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夫からの贈り物  11/06/2018  
ブログの更新が滞ることは、私の場合よくあることなのだが、ここのところ忙しくて、書く時間がなかった。
で、何が忙しかったかというと、それは10月19日のこと。

夫(ネパール人)が大事そうに小箱を抱え、ニヤニヤと笑みを浮かべて帰宅した。
「何、笑っているの?」
と言うと
「早く、早く。見て、見て。アナタにプレゼント。」
早く小箱を開けろというので、開けたらビックリ
インコが入っているではないか。
しかも9月6日に天国に旅立ったラニ君そっくりの黄色のハルクインだ。
「ど、どうしたの、この子?」
と聞くと
「買いました。」
「か、買ったって、どこで!」
「○○の店で買いました。」
○○というのは隣駅で、隣駅には小綺麗なペットショップがあり、私達がよく覗く店でもある。

以前、『ペット遍歴』に書いたが、幼い頃から鶏、シャモ、うさぎ、文鳥、雀、金魚、猫と、ペットがいるのが当たり前のような家で私は育ち、そのペットの中には幼い頃の私がだだをこねて、買ってもらった子もいたが、15歳の時、猫を飼うようになってからは自然と我が家に来た子ばかりで、これを我が家では『運命的出会い』と呼んでいるのだが、つまり久しく「買った子」はいず、命をお金で買うということに、なんとなく私は抵抗があった。
「どうして買ったの?」
夫に聞くと
「ワタシ、近づいたら、この子がすぐ来て、『たすけてー、たすけてー、ここから出してー』って、言うたんです。」
夫は「言う」のことを「言うた」と言う。
「本当に言ったの?」
「言うた、言うた。ワタシ、動物の言葉、少しわかります。『たすけてー』て言うたんだよ。だからワタシ、助けました。」

お金を払うことに抵抗があるとはいえ、もう来てしまったわけで、返すわけにもいかなければ返すのも可哀想だし、それ以上に、目の前にいる黄色のインコはまだ子供で、しかも今は亡きラニ君そっくりで、可愛いことこの上ない。
「名前も、ワタシ、決めました。」
「なんて名前なの?」
「ルビーです。ネパールでは王様も女王様もルビーのジュエリーつけます。ルビーはジュエリーの中でも一番いいジュエリーです。それにラニ君と同じRからはじまるし、男の子でも女の子でも大丈夫な名前です。アナタ、『君』つけるの好きだから、本当の名前はルビーで、ニックネームはルビ君です。」

私は宝石の類に全く興味がないので、ネットでググってみたら、宝石の王はダイヤモンド、女王はルビーで、困難を打破して、勝利へと導くパワーがあり、富と権力をもたらし、財産や名誉も奪われることなく、平和な生涯を送ることができるとされたことから、王や権力者たちが好んでつけた石でもあるなどなど、夫の言うことはあながち嘘でもなさそうなのである。
夫の提案通り、名前はルビー、呼び名はルビ君になった。

ルビ君のことを更に夫に聞くと、ルビ君が「たすけてー、たすけてー」と言ったのは10月19日ではなく、実は9月だったのである。
ラニ君が亡くなって10日位たった頃、夫は仕事帰りに隣駅の店に立ち寄り、その時に「たすけてー」とルビ君が寄ってきたそうだ。
しかしその頃のルビ君はまだ赤ちゃん。
さし餌を食べており、共働きの我々に面倒はみられない。
店員さんに相談し、予約をし、一人餌になったら引き渡しとなり、ルビ君がひとりで餌を食べられるようになったのが10月19日だったわけだ。
ラニ君が亡くなって、私は淋しくて淋しくてしょうがなかったのだが、夫もまた淋しかったのだろう。

それにしても1ヵ月以上沈黙し続けた夫には驚きである。
「オンナの人は口に鍵、ないけど、オトコの人は口に鍵、ありますから。大事、コト、オトコの人、ペラペラ、話しません。」
夫はよくこう言うが、夫の鍵はかなりかたいとわかったのだった。

夫がペットショップからもらってきた紙によるとルビ君は8月生まれ、体重35g、雄か雌かはまだ不明、冬は保温が必要、年2回健康診断を受けた方がよく、また体重が減るようなら連絡を下さいとのこと。

ペットショップでは恐らく小さなケージにいたと思われるルビ君を、ラニ君が約6年過ごした大きなケージに入れた。
ラニ君の時は、大きなケージをすごく気に入り、喜んでくれたことをよく覚えている。
水入れも餌入れも教えることもなく、ラニ君は自分ですぐに覚えた。
ところがルビ君は、一番高い所にある止まり木に飛び乗るところまではよかったのだが、そこで固まってしまった。
怖くて下に降りることができないのだ。
従って、元々ケージに備えついてる水入れにも餌入れにも近づくことができない。

以前からよく書いてはいるが、我が家から歩いて2分の所に大きな店があり、そこに行けばなんでも揃う。
余談だが、小鳥屋も入っている。
私はケージに引っ掛けるタイプの餌入れと水入れを買い、『かじりん棒』という木でできた、止まり木風の物を2つ、そして夫がペットショップからもらってきた紙に保温と書いてあったので、ラニ君が使っていた20Wの電球ヒーターは家にあるのだが、奮発して40Wの電球ヒーターを購入した。
『かじりん棒』は本来は小鳥が齧ってストレスを解消するものなのだが、ラニ君はよくそこに止まっており、ルビ君においては、おやつのあわ穂を置く為である。
なにしろケージの下に降りることができないので、餌も水もおやつも、全てルビ君が行動できる上に置かなくてはならない、と私は考えたのだ。

