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「仕事の日の1日は長いのに、1ヵ月が終わるのは早くて、1年が終わるのも早いねー。」
昨年年末に職場の人と交わした会話である。
それから年が明け、1月が終わり、もう2月。
まごまごしていたら2月も終わりだ。

今更だが、今年はじめてのブログなので、
ここのところさぼり気味ですが、これまで通り超マイペースで続けていくつもりです。
今年もよろしくお願いします。


1月に遡るが、暫くご無沙汰になっていたKさんに新年の挨拶LINEを送ろうと文章を打っていたら、先にKさんからLINEが来た。
Kさんとは4、5年位前に同じ職場だった人で、同期入社だった。
同期といっても、私とKさんのたった2人。
2人っきりで、3ヵ月の研修を受けた。
そして研修が終わり、試験も受け、試験に受かるとデビューでき、Kさんも私もデビューし、そこからは先輩方に交じって実務開始である。

何人いたかは忘れたが、先輩と一緒に昼食を食べた時、ペットの話になった。
私がペットを飼っていると言うと
「何犬?」
と先輩に聞かれ
「いや、犬じゃないんです。」
と言うと
「じゃあ、猫ちゃん?」
「いや、猫でもないんです。」
「じゃあ、何?」
「インコなんです。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
少しの間、沈黙が流れ、
「あっ、そうなんだ。うちはトイプードルが2匹いるの。○○さん(別の先輩)のところはキャバリア。うちの子の写メ見る?」
別に「見たい」と言ったわけではないのだが、トイプードルとキャバリアの写真を見て、「可愛いですね。」などとお世辞を言った私も悪いのだが、これといって話題がないのだから仕方ない。
犬の話題でちょこっと盛り上がり、昼休憩が終わった。

その日の帰り道、
「インコって、可愛いの?」
Kさんに聞かれ、
「うん、すっごく可愛いのよ。」
から始まり、Kさんが困らない程度にインコの可愛さを話す。
Kさんは特段インコに興味を持ったわけではないようだったが、研修の3ヵ月間、ずっと一緒にいたので、なんとなく私の性格は掴んでいたのだろう。
ペットの王道、犬ではなく、インコというのが、Kさんには面白かったようなのだ。
そして1年後、家庭の事情でKさんが退職し、その後は頻繁ではないが、ポツリ、ポツリとLINEで連絡を取る仲である。
ちなみにKさんが辞めた1年後に私もその会社を退職した。

3年位前だろうか。
『○○さん(私のこと)、インコって、すっごく、可愛いのね。この前、実家に帰ったら、驚き!母がインコを飼っていたのよ。インコって、手にも乗るし、懐くのね。○○さん(私)が可愛いって言ったのがよーくわかりました。』
普段落ち着いているKさんから、少しはしゃいだようなLINEが届いた。
Kさんの実家は離島で、お母様がひとりで住んでいらっしゃる。
久しぶりに里帰りしたら、お母様がインコを飼っていたようなのだ。

それから数カ月後、
『母が施設に入ることになりました。インコ、我が家に連れて来てしまいました。可愛いです。すごく可愛いです。』
Kさんから写真付きLINEが届いた。
写真のインコさんは黄色。
といっても、我が家のラニ君やルビ君のようなハルクインではなく、だからといってまっ黄色でもなく、何年もインコを飼っているわりに私はインコのことをあまりよくわかっていないので、Kさんの黄色インコさんが何という種類なのかはわからない。
黄色のインコさんは女の子で、短い文面でもKさんがインコの虜になったことがわかった。

それから1年位たってからだろうか。
『ペットショップからインコの雛をお迎えしました。今度はパステルです。毎日、数時間おきにさし餌しないといけないから大変なのだけど、可愛くて。』
KさんからLINEが来た。
雛から飼うなんて、Kさんのインコ虜っぷりがよくわかる。
パステルの子の名前はPちゃん。
その後、Pちゃんはすくすくと育ち、女の子と判明。
Kさんも我が家も、女の子2人だ。

話を今年の正月に戻そう。
Kさんから新年の挨拶LINEが届き、続けざまに
『インコの相談なんだけど、Pちゃんが新年早々卵を産んでしまったのよ。初めての産卵からわからなくて。確かラニちゃんがよく卵を産むって言っていたよね。卵って、何個産むの?』
インコと一緒に暮らしている年数はKさんより私の方が長い。
だがしかし、未だにインコのことはわからないことだらけだ。
とりあえず、よく卵を産んだラニ君の経験談と卵の時にはいつも卵詰まりを心配していたことを書き、新年の挨拶と共に送信する。

2日後、KさんからLINEが来た。
『Pちゃんのお腹が膨らんでいて、なんだか苦しそうなのよ。どうしよう。そろそろ仕事が始まるのに、心配だわ。』
今年はカレンダーの並びが悪く、4日から仕事初めの人が多く、Kさんも私もそうだった。
インコが産卵中の時は仕事をしていても気がそぞろ。
いやいや、産卵が無事終わるまで、できることなら仕事なんてしたくない。
『可能であれば、早めに病院へ行った方がいいよ。』
ひとまず、急いで返信をしたが、Kさん自身も心配だったようだ。
Pちゃんを病院へ連れて行き、診断は卵詰まり。
幸い命に別状なく、お腹の中で詰まっていた卵を取り出してもらったそうだが、産卵はこれで終わりではなく、まだまだ産むかもしれないと獣医さんに言われたそうだ。

Pちゃんのことは私と夫(ネパール人)の間でも話題になった、というより
「やっぱり卵って、怖いのよ。うちのルビ君とパルも、卵を産まないように気をつけないと。アナタ、いつもルビ君達におやつあげているけど、あげるのやめてよね。私が朝、ちゃーんと、量ってあげてるんだから。卵になったら、大変よ!病院へ連れて行くのは私なんだからね
私が一歩的に夫に怒ると
「ねえ、ねえ、ルビ君のお尻が開いているよ。」
夫がとぼけた事を言う。
「やーね、お尻が開いているなんて。ルビ君のお尻ばかり見て、いやらしい。」
まあ、これは私達夫婦の間の冗談なのだが、夫はいつもルビ君のお尻が可愛いと言い、私もそう思う。
例えて言うならば、羽の蕾だ。
「ホント、ホントですよ。なんだか、ルビ君のお尻が開いて、赤くなっています。見て、見て。」
夫が部屋の高い所にこさえたルビ君とパルの止まり木に止まっているルビ君のお尻を下から覗き込むように見ると
「ヒェーっ!本当だ。なんだか開いているし、ルビ君のお尻って、前からこんなに赤かったっけ?」
「こんなには、赤くないと、思いますよ。」
と夫。
そしてどうしたかというと、翌日、かかりつけ獣医さんに電話をし、予約を取った。
本当は1日でも早くかかりたかったのだが、かかりつけ病院はいつも混んでいる。
コロナ禍でも、この病院にコロナは関係ない。
成人の日の朝一番に予約が取れ、念の為、ルビ君とパル、両方診てもらうことにする。

