの鼻に大きなひっかき傷ができていた。
そして初めて喧嘩をしたメリ子は喧嘩をしたことに恐れをなし、勝ったというのにブルブル震えている始末。
黒はというと、いつもメリ子がいる母の部屋には一歩も入って来なくなった。
「あんた、後から来たくせに生意気よ。あそこは私の部屋なのよ。あの部屋には絶対に入らないで。入っちゃダメよ!」
と猫語で言ったのだろうか。

これからどうなることやら・・・。
母の悩みの種が増えたことだけは確かである。


さて、私の可愛い可愛いラニ君(セキセイインコ)は、相変わらず産卵防止の為に週2ペースで病院にかかっている。
1ヶ月に1万円弱かかるインコさんで、もはやただのセキセイインコではないのである。

かかりつけの先生は良心的で、週2ペースを週3ペースに変えようとと何度か試みてくれたのだが、当のラニ君がそれを許さない。
3週間後に予約を入れた時に限って2週目で発情し、慌てて先生にメールを送り、病院にかかる羽目になる。
以前はラニ君を病院に連れていく為に仮病を使って会社を休んだことも時々あったが、
「先生、転職して2カ月なので仮病使って休むわけにも今はいかないので・・・。だからといって月曜に発情したら土曜までの間に産んでしまう可能性もあるわけで、会社に行っている間も気が気でないんです。」
と言ったら、先生は「仮病」にフフッと笑い、
「じゃあ、2週に一度、きっちり打ちましょう。今まで注射を打ったことは何千回もありますが、打たなくて後悔したことはあっても打って後悔したことはありません。」
先生はきっぱりと仰り、そう言われると飼い主としては安心する。

「先生、話は変わりますが・・・、ヒーターなのですが・・・、この頃寒いじゃないですか。ちょっと早いかなーとは思ったのですが、自分が寒いものだからこの子にもヒーターをつけはじめまして、家族がみんなして言うんですよ。『過保護すぎるから卵産むんじゃないの。セキセイは強くて外で飼っている人もいるんだから。常夏のラニじゃん!』と。ヒーターはまだ早いですかね?」
「普通のヒト(先生はヒトと仰る)ならいいのですが、私はずーっとこのヒトを見てきて、このヒトは体も強いし、ストレスに関しては並外れて強いですよ。ヒーターはつけなくても大丈夫だと思いますし、今年は試してみたいですね。」

こうして今年はヒーターをつけずにラニ君に頑張ってもらおうと思ったのだが、早くも挫折。
「ラニ君が寒いと言っているからつけました。」
夫(ネパール人)がヒーターをつけ、夜にいたっては毛布でくるまれている。
してはならぬとわかっちゃいるけど、過保護が止まらない。

IMG_20150321_101225.jpg
野良猫時代の黒ちゃん

IMG_20151023_220242.jpg
水浴び、いやお湯浴び中のラニ君。
寒いので、ぬるーいお湯で水浴びをさせたらお気に召し、以来冬場はお湯浴びです。


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