ラニ君の『ラニ』はネパール語で女王様であり、手乗りではあったが、その名の通り気位の高いインコさんだった。
羽には絶対に触らせず、とはいえ私が教えるようなこともなく、なんでも自分で覚えた。
しかしルビ君は同じ黄色のインコでもラニ君とは性格が全然違う。
手乗りだし、羽は触りたい放題、そして性格は甘えん坊の赤ちゃんだ。
餌も水も行動できる上に全部置いたというのに、水は自分で飲むのだが、餌は私が口に持っていってあげないと食べない。
おやつのあわ穂は大好きなようなのだが、これも口にもっていってあげないとなかなか食べず、あわ穂の上に乗って遊んでいる始末。
我が家に来て3日目で体重が1g減ってしまったので、私は慌ててペットショップに電話をした。
「環境が変わったからかもしれませんね。お店ではひとりでちゃんと食べていたんですけどね。でも、手から食べるんですよね。それなら手からあげて、様子を見て下さい。」
と、ペットショップの飼育員さん。
「そうなんですけど・・・、共働きなんです。仕事に行っている昼間が心配なんです。」
「そうですか・・・。あわ穂は食べませんか?」
「食べるんですけど、手からなんです。」
「そうですか・・・。じゃあ、お家にいらっしゃる朝と夜、手から餌をあげてみて下さい。また何かあったらご連絡下さい。」

というわけで、私はいつもより30分早く起きて、手からルビ君に餌をやり、仕事が終わったら小走りで家に帰り、1時間近くかけてルビ君に餌を食べさせる。
35gあった体重は、餌をあげる前は33g、手から餌をあげた後は34gになり、1週間後、私はペットショップに相談に行った。
「夫なんですけど、1週間前にこちらで購入した黄色のインコで、お電話でも相談させて頂いた者ですが。」
と言うと
「あー、黄色のハルクインちゃんですね。」
「はい。手から餌をあげた後は自分で餌箱の餌を食べるんですが、なかなか食べてくれなくて・・・。」
「ハルクインちゃんは、ここにいる時から甘えん坊でしたから。ここにいる時は36、7gありました。」
「えそんなに太っていたんですか・・・。」

スマホに入っているルビ君のケージの写真を見せると
「立派なお家を用意して下さったんですね。昼間は一人で淋しいのかもしれませんね。それと、餌入れが少し深いかもしれません。」
「昼間はラジオをかけておくとか、鳥の声を流すとか・・・、あっ、鳥の子はダメかもしれません。」
「どうしてですか?ハルクインちゃん、何度か他の鳥さん達と遊ばせようと試みたのですが、他の子のことは大嫌いで、とにかく人間が大好きだったんですよ。」
飼育員さんおすすめの栄養科の高い、大抵の子が好きな餌、透明の浅い餌入れ、鏡付きの木製の止まり木を購入し帰宅した。
餌入れと止まり木にはすぐに慣れたが、肝心の餌は、大抵の子は好きらしいのだが、ルビ君は自らがっついて食べることはなく、依然手からあげると食べ、その後やっと自分から食べるのである。

「そうだ、ラジオだ!昼間、ラジオをつけるんだっけ。」
何十年も前に買ったCDラジカセに久しぶりに電源を入れてみたら、壊れていた。
「仕方ない。また行くか。」
行ったのは歩いて2分の行きつけの大型量販店。
そこで4千円のCDラジカセを購入。

そして先週土曜、長年ラニ君がお世話になった、家から自転車で約25分の所にある獣医さんに行ってきた。
放鳥している時、ルビ君が羽繕いばかりしており
「痒そうだね。虫、いるんじゃないですか?健康診断、行くがいいです。」
と夫が言うからだ。

「先生、またお世話になります。」
と言うと
「あー、あのヒトによく似てますね。ちょっとグリーンが少ないですが、似てますね。」
と先生。
あのヒトとはラニ君のことだ。
「先生、今日はご相談したことが沢山あって、聞くことを忘れないようにノートに書いてきました。」
「そうですか。まずは診ましょう。」
そのう検査、フンの検査等、検査をし、体重は33g。
「メガバクテリアがいますね。でもこれは心配しなくても大丈夫です。大抵のヒトにいますから。薬を出します。他は問題ありません。あのヒトは弱かったですが、このヒトはがっちりしています。もしかしたら雄かもしれませんね。間違っていたらごめんなさい。鼻の穴が雄の鼻の穴なんですよ。」
「先生、ペットショップにいた時は35g、多い時は36、7gあったらしいのですが、うちに来たら痩せてしまって。」
「雛の時の方が重いものなんです。何も心配いりません。むしろ食べ過ぎて太る方が問題なんです。」

ペットショップの時と同じように、先生にルビ君のケージの写真を見てもらう。
「これはいけませんね。おやつのあわ穂は取って下さい。あわ穂はあくまでもおやつです。あわ穂ばかりあげているとおやつしか食べない子になってしまいます。あわ穂は自分でケージに入ったとか、ご褒美として少しだけあげるようにして下さい。」
「先生、餌はどうしたらいいのでしょうか?ペットショップで勧められた栄養科の高い餌を今、あげているのですが、なかなか食べてくれないんです。」
「30g以上あれば心配いりません。それよりも、餌はできればペレットにかえた方がいいです。かえるのであれば今です。」
「ペレットですか・・・。ラニの時も挑戦したことがあるのですが、ペレットってまずいんですよね?」
「そうですね。だからすぐには食べません。人間が食べているふりをして、少しづつあげるんです。」
「この子、ケージの下が怖いらしく、下に降りれないんです。だから備え付けの餌入れや水入れに近づけないんです。」
「餌は分散して置けばいいと思いますよ。このヒト達の目はすごくいいんです。上から見ていて、餌があるということは、絶対にわかっているから心配しなくても大丈夫です。個人的には餌入れは小さい方がいいと思います。大きいとどうしても餌を入れ過ぎてしまい、肥満になってしまいますから。」
「先生、ペットショップで保温した方がいいと言われたので、今、40Wの電球ヒーターを入れていて、ビニールをかけているのですが。」
「うーん、まだ子供ですから、今年はヒーターを入れて下さい。でも、来年からはヒーターを入れないで下さい。冬は寒いものだとわからせるのです。このヒト達はすぐに順応するから大丈夫です。ヒーターは病気の時だけです。」
「先生、ラニの時に与えていた、こちらでもらったカルシウムがまだ残っているのですが、あれはあげた方がいいのでしょうか?」
「ペレットを食べるようになったらペレットに全部入っているので必要ありません。ペレットを食べれば病気になりにくい体になりますから、ここはこのヒトの為、心を鬼にして頑張って下さい。」
ペットショップで言われたことと先生が言うことは正反対なのであった。