いつも書いているが、病院ではまず体重を量る。
前日の夜の体重は、ルビ君37g、パル35gだったが、病院で量るとルビ君39g、パル37gと、2人共2gづつ重い。
「どうされました?」
先生が診察室に入って来られ、聞かれる。
「どう言っていいのかわからないのですが、黄色の子の、お尻が開いているんです。元気はあるんですけど・・・。白い子は、ついでに連れてきました。」
と言うと、先生はルビ君を掴み、骨盤を触り、
「開いています。発情してますね。」
「えっ!発情してるんですか・・・。先生、今は発情の時期ではないんですよね?」
「そうですね。通常は春と秋です。でも飼われているヒト達は仕方ないです。人間が暖房をつけますから春と勘違いしてしまうんですよ。発情しても卵を産まなければいいんです。卵を産んでも卵詰まりにならなければいいんです。そういえば、今年はまだ卵詰まりのヒトは診ていませんね。そっちの白いヒトも鼻がカサカサしていますね。ちょっと診て見ましょう。」
先生はパルをさっと捕まえ、ルビ君と同じように骨盤を触る。
「このヒトは、今のところは大丈夫ですけど、このヒトも気をつけないといけませんね。」
「先生、卵を産ませない為には、確か、餌を減らせばいいんですよね?」
「そうです。数日間餌を減らして下さい。ひもじい位でいいんです。ひもじいと卵なんて産んでる場合ではないと思い、さーっと発情がおさまるんですよ。」
それから、2人共、ついでに爪切りをしてもらった。
爪切りで、怖い思いをするだけで、発情が引くこともあるそうだ。
ルビ君もパルも、2人共ベスト体重は33gと先生に指導を受け、3人で帰宅。
帰宅してすぐ、前回のブログに書いた、パルが出たり入ったりして遊んでいたビスケットの箱を外す。
巣になり得る物は撤去しないと卵を産んでしまうからだ。

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お尻が開いたルビ君。
発情です。


翌朝から、元々あまり多く与えていないつもりの餌を更に減らす。
が、我が家のガンは、先い書いたが、夫である。
夫が、人間の夕食時に、ルビ君とパルに、2人の大好物であるトウモロコシとシード(どこででも売っている殻付きのインコの餌)を与えてしまう。
トウモロコシは旬の時は生のトウモロコシを茹で、旬でない、丁度今時分は無添加無塩の缶詰を与える。
ひとえに、ルビ君とパルから好かれたいからだ。
そして、この悪しき習慣をルビ君とパルはしっかりわかっている。
夕食時を楽しみにしていて、夕食時は2人共、夫にベッタリだ。
「ちょっと、ルビ君、発情してるんだよ。パルも怪しんだよ。卵になったら困るんだから。本当に、おやつあげるのやめてよね。」
夫に目を吊り上げると、
「わかった、わかった。ちょーっとだけにします。2人、待っているから。」

餌を減らし、1g減ったと喜ぶや、翌日にはまた元に戻ってしまったり。
インコのダイエットも人間と同じ。
難しいのだ。

ダイエットを始めて、3日目のこと。
「夜のおやつ、たーくさん残っている、これにするか。」
夫が持ち出したのは、今まで買ってはみたものの2人が好まなかった、何種類ものペレットだ。
ペレットとは人工的に作った餌で、シードより栄養があり、栄養が偏ることもない。
しかし、まずいらしく、なかなか食べてくれない。
我が家で朝に与えているのはアメリカ製のラウディブッシュという物。
これだけは2人共、よく食べる。

これまで好まなかったペレットを与えたら、ルビ君は食らいついた。
ルビ君は我が家に来たばかりの、赤ちゃんの頃から食べるのが大好きな食いしん坊。
ラウディブッシュの方が好きなだけで、何を与えてもよく食べる子なのだ。
ところが、パルは食べない。
それどころか、羽を膨らませ、どんよりした顔をしている。
「なんだか、パル、元気がないよ。病気かな?」
と夫が言い
「えーっ!やだー、この前、病院行ったばかりなのに。どこが悪いの?」
私が声を張り上げると
「わからない。ちょっと、パル、うちに入れて、暖かい作ってみるか。」
夫がパルをパルのケージに戻し、小鳥用のヒーターをつけ、
「ちょっと、あげてみるか。」
パルが大好物の、オーツ麦の入っている、マニアシリーズのシードを餌入れに入れたら、驚きだ。
パルがガツガツと、がっつくように餌を食べ始めるではないか。
その食べっぷりを見る限り、とても病気のインコとは思えない。
満腹になったパルをケージから出してみたら、羽はシューッと整い、元気そのもの。
「パルったら、食べたくて、病気のフリしたのね!まったく、知能犯だわね。」
私が言うと
「チノウハンって何?」
「英語でなんて言うかはわからない。簡単に言えば、頭がいいってこと。」

ダイエットをしてわかったのは、ひもじい思いをさせると、インコは皿を舐めるということだ。
ケージの中の餌入れも、夕食時の餌入れも、一粒も残さず、洗ったかのように綺麗になっている。
そして、今現在、ルビ君は36gから38gの間を、パルは35gから37gの間を行ったり来たりし、先生の言うベスト体重はまだまだ遠い。
幸い2人共、卵は産んでいない。

KさんとこのPちゃんはというと、なんと、卵を8個産んだそうだ。
産んだもののPちゃんが卵を蹴とばして割ってしまとKさんから相談され、偽卵(嘘の卵)を抱かせることを私は提案した。
Kさんは偽卵を購入し、Pちゃんは産卵からもうすぐ2ヵ月になるが、今も偽卵を温めているそうだ。

もうすぐ春。
インコ本来の発情期が来る。
Kさんと私の「卵の悩み」は尽きない。


rubi64.jpeg

rubi61.jpeg


ここのところ、夫の服の中に入りたがる2人。
当初、服の中に入る、入ると喜んでいた我々夫婦でしたが、
喜んでいる場合ではありません。
これも発情のサイン。
かかりつけ獣医さんによると、
卵を産むところを探しているそうです。





















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それぞれの趣味  12/13/2020  
今回は私と我が家族の趣味について書きます。
年齢順で、まずは私から、と書くと、「ん?」と思われる方もいるかもしれませんが、そうなんです。
夫(ネパール人)より私の方が少しばかり年上なのです。

私の趣味は、ブログのプロフィールにつらつらと書きはしたが、読書と英会話と1年に1、2回の旅行は趣味とは言えないような気がする。
改めて、趣味の意味を調べたら、『仕事・職業としてではなく、個人が楽しみとしてしている事柄。』となっており、確かに楽しみではあり、読むべき本も英会話のテキストも手の届くところに置いてある。
が、実際手に取って開くのは1ヵ月に1回位。
それもすごーくわずかな時間で、これでは趣味とは言えないであろう。
1年に1、2回の旅行はもはや願望である。
インコさん達が家族の一員になってからは、泊りがけの旅行は一度も行ったことがないからだ。

で、私の盛ってはいない、本当の趣味はというと、ジョギングと自己流の筋トレ&ストレッチ&ヨガである。
ストレッチは20代の頃からしていて、体を動かすのが苦ではないというか、まあ、比較的好きということになるのだろう。
そこにジョギングが加わったのが15年位前。
これにはきっかけがあり、それは富士山である。

その頃は夫が来日してまだそんなに年月がたっていず、
「どこか行きたいとこ、あるか?」
と聞いたところ
「マウント・フジ、フジ山、行きたい。日本で一番有名でしょ。日本人、みんな、フジ山、行きますね。」
「いや、そんなことないよ。富士山に行ったことがない日本人は一杯いるし、私だって行ったことないもん。」
「え-----、アナタ、行ったことないの!ホントに!なぜ?」
「ネパール人だって、みんながヒマラヤ行くわけじゃないって、あなた、言ったじゃん。それと同じだよ。」