「このヒトで一番気をつけることは人による事故です。あのヒトは察知して逃げれるヒトでしたけど、このヒトは人間にベッタリで、自分のことを人間だと思っています。肩に乗っていることを忘れて火を使っている台所に行ってしまったり、ドアの開け閉めの時に挟まってしまったり、トイレに落ちたり、そういうことが一番心配なので、気をつけて下さい。」
最後に先生はこう仰られた。

検査代、メガバクテリア用の薬、その他ネクトン(水に入れるビタミンC)、ペレットを購入し1万円ちょっと。
またもや私の溺愛生活が始まった。
夫が言うには、ルビ君が来てから私の顔が明るくなったらしく、私も私の全愛情を注いで育てるつもりだ。
でも決してラニ君のことを忘れたわけではない。
なんといっても、インコの素晴らしさを教えてくれたのはラニ君である。
「ラニ君、今、ルビ君という赤ちゃんがうちに来たよ。よろしくね。」
ラニ君の写真に向かって、報告した私である。

rubi1.jpeg
夫がはじめて会い、「たすけてー、たすけてー」と言ったルビ君。
まだ赤ちゃんでした。
夫からこの写真を見せられたのは10月19日でした。


rubi2.jpeg
今のルビ君。
成長しました。
ハートマークや青い模様はありませんが、ラニ君そっくりです。

























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手紙  09/28/2018  
ラニ君が逝ってから3週間がたちました。
拍手、温かなコメントありがとうございます。
この場をかりてお礼申し上げます。
今日はラニ君へあてた手紙です。

----------------
大好きな、大好きなラニ君へ

ラニ君、貴女(あなた)は今、どこにいるのかな?
パパ(ネパール人夫)がよく話す、白い道と黒い道のお話、貴女は知っているよね?
パパの民族の話らしいのだけど、死んだら、まーっくらな所にまずたどり着き、白い道と黒い道が見えるんだって。
白い道には大きくてこわーい犬やライオンが待ち構えていて、ガウッーと唸っていて、なかなか先に進めないんだって。
黒い道はというと、すごーく暗いのだけど、とーっても心地よくて、すいすい進めるんだって。
みんな、まず、白い道に行くのだけど、大きな犬やライオンが怖くて、中には引き返して、黒い道へ行ってしまう人もいて、でも、怖い犬やライオンを乗り越えると、白い道の先には花が沢山ある素晴らしい世界が広がっているんだって。
すいすい行ける黒い道の先にはこわーい人が沢山いて、過酷な労働が待っているんだって。
日本で言ったら、天国と地獄の話だね。
「これはワタシの民族の話です。」
とパパは言っていたけど、ママ(私)はパパの作り話なんじゃないかと思っているよ。
でも、この話が本当なら、賢くて、素晴らしい羽を持っている貴女は、きっと白い道へ行ったとママは信じているよ。

貴女が亡くなった週の日曜日、パパとママは、パパとママの行きつけの、歩いて2分の所にある大きな店に行って、スマホに沢山入っている貴女の写真をプリントして、その中の何枚かを写真立てに入れて、部屋に飾ったよ。
もしかしたら、貴女は、たかーい所から見ているかもしれないけど、
「ラニ君、おはよう。」「ラニ君、ママ、仕事に行くね。」「ラニ君、ただいま。ママ、帰ったよ。」
貴女はもういないけど、ママは毎日貴女の写真に向かって話しかけているよ。

だからなのかな?
ママのママ、貴女から見たらおばあちゃんだけど、おばあちゃんの家にいる猫のメメタンを呼ぶ時、間違って「ラニ君」と言っちゃったよ。
それにこんな事もあったよ。
貴女はよく知っていると思うけど、ママはお腹が一杯になるとテレビをつけたままよくうたた寝をするよね。
うたた寝しながら
「あのね。」
と言って、
「何?」
布団の上で寝転がりながらゲームをしていたパパが返事をしたら
「魚入りの餌、ラニ君にあげなくちゃ。」
と、ママは言ったらしいの。
「この女、寝てる。」
パパは確信して
「起きて、起きて。寝るなら布団で寝て。」
パパに叩き起こされたよ。

寝言はこれだけじゃないの。
昨日もやっぱりお腹が一杯になったら眠くなっちゃって、つけていたテレビ番組もつまらなかったからうたた寝しちゃったんだよ。
「ここで寝ちゃダメ。」
と言うパパに
「今、忙しんの。」
「何が忙しいの?」
「保険に入るんだよ。」
「保険?誰の?」
「ラニ君のだよ。ラニ君、保険に入るんだよ。」
「なんでラニ君、保険に入るの?」
「インコはみんな保険に入るんだよ!」
ここで、ママもハッと目が覚め、自分で寝言を言っていたことに気づいたんだ。
いや、会話をしていたのだから寝ぼけていたのと寝言のミックスだね。
それにしても、寝言って不思議だよね。
魚入りのインコの餌なんてないし、なんでラニ君が保険なのだろうね?