ともあれ、夫の強い希望により富士山に登ることになり、それに賛同したのが今は亡き我が父だ。
父は学生時代は陸上部でマラソンをしていたらしく、マラソンとは全然関係ないが、山登りも好きだった。
私が体を動かすことがわりと好きなのは、この人の遺伝かもしれず、まあ、そんなことはどうでもいいとして、私が子供の頃は毎週日曜日は山か散歩の日で、子供連れだから低山ではあるが、よく山へ連れて行かれた。
夫、私、当時70過ぎの父と3人で富士山に登ることになり、
「いきなり登るのは無理だ。」
と、父は富士登山実行前に低山2本で体を慣らした。

私はというと、土日休みではあったが、その頃夫は土日仕事。
単独行動はわりと好きだが、しかし山は別だ。
ひとりで山登りをする気にはならず、とはいえ、ヒマラヤトレッキングを経験していたので、練習なしではキツイということはわかっており、
「心臓のバクバク感だけでも慣れておけばいいっか。」
金がかからず、手っ取り早く始められるジョギングをすることにし、それが今に至っているのである。

ちなみに夫はというと、彼は事前練習など必要ないと言い切った。
以前書き、書きかけのまま放置しているが、夫はネパールの山育ち。
更に、自国での職業はトレッキングガイド。
4000m超えのアンナプルナベースキャンプも5000m超えのエベレストベースキャンプも夫にとってはへでもない。
さすがにエベレスト遠征隊はしていなかったが、それでも氷と雪だけの世界の経験も多く、だから富士登山はぺったんこの運動靴にジーンズの普段着で登り、
「フジサンって、山ですか?ワタシからフジサン、丘。」
というのが夫の富士登山感想である。

話は私のジョギングに戻るが、始めたばかりの時はきつく、特に走り初めの5分がきつい。
ゼーゼーハーハーだった。
それが、仕事が休みの日だけとはいえ、15年以上も続けていればきつくなくなる。
ランニングハイという言葉があるが、まさにそれだ。
「気持ちいー、いつまでも走っていたい
という気持ちなり、しかし、こんな風に書くと、なんだかベテランランナーみたいだが、私の走るペースはひどく遅い。

私が走っているコースは、土日ともなれば、ジョギング、ウォーキング、犬の散歩をしている人が結構いる。
私もそのひとりなのだが、私はしばしば後ろから走ってくる人に抜かされる。
そんなに早く走っているようには見えない、どうみても私よりはるかに年上のオジサンに抜かされ、ウォーキングのオジサンにも抜かされ、ついには散歩の小型犬にも抜かされる。
まあ、別に競争しているわけではないので、抜かされても全然いいのだが、小型犬に抜かされた時はちょっとショックだった。

あと、続けている理由にストレス解消もあるのだが、時としてストレスが湧いてしまうことがある。
それは走っている最中に、突然仕事のミスを思い出してしまう時だ。
毎度不思議に思うのだが、帰りの電車の中だったり、お風呂に入っている時だったり、仕事のミスは何故か突然、変な時に思い出す。
走っている最中に思い出すともう駄目だ。
「考えちゃダメ、考えちゃダメ。」
と雑念を振り払っても、
「あー、やってしもうた。まずい、まずい。どうしよう・・・・」
走っている間中、ミスとその対処法ばかり考えてしまい、全然ストレス解消にならないのだが、だけどこれは極々たまーにのこと。
大抵は気分爽快だ。

次は夫である。
私達はネパールで知り合い、その頃は互いに20代であった。
今は全て日本語で会話をしているが、知り合った当初は英語で話しており、
「趣味は何?」
つたない英語で、ありきたりの質問を夫にしたら、夫はキョトンとしていた。
趣味という英単語は知っていたが、趣味が何なのか、趣味そのものを知らなかったようだ。
ちなみにネパールにいた頃の夫は「ストレス」という言葉を知らず、ストレスという言葉とストレスを実感するようになったのは日本に来てからだ。

そんな夫も来日したら趣味ができ、それは宝くじである。
ネパールでは品物が当たるくじはあるが、お金が当たる宝くじはなく、それを教えたのは私である。
というのは、37歳の時に初めて買った、ジャンボ系ばら3枚の宝くじのうちの1枚が当たったからだ。
当たったといっても3万円なのだが、
「おめでとうございます。たった3枚で当たるなんて、すっごく運がいいです。」
と、宝くじ売り場のお姉さんに言われ、以来時々買う。
しかし、その後はさっぱりで、3万円で運を使い果たしたのかもしれない。

このブログによく登場させているが、我が家から徒歩2分位の所に大型ホームセンターがあり、その中には宝くじ売り場も入っている。
「これ何?」
と夫に聞かれたので、説明し、私が過去に3万円当たったことを話したら、俄然夫が興味を持ってしまったのである。
夫が好きなのはロト6とロト7で、勉強というのだろうか?
パソコンで「みずほ」のサイトを開き、過去の当選番号を彼なりに分析するようになった。
その勉強が役に立っているのかというと・・・・、全然なのだが、ごくごくたまーに、少額が当たることもある。
当たった金額より使っている金額の方がはるかに多いのだが、当たった時は嬉しいものだ。
また、「もし7億当たったらどうする?」
ありきたりだが、よくこのような会話をする。
「7億、当たったら、アナタ、心臓、バクバクして、死ぬ。」
と夫が言い
「そうだね。ショック死するかもね。当たったら、どうする?」
「仕事、辞める。」
これは我々2人共、声が揃う。
「仕事辞めて、小さい家買って、免許取って、車買って、ワンちゃん、飼います。」
夫の欲はどんどん膨らみ、まさに「夢」を買っている。
が、この前、何の気なしに検索したら、宝くじに当たる確率より飛行機事故に遭う確率の方が高いらしく、トホホホである。
週3回宝くじ売り場に通っている夫は売り場のお姉さん、オバサンに顔を覚えられ、ちょっとした会話も交わすらしく、常連さんとなっているようだ。

次は我が家の長女ルビ君(セキセイインコ)である。
「インコに趣味なんてあるの?」
と笑う方もいるだろう。
インコ語ができないので、趣味かどうかはわからないが、よーく観察していると、好きな遊びがあるようだ。

ルビ君のケージにはハシゴとおもちゃがあり、ルビ君とパル(セキセインコ)、2人がひがんだり妬んだりしないように、同じおもちゃを入れている。
起床し、私がすぐにすることはルビ君とパルの餌やりで、2人も餌を待っている。
餌を食べ終えると、カタッ、カタッ、カタッ、カタッ-----と音がし、
「はじまった、はじまった。」
私と夫が少し離れた所から静かにルビ君とパルを見ると、ルビ君がハシゴに乗って一生懸命やっているのである。
何をしているのかというと、ハシゴの階段と階段の間に体を入れ、クルンと回る練習をしているのである。

ルビ君は我が家に来た時は35g。
緊張と不安で1週間ご飯が食べれず33gに減り、暫くは痩せており、痩せていたのとまだ子供だったということもあるのだろうが、クルンと回って遊んでいたのである。
ところが我が家に慣れると、元々食べるのが大好きだったルビ君はどんどん食べてどんどん肥え、今では痩せている時で37g。
大抵は38~39gあり、階段にお腹が突っかえて回れない。
しかし、回れた時の、楽しかたった時のことをルビ君は覚えているのだろう。
ハシゴの上に乗り、ハシゴに頭を突っ込み、頑張る。
「私の留守中に、万一ハシゴに体が挟まり、抜けなくなったら・・・」
と心配になり、一時期ハシゴを撤去したのだが、あまりに悲しいそうな顔をするのでまた入れた次第。
事故が起こらないことを祈るばかりだ。