パパとママは二人共オジサンとオバサンだけど、二人共すごーく幼稚なところがあることを、貴女は知っているよね。
「神様が一つだけ願い事を叶えてあげると言ったら、何、お願いする?」
パパとママはよくこんな会話をするのを、貴女は聞いていたよね。
「ロト6に当たりたい。1億当たりたい。10億でもいい。」
パパの答えはいつもこれ。
よく言えばパパは軸がぶれないんだよ。
ママは「宝くじに当たりたい。」と言ってみたり、貴女とパパがすごーく仲良くしているのを見た時は、
「ラニ君の愛情が欲しい。」
と言ったりしたよね。
今のママの願いは、
「もう一度だけでいい、もう一度だけでいいから、ラニ君に会いたい。」
絶対に叶うことはないのだけど、ママはもう一度貴女に会いたい、すごく会いたいよ。

ラニ君、人間界には『ペットロス』という言葉があってね、3週間たって、貴女がいない生活にだんだん慣れてはきたけれど、ママは少しだけ『ペットロス』みたい。
でもメソメソ泣いたりはしていないし、仕事にも行っているし、それにブログを書く気にもなった。
だから心配しないでね。

r11
パパとママは、ラニ君のこのお顔を見て、
「髭ラニ」
と、よくからかったよね。
このお顔も大好きだったよ。


r13
ラニ君、貴女はこの器で食べるのが好きだったね。
今でも夕食時になると
「ラニ君にあげる物、何かある?」
とパパは言うよ。
パパは貴女の器に貴女の好物を入れて、貴女の写真の前に置くんだよ。
毎日、新鮮な物でないといけないと言うの。
だから、ママは、毎日、貴女が好きだったトウモロコシやリンゴやスイカを買っています。
























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お別れ  09/07/2018  
取るに足らないことしか書いていないこのブログにいつもご訪問下さる方、ありがとうございます。
今日はご報告です。

9月6日23時40分、愛鳥ラニ君が天国へ旅立ちました


4日に入院をさせた私ですが、ラニ君のことが気になってしょうがなく、5日、仕事の合間に病院へ電話をしたところ
「非常によくないです。このヒトは神経質らしく、全然餌を食べません。体重も27グラムまで落ちています。」
と先生。
それを聞いたら、仕事はしましたが、いてもたってもいられず、仕事帰りに病院へ直行しました。

病院へ着くと、診察室に通され、病院のケージに入ったラニ君が連れて来られました。
私を見ると一目散に私の方に寄って来て
「早くここから出して。」
と言わんばかりに何度もジャンプをしました。
今にして思えば、最後の力を振り絞ったジャンプだったのでしょう。
健気な姿に胸が一杯になり
「先生、このまま連れて帰ります。」
「そうですね。このヒトは飼い主さんと一緒じゃないとダメなのでしょう。ここにいるより飼い主さんの所にいた方がいいでしょう。」

そして、昨日の6日、仕事を休むわけにはいかなかったので、ラニ君の様子見と通院を徒歩7分の所に住む母に託しました。
『ラニ君、餌とおやつ食べてるよ』
昼間の母のメールはこうだったのですが、
仕事を終え、帰りの電車の中でメールチェックをしたら
『ラニ君、体重また減って23グラム。今日明日が山みたい。ハチミツをうーんと薄めた水を嘴につけてあげて下さいと先生が言ってたよ。ハチミツは買ってあるから。』
急いで家に帰りました。

帰宅すると、先に帰宅していた夫(ネパール人)が
「ラニ君、もう力がないよ。」
ラニ君は起毛の毛布の上でベッタリと腰を落としていました。
夫が帰宅した時はケージの中に吊るしてあるブランコに乗っていたようですが、ケージから出した途端力がなくなったようでした。
大好きだった、我が家でラニ君の為に栽培しているあわ穂をあげると、少しついばみました。
しかし口は開いたままで、喉を通っていかず、あわ穂の粒は下に落ちるだけ。
食べたいという欲はあるのですが、体がついていかないのです。

私も夫も朝が早いので、10時には就寝します。
とはいえ、この時点で私は仕事は休むと決めていたのですが、2人でラニ君をどこに寝かせるか悩み、やはりいつも寝慣れているケージがよかろうと、夫がケージの中に毛布を敷きました。
しかし毛布の上はラニ君が落ち着かないようで、その昔買ったお椀型の藁で出来た巣を入れてみたのですが、安定の悪い巣からラニ君は落ちてしまい、自力で這い上がることができません。
止まり木に止まりたそうにしていたので、位置の調節のできる止まり木を一番低くし、その上にラニ君を乗せ、真下にタオルを敷きました。

暫く止まり木に止まってたラニ君でしたが、そのうち前後に体が揺れ始め、真下のタオルの上に落ちました。
鳥が死ぬことを「落鳥」と言うようですが、まさにそうです。

タオルの上でラニ君はずーっと横たえていました。
目はつぶり、私が「ラニ君」と呼びかけると小さくなってしまった目を少し開け、またつぶるの繰り返し。

そして、11時40分、タオルの上でラニ君は4回痙攣を起こし、動かなくなりました。
「ラニ君、一緒に沢山遊んだね。ママ、楽しかったよ。今までありがとう。」
私は動かなくなったラニ君を手の平に乗せ、ラニ君に向かって1時間程声をかけ続けました。
この時は涙は出ませんでした。
死んだということがすぐには受け入れられなかったのです。

そんな私に夫は
「アナタがラニ君、殺しました。ラニ君に注射ばかりするから。ラニ君、早死にしました。」
と言うのです。
というのは、ネパールにいる頃、夫はタイソンという名の犬を飼っていたのですが、ウィスキーを飲ませたり、犬にとってよくない物を飲み食いさせていたからだと私は思うのですが、タイソンはわずか8ヵ月で死んだのです。
「アナタがタイソン、殺しました。」
タイソンの話になる度に私が言っていたので、夫の逆襲なのでしょう。

朝、お世話になった先生にメールを送ると、ほどなくして先生から返信が来ました。
『そうでしたか。でも、最後、待っていてくれたのですね。この子は弱い子でした。でも、しっかりと愛情を受けてこられたので、これまで大きな事なく、生きて来られたのだと思います。そういった意味では、とても幸せな子だと思います。とても大切に愛されていましたから。ラニちゃんのご冥福をお祈りします。』
これを読み、初めて、私の目から大粒の涙が溢れました。
死んだラニ君の体をまた手の平に乗せ、
「もっと、もっと、一緒にいたかったよ。ラニ君、注射ばかりさせてごめんね。留守番ばかりでごめんね。ラニ君、辛かったよね。ママ、あと何年後か何十年後かわからないけど、ラニ君の所に行くからね。それまで待っていてね。」

ラニ君は実家の庭に埋葬しました。
実家の庭ではラニ君にあげる為に栽培したあわ穂が大きくなっていました。
箱にラニ君を入れ、ラニ君が大好きだったあわ穂と遊びかけだったカットルボーン(イカの甲)も入れ、ラニ君と同じ色の黄色の花を飾りました。

以前、かかりつけの先生に寿命を聞いたところ
「セキセイインコの寿命は6~8年で、その間をとって7年と私は言っています。」
と仰っていました。
ラニ君が10歳まで生きるとは思っていませんでしたし、いつかはお別れがくると思ってはいましたが、今年の11月で6歳になるラニ君でしたから、あと1、2年は一緒にいられると思っており、心の準備ができないまま逝ってしまったラニ君。
いや、これが1年先でも2年先でも、きっと心の準備なんてできないのでしょうね。

実家から我が家に帰ったら、「ラニ君、ママ、帰ったよ。」と、思わず言ってしまった私。
今までは、仕事に行く前は冷房のランプがついているのを確認し、「ラニ君、よし」と指さし確認し、雨戸を閉める時はラニ君が別の部屋にいることを確認してから、やっぱり「ラニ君、よし」と独り言を言ってから雨戸を閉め、台所で火を使う時はラニ君が台所に来ないように細心の注意をはらっていましたが、もうそんなことをする必要もなく、それがとてつもなく淋しく、悲しい私です。


rani4.jpeg
夫のチェーンで遊ぶラニ君。
この遊びも好きでした。


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ラニ君のお墓。
ラニ君が来て以来、私の一番好きな色は黄色になりました。






















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ラニ君がいない日  09/04/2018  
本来ならば、『夫の実家(五)』となるところなのだが、脱線します。
私にとってかけがえのない存在、目の中に入れても痛くない、愛鳥(セキセイインコ)ラニ君の話になります。

いつもいつも書いていますが、ラニ君は隔週で、月2回病院にかかってます。
産卵防止の為にホルモンを抑える注射をしているからです。
いつから注射をしているのかは、昔の病院のレシートを引っ張り出して調べなくてはならず、それは面倒なのでしませんが、今年の11月で6歳になるラニ君ですから、かれこれ5年、注射を打ち続けています。
注射を打って産卵を止めるというのは人工的なことであり、これがいいのかどうか、実のところ私にはわかりません。
わかるのは、注射を打たないとラニ君は1、2ヵ月おきにポコポコと卵を産んでしまうということです。
そして、飼い主の私は産卵が終わるまで、「卵詰まりにならないだろうか?」と心配ばかりしてしまうのです。

以前は産卵防止の注射をしてもなんともなかったラニ君ですが、最近になって、注射の後に元気がなくなるというか、具合が悪くなるというか、本調子でなくなることが多くなったように思います。
夫(ネパール人)は、
「注射があわないんじゃないか?ラニ君ももうオバサンなのだから注射しなくてもいいんじゃないの?」
と言い、その事を先生に聞いてみたこともあるのですが、産卵に年は関係なく、でも心配ならばということで、ホルモンを抑える注射と点滴をするようになりました。

2週間前、いつものように産卵防止の注射をしました。
その日は病院が混んでおり、
「今日は大変混んでいるので45分は待って頂くことになりそうです。もし先生の診察が必要でなければ合間に先生がいつもの注射をしてお返ししますが。」
と受付の人に言われ、私も待つのは嫌だったのでこれに了承し、注射だけしてもらい、帰宅しました。

したところ、ラニ君の様子が、どこがどうとはわからないのですが、違うのです。
「ラニ君、元気ないね。」
夫と二人でこう言い、暫く様子を見、暫くしたら回復したので、「よかった、よかった」となったのですが、先週の水曜日辺りから、やはり様子がおかしいのです。
頭を後ろにクルンと回し、羽を膨らませて寝てばかりいるのです。
これまでラニ君がこのような姿で寝ることは滅多になく
「ラニ君、寒いのかな?いつものラニ君と違うよね?」
夫に言うと
「そうだね。ラニ君、具合が悪いのかな?」
とはいえ、これに気づいたのは先に書きましたが水曜であり、共働きの私達はラニ君を病院に連れて行くことはできず、土曜まで様子を見ざる負えませんでした。

土曜、やはりラニ君が頭を後ろにして寝ていることが多いので、本来であれば翌日の日曜日が注射の日だったのですが、病院に電話をし、診てもらうことになりました。
「カルシウム不足と発情が考えられますね。ここのところ卵詰まりのヒトが多く、このヒトも発情しているのかもしれません。カルシウム剤と点滴を打ち、あと肝臓や吐き気に効く粉薬を出しますので、それで様子を見て、明日連絡を下さい。」