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放鳥中なのにケージに戻る2人。
ルビ君はハシゴを回る練習中。
その隙にルビ君の餌を漁るパル。


ルビ君には楽しい遊びが沢山あるのだが、もうひとつ、忘れっぽい私の為に残しておこうと思うのだが、それには先代インコ、ラニ君の趣味に遡る。
ラニ君はいつも世話をする私よりも夫に懐いていた。
夫は髭をたくわえている、などと書くと立派な髭のようだが、薄い、貧弱な髭である。
「ラニ君、髭の掃除。」
寝っ転がりながら夫はよくこう言い、健気なラニ君は夫の方へ飛んでいき、髭の掃除をした。
掃除といっても、嘴でクチュクチュするだけなのだが、夫にとってそれはとても気持ちのいいことだったようで、ラニ君にとっても楽しいコミュニケーションのひとつだったのかもしれない。
亡くなる1時間前も夫の髭掃除をしていたくらいだ。

そんな夫は、ルビ君にも髭の掃除を教え込もうとした。
ところが、ルビ君は髭には見向きもせず、髭の代わりにルビ君が興味を持ったものがあった。
それはヘソである。
夫の腹はポッコリしていて、まあ、所謂中年太りなのだが、寝っ転がっていても出ている腹はそれなりに盛り上がり、しかしヘソだけは窪んでいる。
しかも夫のヘソは大きい。
それにルビ君が興味を示し、ヘソの中を嘴でクチュクチュするようになったのである。
「ルビ君、汚いからやめなさいい。」
と、私が言ったところで、ダメと言われると余計にやりたくなるのがインコの性質のようだ。
以来、
「ルビ君、ヘソの掃除。」
と、夫が言うと、ルビ君はバタバタと寝転がっている夫の所へ飛んでいき、ヘソの掃除をし、
「気持ちいー!」
夫は大喜びしている。

最後は我が家の赤ちゃんパルである。
10月で1歳になったので、インコ界では成鳥なのだが、私と夫にとって、パルは何歳になっても赤ちゃんである。

我が家の居間の高い所には、夫が作ったルビ君とパルの遊び場がある。
その遊び場は、インコのオモチャやらテントがぶら下がっていて、2人共テントに入るのが好きだ。
それを見た夫が、ムーンライトという、その辺のスーパーによく売っている、安いビスケットの箱に紐を通し、遊び場に吊るした。
しかも2個作り、吊るし、もう美観も何もあったんもんじゃないのだが、パルがその箱オモチャをえらく気に入ってしまったのだ。
箱の中にバサッと入ると、箱は揺れるし、紙で出来ているから中で滑り、それが楽しくてしょうがないようだ。
何度も何度も飛び込むように箱に入る。
一方ルビ君は、怖がりなのか、箱の中には一度も入ったことがない。

パルも好きな遊びがいくつかあるが、もうひとつ書き残すとしたら、毎朝の私とパルの2人だけの遊びである。
先に書いたが、私が起床してすぐにやることは、ルビ君とパルの餌と水やりで、その時間、夫はまだ床の中だ。
私が餌の準備をしている間中、2人共金網にベターっとくっついて見ている。
餌は必ずルビ君からあげる。
ルビ君が餌を食べているのをパルが、今度はルビ君寄りの金網にへばりつきジーっと見る。
「パルちゃん、お持たせしました。さー、ご飯ですよ。初めは葉っぱから。」
毎朝、この言葉を言い、まず葉っぱを入れる。
葉っぱはチンゲン菜である。
小松菜が好きなインコさんが多いようだが、うちの子は小松菜は好きではなく、ルビ君に至っては、毎日与えてはいるが、野菜は食べない。

葉っぱを入れると、パルは必ず私の手の上に乗り、地団駄を踏むようなダンスをする。
パルからすれば
「早くご飯入れてよ。」
とせがんでいるのだろうが、私の手の甲で足踏みするパルの足がくすぐったくて、気持ちいい。
「パルちゃん、気持ちいいよー。パルちゃん、さあ、どうぞ」
と言いながら、餌入れを入れると、パルは私の手から餌入れの淵に移動し、ゆっくり餌を食べ始める。
わずかな時間だが、これが私とパルの2人だけの遊びで、『秘密のイチャツキ』と呼んでいる。
以前も書いたように思うが、パルは来たばかりの時は人に懐いていない子で、私がケージに手を入れると、パタパタと狂ったように逃げ回ったというのに、いつの間にか、特に教えてはいないのだが、人間を恐れない、手乗りインコに成長し、飼い主としては感無量である。

今回は2人の趣味をふたつづつしか書けなかったが、2人にはもっと沢山遊びがあり、追々書きたいと思う。
それにしても、インコのいる生活って、本当に楽しくて、素晴らしい

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ムーンライト(ビスケット)の箱で遊ぶパル。
市販のオモチャよりこういう物が好きみたいです。



















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特別月  10/28/2020  
あと数日で終わりだが、我が家にとって10月は特別な月である。
なぜかというと、ルビ君とパルが家族になった月だからだ。
2人(正確には2羽)の誕生日のようなものなのだが、2人の本当の誕生日は8月。
しかし、2人が生まれたところを見たわけではないので8月に実感はなく、記念日は10月にしている。
そして、インコの素晴らしさを教えてくれたラニ君(ブログの写真の子)が亡くなったのが9月だったということも、私にとっては忘れてはならないことだ。

誕生日だから2人の大好物のあわ穂やトウモロコシでお祝いする、ということはしない。
あわ穂もトウモロコシも
「ルビ君もパルちゃんも、この時間、おやつ食べたいですよ。」
と、夫(ネパール人)が人間の夕食時にほぼ毎日与えているからだ。
「ねえ、これじゃ、朝、量って餌をあげてる意味ないじゃん。だから2人共太ってるんだよ。あげちゃダメだって!
私が怒ったところで夫は聞く耳もたず。
ルビ君とパルに好かれたいのだ。
だから夕食時は2人共夫にベッタリなのである。

2人の誕生月にする特別なことは、健康診断である。
2人の一番嫌いな所に行くのだ。
2人が喋れたら
「誕生日なのに、なんで私達が嫌な事するの!ママのバカ!」
と、さぞ怒ることだろう。

健康診断は10月と4月にすることにしているのだが、今年の4月は新型コロナウィルスの為、タイミングを逃し、ルビ君にとっては1年ぶりの病院である。
ルビ君は1年間病気もせず、元気だったのだ。
パルはというと、3回病院にかかった。
そのうち2回は過去のブログに書いた。
飛べなくなったとはオーバーだが、目指す所までたどり着けなくなったり、声が出ないというのもオーバーなのだが、喉に何か詰まったような変な声を出し、どちらも大事には及ばず、薬を出されることもなく自然に治った。

まだブログに書いていない3回目は、8月の暑い日のことであった。
放鳥しても、遊び場である止まり木に止まり、目を閉じて静かにしており、なんだか元気がない、ように見える。
能天気な夫ですら
「パル、元気ないよ。大丈夫かな~?死ぬ?」
と、恐ろしい事を言い
「ちょっと、死ぬなんて、やめてよ!変なこと言わないで!」
と、反論し、とはいえ心配になったので、病院へ連れて行くことにした。