診察を受けて、これでよくなると安心して帰宅した私ですが、土曜は元気になることはなく、日曜も元気がありません。
食欲はあるのですが、食べている時以外は頭をクルンと後ろに回し、目を閉じているのです。
いつもであれば、ケージに入れてあるカットルボーン(イカの甲)やインコ用のクッキーを破壊して遊ぶというのに、そういうことも一切しないのです。
「食欲はあるようなのですが、寝てばかりいます。いつもと様子が違います。」
日曜朝一番に病院へ電話をしたところ
「今日一日様子を見て、明日また連絡を下さい。」

明日というのは昨日の月曜であり、たまたま私は休みを取っていました。
朝一番に病院へ状態報告の電話をすると
「すぐに来てください。」

これもいつも書いていますが、我が家から病院までは徒歩だと片道40分弱、自転車だと片道20分。
悪天候でない限り自転車の籠にラニ君を乗せて行きます。
途中石畳のガタガタ道があり、ラニ君にとってはさぞ不快なことと思いますが、
「ラニ君、ちょっとだけ、20分だけ我慢して。」
と言い、私は自転車を走らせます。

病院に着き、ラニ君を袋から出すと、ケージの中はラニ君の餌らしき物が沢山散っていました。
吐いたのです。
「先生、来る途中、吐いてしまったらしくて・・・。」
と言うと、
「あー、胃が悪いのでしょうね。また吐くかもしれませんが、吐き気止めとカルシムや肝臓に効く薬を注射します。これで様子を見て、夕方、連絡を下さい。」

夕方まで様子を見たものの、少しは元気になったような気もするものの、依然寝てばかり。
「ずーっと見ていたのですが、相変わらず寝てばかりです。」
6時過ぎに病院に電話をし、また病院へ行くことになりました。
そして再度注射をし、
「これでよくならなかったら入院してもらった方がいいでしょう。入院はしたことありましたっけ?」
「ないです。家の自分のケージ以外で寝たことはないです。」
「環境の変化が気になりますが・・・、明日、また連絡下さい。」
「先生、発情くらいでこんなになってしまうものなんでしょうか?」
「うーん、中には死んでしまうヒトもいるんですよ。」
「えっそうなんですか・・・

明日というのは今日なのですが、本来ならば仕事です。
ですが、病気のラニ君を置いて出かけることができません。
帰って来たら死んでいたらどうしよう、と心配が増すばかり。
病院の受付のお姉さんに
「みなさん、こういう時仕事はどうされているんでしょうか?家族が具合が悪いとか言って休まれるのでしょうかね?」
などと前日くだらない質問をしたところ、顔なじみの受付のお姉さんは、
「みなさん、家族が具合が悪いと言って休まれているみたいですよ。まさかペットとは言えないようでして。」
「そうですよね。ペットも飼っている者にとっては家族なのですが、『えっ!』て言われちゃいますものね。」
などという会話をし
「家族が具合が悪い。」
と言って私は会社を休み、今日も朝一番に病院へ電話をしました。

「昨日の夜、9時から10時の間に2回吐きました。でも食欲はないわけではなさそうで、吐いた後食べていました。今朝の体重は30グラム。フンはあまりしていません。依然首を後ろに回して寝てばかりいます。昨日よりはよくなったような気もするのですが、よくわかりません。」
と言うと
「食べてはいるんですよね?」
「食べてはいます。沢山じゃありませんが。」
「今日はこのまま様子を見て、明日また連絡することはできますか?」
と先生。
「うーん、先生、そうしたいところは山々なのですが、私もそうそう仕事を休めませんし・・・。」
「明日も同じであれば入院させた方がいいと思いますが、どうでしょう?」
「先生、今日診て頂いて、よくなければ入院というのは・・・・」
「それでもいいですよ。まずは来てください。」
「入院となったら、いつも食べている餌とか、持って行った方がいいですか?」
「お願いします。あと、お渡ししている薬も持って来て下さい。」

今日は台風で強い風が吹いていますが、幸い私の住んでいる所は雨は降っていなかったので、
「ラニ君、ごめんね。ちょっとだけ我慢してね。」
とラニ君に声をかけ、自転車で病院へ急ぎました。
病院へ着くと、ケージの中に餌らしき物が少し散らばっていて、また吐いたようでした。

順番はすぐに回ってきました。
病院では、すぐに病院のケースにラニ君は移され、まずは体重を計ります。
「先生、少しですがまた吐いたみたいです。」
「そうですね。今も吐いていますね。口をモグモグさせていますから。気持ちが悪いのでしょう。このままお預かりします。」
「先生、どの位でよくなりますか?」
「胃は長引きますからね。いつとは言えませんが、吐き気が止まったらなるべく早くお返しします。毎日連絡を下さい。」

行きはラニ君が籠に乗っているので注意深く運転していた私ですが、帰りはその必要もなく、自転車がすごく軽く感じられ、それが悲しく、帰宅すると当然ながらラニ君はいません。
空っぽのケージを見ては淋しくなり、部屋の所々に落ちているラニ君の羽やフンを見てはまた淋しくなり、ぽっかり穴が開いたような感じです。

ラニ君が家にいる時は、仕事から帰って来たら、ラニ君が死んでいたらどうしようと心配になり、入院させたらさせたで、
「24時間診てくれるわけではないし・・・。病院で死んだらどうしよう。」
と、またまた心配をする、どうしようもない私です。

今も、ラニ君のいない部屋で、
「これでよかったのだろうか?こんな人工的なことをラニ君は望んでいるのだろうか?」
自問自答ばかりし、
「ラニ君、ひとりで大丈夫かな?」
と、心配ばかりしている私なのですが、私とは逆に、夫は至って楽天的なのです。

「台風、台風、すごい風!」
と言いながら、明るく帰宅したところを
「ラニ赤ちゃん、入院しちゃったよー。」
幽霊みたいな声を出す私に
「大丈夫、大丈夫、ラニ君、元気になって帰って来ます。今日、ラニ赤ちゃん、ひとりで眠れるかな?ハッハッハ。」
と笑うのです。
対照的だからバランスが取れているのでしょうかね?

今はラニ君が1日でも早く元気に退院するのを祈るばかりです。

rani2.jpeg
1カ月前に夫が撮ったラニ君。
この時は病院で蝋膜を剥いてもらい、若返ったラニ君。


rani1.jpeg
これも夫が撮影。
私も夫も気に入っている写真。
親馬鹿ですが、
「ラニ君の羽、綺麗だねー」と言っております。
早く元気になって、退院してほしいものです。




















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夫の実家(四)  07/31/2018  
『夫の実家(三)』のつづきなのだが、(三)を書いたのが昨年の10月で、実に9カ月たってしまった。
ゆっくり少しづつ書き上げていこうと思うが、その前に私の近況を報告します。

前回、ジプレキサなる薬に苦しまされていることを書いた。
ジプレキサはネットで調べると統合失調症に使われる薬のようなのだが、私の場合吐き気止めとして出されていた。
2、5㎎を夜1錠飲んでいたのだが、吐き気がピタリと止まることもなく、いつの頃からか、言葉でも文章でも表現し難いなのだが、頭がクラクラするというか、頭だけが揺れているというか、頭に不快な症状が出るようになった。
このクラクラは眩暈だと後に病院で知る。

主治医に相談し、減薬することになった。
1錠を包丁で半分に切り、大凡1、25㎎を飲むことになった。
1年以上服用していたので、減薬すると離脱症状がでた。
私の場合は吐き気と食欲不振だったのだが、この離脱症状は1週間弱で自然とおさまった。
全くなくなったわけではないが、頭のクラクラはかなり軽減され、ジプレキサの副作用だったと思われる。

頭のクラクラが軽減されたのは喜ばしいことなのだが、別の悩みも出てきた。
1錠飲んでいた時はぐっすり眠れていたのだが、半分にしたら寝つきが悪くなった。
床について30分以上眠れない時はデパスを飲む。
というのは、睡眠不足だと翌日胃がムカムカするからだ。
どうしてこんな体になってしまったのかと嘆きたくなるのだが、なってしまったものは仕方ない。
一時期よりはだいぶよくなったので、良しとしなければならない。

そして、もう一つ、転職をすることになった。
明日(8月1日)から新たな職場である。
今年初めの1月に転職したばかりだというのに、半年しか勤めていず、こんなにも早く仕事を辞めるのは初めてである。

入社前は長く勤めるつもりであった。
募集に「定年なし、シニア活躍、簡単な仕事」と長く勤められそうな事が書いてあったので、
「ここなら長く働けそう。」
と思ったのである。
ところが、入ってみないとわからないものだ。
確かに私より年が上と思しき人は沢山いたが、長く勤めている人がいない。
そもそもその会社ができたのが5、6年前、私が勤めた支社ができたのが3年位前で、だからといって設立当初からいる人もはいず、1年勤めている人が「長い人」なのである。

そしてその理由は仕事をしてみて、また数ヵ月働いてみてわかった。
まあ、簡単に言えばブラック企業に極めて近い会社であり、毎月数名入社するのだが、それを上回る人が毎月辞めて行く。
私のようなオバサン達は「使い捨てのコマ」なのであった。
「こんな所は長居するもんじゃない、さっさと辞めなくては。」
と思った私は毎日求人ばかり見てしまい、だからブログの更新が滞っていました。

本題の『夫の実家』である。
前回、といってもかなり前なのだが、夫の実家はネパールの首都カトマンズからバスで8時間、徒歩6時間。
村人は1日で着くそうなのだが、私は2泊3日もかかってしまい、着いたそこは、電気もガスも通ってなく、水はどこかにはあるのだが、どこにあるのかわからないような、日本でならさしずめ「秘境」と紹介されてしまうような所だったのである。
(ご興味のある方は、カテゴリー「ネパール」をご覧下さい。)

ひとつ書き忘れていたことがある。
ネパールは乾季と雨季があり、6月から9月は雨期であり、日本で言えば梅雨のようなものなのだが、雨の降り方が違う。
ダーっとスコールのように降ったかと思うとカラっと晴れ、だんだんとスコールのような雨が増えるとガイドブック等には書いてあり、確かにそうなのだが、日本の梅雨のように一日中しとしと降っている日もある。
夫の実家に行ったのは、雨季の前、暑くもなければ寒くもない、5月だったと記憶している。

夕食が終わり、就寝時間になった。
夫の実家には、夫の両親、夫の妹と弟、夫の姉の子供二人の計6人暮らし。
ちなみに夫の姉の子供、即ち夫の姪と甥は、姪が10歳位、甥は5歳位であった。
で、見たところベッドは6台。
夫と私が来たから定員オーバーである。
「私の寝場所はあるのか?」
というのが私の心配事であったが、取り越し苦労であった。
甥は父親と、姪は母親と寝、私と夫にベッドをあけてくれたのだった。

そのベッドは寝返りこそかろうじてうてるが、日本のシングルベッドよりもずっと幅の狭いもので、ベッドといっても木で作った台の上に布団が敷いているだけのもの。
シーツは洗濯されているのかいないのかはわからなかったが、かなり使いこんだシーツであり、掛布団もシーツ同様、かなり使い込んだものだった。

村の朝は早い。
日の出と共に家長である夫の父が起床し、
「朝だぞ。起きる時間だ。みんな起きろ。」
ネパール語も彼らの民族語もわからない私だが、恐らくこのような言葉を発しながら、缶を叩き、皆が起床する。
起床すると、母と夫の妹がお茶を作る。
本来は紅茶にバターを入れたバター茶を作るらしいのだが、私がバター茶を飲めないので、甘いミルクティーを作ってくれ、貴重な砂糖を使わせてしまったのだった。