その日は土曜日だった。
かかりつけ獣医さんは完全予約制で、平日も混んでいるが、土日は更に混んでいる。
前日の金曜に予約を取りたかったのだが、金曜は病院が休みなので、土曜の朝一番に電話をする。
運がよければ午後、といっても4時以降なのだが、夕方の予約が取れればラッキー位に思っていたのだが、午前中の予約が取れた。
但し、先に予約をしている人優先で、非常に混んでいるのでかなり待つと言われ
「待っても、全然いいです。」
昔、ラニ君が使っていたお散歩ケージにパルを入れ、自転車をすっ飛ばし、予約時間に病院へ到着。

わかっちゃいたけど、病院は非常に混んでいた。
一応予約時間には行ったが、パルと私の順番がいつ回っているくるのか想像ができないほどだ。
「パル、怖い?」「パル、大丈夫だよ。怖くないよ。」
などと、パルに話しかけながら待っていると、布で覆われた大きな籠を抱えた、すごーく若くはないが、私より若い女性とその女性のお母様と思しき2人の女性がやって来て、私とパルの正面に座る。

暫くすると、ピーッ、ピーッ、ピーッ、ピピピピッと、物凄くけたたましい鳴き声がし、その声にびっくりしたパルがケージの中の止まり木から落ち、ブルブルと震える。
「あら、あら、あら、ごめんなさいね、驚かせちゃったわね。」
正面のお母様が話しかけてきて、籠に被せてあった布を取る。
中にいたのは2羽の小桜インコさん。
小桜さん達の声が大きいことは、私は知っていたが、パルは知らない。
いや、ペットショップにいた赤ちゃんの頃に見聞きしたことはあったのかもしれないが、1年近く我が家にいて、きっとペットショップ時代のことは忘れただろう。

やっとの思いで止まり木に止まったパルだが、止まり木の上でやっぱり震えている。
「あら~、可愛い。お名前は?」
と、お母様に聞かれたので
「パルです。」
と、答えると
「パルちゃんは女の子?まだ若いわね。いくつ?」
「今日先生に聞く予定なのですが、多分女の子です。もうすぐ1歳なんです。」
「あら~、まだ少女ね。少女って感じがするものね。うちの子達は2人共おばさんなのよ。」
(少女なんて・・・・・・・・、素敵パルにピッタリ。)
発想力の乏しい私は『少女』という言葉が気に入り、以来パルを『少女のパルちゃん』と呼んでいる。
「パルちゃんはどこが悪いの?」
と聞かれ、
「忙しいのに、先生には申し訳ないんですが、元気がないというだけで来てしまいました。」
「あら、うちと同じ。うちも1羽は病気だけど、もう1羽はどこも悪くないの。でも、一応診てもらおうと思って。だって、心配ですものね。素人はわからないものね。」
鳥に関する他愛もない話を延々し、先に私とパルの順番が回ってきた。
1時間半待ちであった。

「先生、すみません。なんだか元気がないというだけなのですが・・・。」
と言うと、先生はパルを掴み
「あー、換羽(とやとも言う。羽の抜け替わり)ですね。だから元気がないのでしょう。コロナだからなのかわかりませんが、今年はこのヒト達の世界もちょっとおかしいですよ。この時期、とやや産卵は普通はないのですが、多いんですよ。あと、卵詰まりも。」
「そうなんですか!とやは今回が初めてではないのですが・・・、とやって、元気がなくなるものなのですか?」
「ええ。元気がなくなるヒトもいるし、とやの時には病気になりやすいです。この時期はダイエットなどはさせず、餌をしっかり与えた方がいいです。」
「わかりました。先生、この子、もうすぐ1歳で、今更ですが、女の子・・・、ですよね?」
先生はニヤリと笑みを浮かべ
「はい、確実に女の子です。」
今回も薬が処方されることなく帰宅。
病院から帰るとパルはすこぶる元気で、ちょっと前の元気のなさはなんだったのかと思ったが、まあ、こういうもんであり、元気がいいに越したことはない。

そして2人の記念月の10月、2人を健康診断に連れて行った。
ひとりを連れて行く時は「お散歩ケージ」に入れて行くが、2人の時はひとりづつ別々に小さなプラスチックのケースに入れて行く。
2人を購入した時にペットショップから貰ったケースで、ペットショップで貰った時のままなので、ケースの底に敷かれた木くずのようなものも敷いたままである。
ちなみに2人は毎日そのケースに入る、というより私に無理やり入れられる。
毎日の体重測定の時にそのケースに入れて量るのだ。

驚いたのはパルである。
先に書いた、8月に、ひとりでお散歩ケージで病院へ行った時は震えていたというのに、小さなケースでは震えるどころか、木くずの中でコロンコロンと寝そべって遊んでいるではないか。
ケースに慣れているからではない、と思う。
隣にルビ君がいて、ルビ君がいるからパルは安心しているのだ、と見た。
一方ルビ君はというと、久しぶりの病院に緊張気味で、ケースの中で固まっている。

健康診断は9月から予約を入れていたのでさほど待つこともなく順番が回って来た。
診察室に入ると、まずは2人共体重測定だ。
パルは34gで、これはいいのだが、ルビ君が、なんと40g
前日の夜に量った時は39gで、
「げっ!まずい、太っている。なんとしても40gにならないようにしなくては。」
と思ったばかりだというのに、私が眠ている間に40gになってしまったのだ。
そして先生が2人のフンを取り、顕微鏡で見て、2人の羽等、体もチェックする。
「うん、2人共も問題ありません。ただ、ルビーちゃんは・・・、発情に注意ですね。」
「先生、卵の可能性、ありますか?」
と聞くと、先生はルビ君の骨盤を触り
「まだ大丈夫です。開いていません。」
「じゃあ、どうすればいいのでしょう?やっぱりダイエットですか?」
「そうです。」
「なんか、発情で太っているのか、ただ太っただけなのかがわからなくて。私は毎朝量って餌をあげているのですが、夫が夕食時にシードをあげてしまうんですよ。」
「まあ、そういうものでよ。好かれたいですし、懐かれると可愛いですしね。」
「先生、健康診断は年何回受けたらいいのでしょう?一応年2回と思っているのですが、この子達の寿命を考えたらどうなのでしょう?」
「年2回から4回とお答えしています。あっ、このヒト達、仲はどうでうか?」
「たまに喧嘩はしていますけど・・・、多分仲はいいような気がします。」
「流血するような喧嘩はしますか?」
「そ、そんなに激しい喧嘩はしません。放鳥すると、いつの間にか互いのケージに一緒に入り、餌を食べています。」
「おっ、そうなんですか。じゃあ、同じケージに入れてはどうですか?」
「いえ、それはダメみたいなんです。以前、ケージのドアを閉めてみたら、黄色が白を攻撃しちゃって。」
「あー、縄張りですね。」
「放鳥している時にケージのドアを閉めてしまうのもいいですよ。餌を食べられませんから。お腹が空いている状態というのも必要です。」
毎度のことながら、少しだけインコの知識を得て帰宅。

2人とも何事もなく、元気でいてくれて何よりなのだが
「もう1年たっちゃったのか・・・。あと何年一緒にいられるのか?」
同時にお別れもチラつく私。
自覚しているが、私はしっかりネガティブなのだ。
一方、私とは正反対な、楽観的な夫でも、ルビ君達の「死」を考えるようなのだが、私とはちと違う。
「ルビ君が死んだら、パル、きっと死ぬ。パルが死んだら、ルビ君も死ぬかも。2人いないと、アナタ、たーくさん泣く。」
仲がいい2人はどちらか片方が死ぬと淋しさでもう片方も死んでしまい、私が大泣きするというのが夫の想像で、まあ、そうなったら夫の想像通り大泣きするだろうが、私の「大泣き」というのが夫にとってはおかしくてたまらないようだ。

ともあれ、10月でルビ君2歳、パルは1歳になりました。
2人には長生きしてほしいです。

rubi32.jpeg
放鳥中、自分のケージに餌を食べに帰るルビ君。
それをケージの外からべったりくっついて見るパル。
ケージの扉はあいているのですけどねー。
パルはルビ君のことが大好き、のようです。


rubi49.jpeg
2人の為にベランダで栽培しているあわ穂。
栽培いているのも与えるのも夫。
2人共、店で売っているあわ穂よりも我が家のあわ穂の方が好き。
新鮮だからでしょうか?


rubi7.jpeg
我が家に来たばかりの時のルビ君の写真が出てきました。
まだ赤ちゃん。
眠そうですね。
そして、可愛すぎると思うのは私だけでしょうが。










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母と猫・お別れ  10/04/2020  
今回もタイトル通り実家の猫の話です。
前回、我が母が公園の子猫を家族の一員として迎えたことを書いたが、今回は先住猫メメタン(本名メリ子)のことである。

メメタンが我が家に来たのは14年前。
「猫がいるよ、子猫がいる。雌猫みたいだ。ちょっと餌、やってみるか。」
とっ言ったのは、今は亡き我が父である。
ある日突然、隣の家の我が家寄りの庭先に猫がいて、我が家の方向を見ながらミャーミャーと鳴いており、それを見つけたのが父で、父が餌をあげるということは飼ってもいい、いやいや「飼う」ということだ。
かなり前に「ペット遍歴」というタイトルで、我が家のペット歴を書いたことがあったが、我が家においては、ペットを飼うかどうかは勿論のこと、その他全てにおいて父が絶対的権限を持っていた。
父は怖い存在であり、昔ながらの厳格な「お父さん」だった。

父は動物好きではあったが、どんな犬や猫でもいいというわけではなかった。
父の好みは、本人に直接聞いたことがなく、また聞いたところで答えてくれるような人ではないのでわからないのだが、私が察する限りでは、絶対に「雑種」でなければならない。
逆を言えば、ペットショップにいるような素敵なワンちゃん猫ちゃんはダメなのだ。
また、当時我が家には雄猫が2匹おり、雄と雌の比率が父なりにあったようだ。
雄が多い時は雌を迎え、雌が多い時には雄を迎えるというようにしていたように思う。
そして一番重要なのは出合い方である。
我が家にフラッと来たとか公園や道で出会い、そのままついて来てしまったとか、こういう出合いを我が家では「運命的出会い」と呼んでいるが、運命的出会いでなければならないのだった。

子猫は愛情に飢えていたのか、すぐに家の中に入って来て、「うちの子」になった。
うちの子になったのならば、名前をつけなければならない。
本来ならば半年位一緒に生活をしてから名前はつけたい。
というのは、半年くらいするとその子の特徴がわかるからだ。
しかし、半年間名無しというわけにもいかないから頭をひねる。
そこで、写真でしか見たことがないが、昔、父が飼っていたヤギから名前を頂くことにした。
メリーという名のヤギだったらしく、「メリ」に「子」をつけてメリ子と命名。
名付け親は私である。
とはいえ、メリ子と呼んでいたのは初めだけ。
時がたつにつれて呼び名が変わってしまうのが我が家の常で、メリ子から「メメタン」になり、誰かに名前を聞かれた時や動物病院でだけ「メリ子」になる。

先に書いたが、メメタンが来た頃、先住猫が2匹いた。
2匹共雄猫だったが、この2匹は性格がピッタリ合っており、常にベッタリくっついていた。
そこにメメタンが入ったのだが、2匹の雄猫が優しい性格だったせいか、特に争うこともなく、メメタンはすぐに受け入れられ、3匹でベッタリくっついて寝ていることも多かった。

メメタンは子猫といっても生まれたばかりではない。
生後半年位だろうか?
だったらそろそろ避妊手術した方がいいだろうと、母が病院へ連れて行くことになった。
その頃のかかりつけ病院は、最寄り駅の駅前に古くからあるN動物病院だった。
先生は我が母より少し年上、助手は先生の奥様がされていた。
話しやすく、いい病院ではあったが、絶対に入院はさせず家に返すというのが先生のポリシーだった。
飼い主のそばが一番安心するという理由からだ。
それはいいのだが、母にとっての一番の難点は駐車場がないということだった。
近くのスーパーの駐車場に車を止めるのだが、そこから獣医さんまでのわずか5分の道のりが辛い。
メメタンはまだ小さく痩せていたからいいが、他の雄猫は2匹共6㎏以上あり、5分といえども6㎏が入った猫ケージは重いのだ。

「メメタンにはびっくりよ!」
話したくてしょうがないといった感じで、その日の夜、母から連絡が入った。
「あのね、メメタン、子猫じゃなかったのよ。しかも、もう避妊手術済の猫だったの。」
「えっ!そうなの。じゃあ、元飼い猫だったんだね。」
「そういうことになるわね。先生が言うには、1歳か2歳位なのか、何歳かはわからないって。」
「お金かかったの?」
「かからなかったわよ。何もすることがないからお金を取るわけにはいかないって先生に言われて、そのまま帰って来たの。メメタン、捨てられたんだわね。手術までして捨てる人もいるのね。」

それからは、猫3匹の幸せな日々が続いたが、雄猫2匹は年の順に病気になり、天国へ旅立ち、メメタンひとり(正確には1匹)となった。
メメタンはというと、来た時に大人猫なのに子猫に見えたほど小さく痩せていたというのに、うちの子になったら丸々と太り、デブ猫に変身した。

それからどの位たったかは忘れたが、母が公園から黒という猫を連れて来た。
黒のことは以前書いたが、連れて来た時に既に猫エイズにかかっていて、その後腎臓も悪くなり、予想よりずっと早く天国へ旅立ってしまい、またメメタンひとりになり、次に来たのが前回書いた黒猫クー太である。

過去のブログを読み返したら、メメタンと黒は一戦交え、メメタンが勝ち、それから仲良しになったようなのだが、母曰くクー太とは戦っていない。
クー太が子猫だからなのか、メメタンが年を取り、そんな気力がなくなったのかもしれない。
但し、メメタンの食欲が増したようだ。
「ひとりの時はいつでも食べられるからだからなのかしら?餌を残していたのに、クー太が来てからすごい食欲なのよ。残すとクー太に食べられちゃうから競うように食べてるの。おかげでデブになって、トドみたいよ。」
と母は言い、こんな話をしていたのは今年の2月だった。

今年4月半ば頃のこと。
「メメタンが、なんか食欲がないのよ。病院連れて行った方がいいのかな~?どうしたらいいと思う?」
母から電話があった。
「えっ、少し前までよく食べる、トド猫って言ってたじゃん。」
「そうなのよ。それが急に、ガクッと食欲が落ちて、なんか調子、悪そうなのよ。」
通常の私であればすぐに病院へ連れて行くべきだと言うのだが、この頃はコロナで緊急事態宣言が出ていた時期で、高齢で肺に持病がある母に「すぐに行け」とは言えない。
されとて私が連れて行くこともできない。
実家は徒歩10分以内と近いとはいえ、互いに感染させてはいけないと、2月以来母とは会っていず、専らメールと長電話で連絡を取っていた。
「コロナだからね・・・、少し様子をみてから決めたら?」
「そうだね、そうするわ。」