ゆっくりお茶を飲むと、女達は家から離れた所にある畑に農作業に行く。
7時前である。
「お母さんも妹も、今出かけたら、もう夜まで帰ってきません。ずーっと仕事です。」
と夫が説明し、母と妹と夫の姪は民族衣装のロングドレスのまま、大きな籠を背負って農作業に出た。

そうこうしているうちに甥もどこかへ出かけ、弟もどこかへ出かけ、家に残ったのは父と夫と私の3人になった。
どうやら家の周りの農作業は父親がやることになっているようだった。

家の近くは麦畑になっており、父は当然ながら、夫も農作業の手伝いをすることになった。
村に帰れば仕事はいくらでもある。
人間は農作業、飼い犬は番犬、鶏は卵を人間に提供し、牛や山羊は牛乳を提供し、みんなが働いている。
「私も手伝う。」
と申し出たのだが
「アナタにはできない。」
と夫は言い、
「ゆっくりしていなさい。」
と父は言い、実際農業などやったこともない私は何もできず、ここでは私は動物以下なのであった。

「暇なんだけど。」
と私が言うと
「その辺を散歩すればいい。」
と夫。
それで散歩をしたのだが、遠くまで行きすぎて帰れなくなっては困るし、どこを歩いても似たような簡素な家と畑しかなく、一人で散歩をしていても全然楽しくなく、散歩はすぐに終わってしまった。

ここに来るにあたり、私は本を2冊持参した。
1冊は松本清張の短編小説が沢山入った分厚い本、もう一冊は英会話の本である。
ベッドに寝ころびながら松本清張の殺人の本を読む。
こののどかな村には全く似つかわしくないのだが、この本しかないのだから仕方ない。
気分転換に英会話の本を開くと非常に眠くなり、気がつけばうたた寝をしてしまう。
ほぼ一日中私はベッドの上でゴロゴロしているのであった。

昼近くになると、夫が戻り、昼ごはんの支度をする。
「私も手伝う。」
とは言ったものの、ここでは薪割りから始めなくてならない。
テレビでは見たことがあるものの実物の薪を見たのも初めてならば、斧を見るのも初めてな私に、試してはみたものの薪割りなど到底できなのであった。

薪割りの次は囲炉裏に火をつけるのだが、
「私も手伝う。」
と言うのは止めた。
夫が薪に火をくべるのを見ていたら、ただ火をつけるだけでもコツがあり、私にはできそうもなかった。
今、『こんな所に日本人』というテレビ番組があるが、その当時も似たような番組があり、「秘境で暮らしてみたいなあ。」などと思ったことのある私だったが、ここに来て「私には秘境暮らしは無理だ。」と半日にして確信したのだった。

夫の作った昼ごはんは、ご飯とジャガイモと野菜のカレー味の炒め物である。
ここでは男は力仕事、女は家事と、大昔の日本もそうだったのだろうが、男と女の仕事が完全に分かれていた。

昼ごはんを食べ終えたら、また農作業かと思いきや、父はご近所さんと井戸端会議。
夫はというと、久しぶりに帰った実家だからして、これまたご近所さんとつもる話があるらしく、こちらも井戸端会議。
二人共どこかへ行ってしまい、一人残された私は、自分のベッドでまた本を読んだり昼寝をしたり。
不思議なのだが、ここにいるといくらでも眠れるのであった。

夕方になると、数キロ離れている所に住んでいる夫の兄がやって来て、死んだ鶏の羽をむしっていた。
「うわっ!もしかして、これは・・・」
そこここを歩いて鶏を見て、
「鶏、殺したの?」
と夫に聞くと
「これはうちの鶏ではありません。他の家から買いました。こういう仕事は男の仕事です。」
動物を殺し、皮や羽をはぐのは男の仕事、その後は女の仕事というわけだ。

日が暮れると離れた畑で農作業をしていた女達が、籠一杯に収穫物を入れ帰宅し、休む間もなく夕食作りである。
夕食はチキンカレー。
どうやら客人である私をもてなす為の特別料理で、羽をむしている時は「いいよ、いいよ、肉なんて食べなくても。」と思ったくせに、調理されると現金なもので、美味しいのだった。

今日はここまでにします。


愛鳥ラニ君(セキセインコ)は元気です。
そしてきっちり2週間おきに産卵防止の注射をしに通院しています。
そのかいあってか、長らくラニ君は卵を産んでいません。

「このヒトは熱中症は大丈夫ですね?」
先生が仰り
「大丈夫だと思います。この子が来てから、我が家はこの子の為に24時間冷房つけっぱなしですから。」
「今年も熱中症のヒトが多いです。病院に来る途中、20分程度暑い車内に置いていた方がいましてね。その間に容態が悪くなってしまいましてね。」
「死んじゃったんですか?」
先生は頷かれた。
「先生、この子、人間の飲む、パックのりんごジュースが大好きなのですが、飲ませてもいいのでしょうか?といっても、既に少し飲ませちゃっているのですが。」
「大丈夫ですよ。このヒトの場合、水分を取った方がいいですからね。でも沢山はダメですよ。」

ラニ君が元気だと、それだけで安心です。
人間もペットも、健康が一番ですね。

r-3.jpeg
我が家でラニ君の為に栽培しているあわ穂を食べるラニ君。
市販のあわ穂よりもお好みのようです。

r-5.jpeg
この時期、必ず食卓にあるのはトウモロコシです。
ラニ君が好きだからです。
ステンレス製の器は夫が作るネパールカレーを入れる為に購入したものですが、
今やラニ君の器になっています。

r-1.jpeg
この写真、ラニ君は可愛いのですが、背景が悪いですね。
わたくし、写真を撮るのが下手なのです。
ラニ君の後ろの汚い足は夫の足です。
















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