それから1ヵ月位様子を見たのだが、メメタンの食欲が戻ることはなく、病院へ連れて行くことになった。
問題はどこの病院に連れて行くかである。
これまでメメタンは病院へは2回しかかかったことがない。
先に書いた我が家に来て間もない時の、行っただけで何もせず帰宅したのが1回目。
2回目は昨年の11月。
毛にダニらしき虫がついており、ダニ駆除&健康診断でかかった。
その時かかったのは、車で10分位の所にある女性獣医さんの病院である。
1回目の歴代の猫ちゃん達かかりつけ駅前病院は先生のご年齢により廃業されたからだ。

ダニはすぐに解決したが、健康診断では腎臓の数値があまりよくないと言われたらしい。
だかといって特に薬が出るということもなく、腎臓食に切り替えるといいとアドバイスを受けただけ。
腎臓だからどうしようもないのではないかというのが母の意見であり、今回も同じ病院にかかることにした。
先生の感じは悪くなく、また駐車場もあり、母にとって通いやすいというのが理由である。

病院では口の中を診て、血液検査をしたそうだ。
腎臓の数値はそんなに悪くなく、問題は歯であり、奥歯を抜けば食べられるようになるとのこと。
奥歯を全て抜いてしまっても猫の場合食べるのには支障はなく、しかし全身麻酔をして抜かなければならず、高齢のメメタンが全身麻酔に耐えられるかが問題だ。
全身麻酔で死んでしまうことはないかという母の質問に
「そういう子もいます。」
と先生はおっしゃり、飼い主としては「お願いします。」と二つ返事できない。
とりあえず点滴と痛み止めの注射をしてもらい、「考えます」と持ち帰りになった。

「どうしよう」
母から相談電話が来る。
私は物事をポンポンと、わりと早く決めてしまう性格なのだが、麻酔で死ぬかもしれないと聞かされると、「手術した方がいい」とも言えない。
「点滴と注射で、メメタン、どうなの?」
「少し元気になって、少し食べるようになったけど、でも少しだけだよ。このまま点滴と注射でもつのかしら?メメタン、あんまり長くないかも。今年一杯もつかどうか?」
と母。

それからは点滴と注射をしに週に2回通院したが、点滴と注射が効いたのは初めだけ。
メメタンはまた食べなくなり、食べないものだからどんどん痩せ、6月になった。
「メメタン、手術することにした。だって、このまま点滴と注射を続けてももちそうにないし・・・。一か八かよ。手術は6月9日。前日に入院して、検査してからだって。」
母が決断をしたのだった。

6月9日は朝から気が気でなかった。
私は毎朝、通勤電車の中から母にメールをする。
「昨日獣医さんから連絡あった?メメタンの手術、何時?」
と、メールを送ると
「病院から連絡ないよ。前に先生が午前と午後の診察の合間に手術すると言ってた。」
と、返信があり、仕事が終わると帰りの電車の中でまたメールを打つ。
「メメタンの手術、終わった?メメタン、大丈夫?」
「メメタン、まだ手術してないの。帰ったら電話頂戴。」
母の年齢になるとメールよりも電話なのだ。
帰宅し、母に電話をすると、「夕方病院から電話があって、昨日検査をしたら腎臓の数値が悪いんだって。点滴に何が入ってんだかわからないけど、薬の影響で数値が悪い可能性があるから2日間薬を調整して、もう一度検査をして、大丈夫なら手術するって。」
手術日が12日に変更になったのだった。

12日も朝から落ち着かず、仕事を終え、帰宅し母に電話をすると、
「メメタン、連れて帰って来た。」
「手術は?」
「腎臓の数値がすごく悪くて、手術に耐えられないって。もう手の施しようがないって。」
「手の施しようがないって・・・、メメタン、そんなに悪いの。歯が悪かったんじゃないの?」
「初めは歯が悪いって言われたのだけど・・・、今月一杯もつか・・・」
「え-----!医者はなんて言ってるの?」
「1週間とか・・・曖昧で、医者もわかんないんじゃない。」
「1週間!メメタン、どんな感じなの?」
「全然食べないし、元気もなくて、ぐったりしている。怪獣みたいな声で鳴くのよ。」
メメタンは5日間入院し、家に戻った。
入院する前より、一層悪くなって帰って来たのだった。

翌日の13日は土曜日で、仕事は休みだった。
コロナ禍だから実家へ行くのは長らく控えていたが、メメタンのことが心配で、がっちりマスクをつけて実家へ行った。
「メメターン」
と言いながら実家へ入ると、いつもなら「ニャーン」と可愛い声で鳴きながら足元にすり寄ってくるメメタンが無反応。
窓のそばでうずくまっており、険しい顔をしている。
「メメタン」
と呼ぶと、ギャーッと、母が言うように怪獣のような声を出し、見るからに弱っている。
どのくらいもつかはわからないが、もう長くないということはわかる。

帰宅してもメメタンのことが気になり、ネットで「猫 腎臓」ばかり検索してしまう。
すると、ペット用の腎臓に効く水があり、腎臓が悪く死にそうだった子がその水を飲んだら元気になった、というサイトが出てきた。
その水が、水のわりには高い。
高いのだが、買えない値段ではない。
非常に眉唾なのだが、手立てがないと医者に匙を投げられると、こういう物でもいいからすがりたくなる。
しかし、値段に躊躇いすぐに買うとまではいかない。
翌週、17日水曜日は休みを取っていたので、またメメタンに会いに行き、水については母と検討することにした。

ところが、16日火曜の朝、
「メメタン、どう?明日、メメタンに会いに行く。腎臓に効くっていう水があるから、買うか検討中。」
いつものように通勤電車の中から母にメールを送ると、
「メメタン、夜中の2時頃、天国に行っちゃった
母から涙マークのついた短いメールが来た。

長くはないとは思っていたが、こんなにも早く旅立ってしまうとは思ってもいなかった。
メメタンがいなくなった後、母は暫くの間心にぽっかり穴が開いたような状態になり、クー太に向かって「メメタン」と呼んでしまったりしていたそうだ。
でも、クー太がいてくれてよかったと思う。
クー太がいなかったら、母はきっと、ペットロスになっていただろう。

2020年、コロナ禍の6月16日午前2時頃、メメタン、天国へ旅立つ。
メメタンが一番辛い時に、コロナであまり会えなかったのが残念でならない。
今までペットとのお別れは何度もしているが、何度経験しても慣れることはない。
毎回、すごく悲しい。

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メメタン。
目の上の茶色の模様がチャームポイントでした。

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neko11.jpeg
我が家に来た時は子猫と間違える程小さかったのに、
うちの子になってからはどんどん太りました。
小さい時も可愛かったけど、太ったメメタンはもっと可愛かったです。
抱っこは嫌いでしたが、毛を撫でられるのは大好きでした。
もう撫でることができないと思うと、










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母と猫・お迎え  08/15/2020  
いつものことながら、更新が滞ってしまった。
時間がないわけではない。
私が怠惰だからだ。
休みの日の午後なんぞはたんまり時間があるのだが、ゴロンと寝転がりながら再放送のドラマなんぞを見てしまい、見ているうちにうたた寝。
起きたら夕方になっていて、
「うゎ!今日も寝ちゃったよ。」
いつもこんな感じで貴重な休みを終わらせてしまうおバカな私。
まあ、どうでもいい話しはこのへんまでにし、本題に入るとしましょう。
とはいえ、ここから先もどうでもいい話しなんですけどね。

我が母は40年以上猫と共に暮らし、40年以上猫と添い寝している。
そんな母は当然ながら猫好きだ。

2年位前に『元地域猫、黒の猫生』というタイトルで黒という猫のことを書いた。
(興味のある方はカテゴリ猫からご覧下さい。)
黒が亡くなってから暫く落ち込んでいた母だったが、黒を連れて来てからピタっと通わなくなった、かつて黒のいた公園にまた通うようになった。
実家にはメメタン(本名メリ子)という雌猫がいて、メメタンだけで十分ではないかと私なんぞは思うのだが、
母曰く「メメタンは可愛いわよ。でも、メメタン抱っこできないから・・・」
メメタンは触り放題なのだが、抱っこが大嫌い。
そして母はというと、ないものねだりなのか、抱っこができる猫が好きなのだ。

母の家から公園までは歩いて2、3分。
黒もそうだったが、そこには決まった時間になると、どこからともなく9匹位の猫達がやって来る。
猫達のお目当ては、母と私が密かに『猫おじさん』と呼んでいる男性だ。
おじさんと書いたが、私よりほんの少し年上、母よりはかなり若く、しかしまあ、おじさんには変わりない。
猫おじさんは10年以上、よほどの大雨でない限り、毎日公園に通い、公園にいる猫達全員に餌をあげている。
9匹全員が来て、9匹全員が食べ終わるのを見届け、水も与え、綺麗に後片付けをして帰るのが猫おじさんの日課でもあり楽しみでもあるようだ。
母は何をしているのかというと、猫おじさんに猫缶2個位を差し入れし、猫おじさんが猫達に餌をあげ、猫達が餌を食べるのを見たり、猫達をかまったりしている。
そして、母と同じ存在の人がもう2人いる。
ひとりは40代のOさんという女性で、Oさんは猫おじさんの来る夕方のみならず、朝もジョギングついでに公園に来るらしい。
もうひとりは母と同じく、公園に隣接する住宅街に住むSさんという60代の女性だ。
猫おじさん、Oさん、Sさん、我が母、全員猫を飼っており、皆猫好きなのだ。

「私が毎日たっぷり餌をあげているから、ここの猫達は悪さはしません。」
と断言する猫おじさんなのだが、朝も公園通いをしているOさんによれば、餌をあげているのは猫おじさんだけではない。
朝には朝のメンバーがおり、猫達は朝ごはんも貰っているのだそうだ。
従って、ここの猫達は皆、丸々と太っている。

9匹の猫には皆、名前がついている。
ヒデ君、ノブ君、らんちゃん、チョビ君、スノーちゃん、はなちゃん、黒ニャン、ヨリ、ドラ。
私は名前と顔が一致しないが、毎日接している母達は当然ながら名前と顔は一致し、それぞれの性格も知っている。

ここにいる猫全員が野良猫というわけではない。
ヒデ君とノブ君とらんちゃん、そしてスノーちゃんは飼い猫だ。
ヒデ君とノブ君とらんちゃんは近所の同じ家の飼い猫なのだが、放し飼いであり、家より公園の方が好きらしく、飼い主曰く「たまにしか帰って来ない。」
首輪はつけている時もあれば、つけていない時もある。
たまに家に帰った時に、首輪がないことに気づいた飼い主が首輪をつけるのだが、公園にいる間に首輪を落とすようなのだ。
そしてスノーちゃん、この子は公園のすぐそばの家の子なのだが、この子も放し飼いであり、高齢の飼い主さんは認知症らしい。
猫を飼っていること、スノーという名前はわかっているようなのだが、どの子が自分の猫なのかわからない。
そして、その飼い主さんも最近施設に入られたらしく、スノーちゃんは公園に置き去り。
元飼い猫の可哀想な猫なのである。

一昨年の春のこと。
ヨリという細身の三毛猫が妊娠し、出産した。
ヨリの性格は、母曰く「慎重でしっかり者。」
そんなヨリだから、気心知れた餌やりおじさん&おばさん達に子猫をお披露目したのは、子猫が少しばかり大きくなってからだった。
子猫は3匹。
毎日餌は貰えるとはいえ野良猫には変わりない。
悪天候の日もあれば天敵もいる厳しい世界。
3匹のうち2匹は恐らく生き延びることができなかったのだろう。
ヨリの子供は白黒の猫1匹となり、ありきたりだが「チビ」と名付けられた。

チビは他の猫達にすぐに受け入れられ、すくすくと成長した。
性格は親猫ヨリとはだいぶ違い、とにかく落ち着きがなく、ピョンピョンとうさぎのように跳ね回る。
抱っこはおろか、触ることもできない。
それでも餌をくれる人はちゃんとわかっており、とりわけ猫おじさんにはそれれなりに懐き、少しばかり毛を触らせる。
「この子は女の子ですね~。」
チビの毛を撫でながら猫おじさんが言い、チビが雌猫だと判明する。

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左がチビ、右がお母さん猫ヨリ


チビがチョロチョロするようになってから公園にチビを見に来る人が増えた。
チビはなかなかの器量よしだったので、「欲しい、飼いたい」という人も何人かいたのだが、家族の反対があったり、またチビの落ち着きのない性格が災いしたのか、公園の猫のまま月日が過ぎた。

昨年の春のこと。
ヨリがまた妊娠した。
「あら~、今度は何匹産むのかしら?」
母、Oさん、Sさんが言うと
「ヨリちゃんは小さいから、また3匹くらいじゃないですかね~。」
と猫おじさん。
ところが、妊娠したのはヨリだけではなかった。
痩せていて、また、まだまだ子供だと思っていたヨリの子供チビのお腹も膨らんでいるではないか。
毎日餌をあげ、お互いにわかりあえている仲とはいえ、ヨリもチビも人間に出産は見せない。
2匹共、どこか安全な場所で出産したらしく、先に子猫を紹介してくれたのはチビだった。

チビの子供は、なんと6匹。
6匹中5匹は頭の先から尻尾の先まで全身真っ黒な黒猫で、1匹だけチビと同じ白黒猫。
白黒猫は雌猫、5匹の黒猫中4匹は雌猫で、6匹中、雄猫は1匹だけ。
慎重でしっかり者のヨリが子猫を見せてくれたのはチビよりももっと後のことで、子猫は2匹。
2匹共ヨリと同じ三毛猫で、三毛猫だから雌だ。

一気に8匹もの猫が増え、公園の猫は17匹となった。
「可愛いけど、餌代が大変だわね~。」
と母が言うと
「まあ、これくらいなら大丈夫です。子猫がいると賑やかでいいですね~。」
餌代よりも子猫にデレデレな猫おじさんなのであった。

母の住む住宅街には、母の家と反対方向にもうひとつ公園があり、そこにも何匹もの猫がいる。
そこの猫達の世話及び避妊・去勢手術は公園の近くに住む、母も知っているWさんだ。
猫の世話をするくらいだからWさんも猫を飼っている猫好きである。
時々母の通う公園にも来るらしく、子猫の存在も知ってる。
「知り合いに子猫が欲しいって人がいて、1匹もらってもいいかしら?」
Wさんが猫おじさんに言う。
「子猫は誰の物でもありませんから。いい飼い主さんに恵まれればそれが一番ですからね。只、どうしても懐かなかった時はいつでもここに返して下さい。私が生きている限り、ここの子達に餌はあげますから。」

そう言われるとWさんはどうやって捕獲したのしたのかはわからないが、すぐに捕獲し、子猫を連れて行ってしまった。
Wさんに捕獲されたのは、ヨリの、いつも鳴き喚いている一番臆病な子だった。
「あの子、臆病で鳴いてばかりいたから・・・、大丈夫かしら?」
などと、母達餌やり仲間の間では心配しており、心配が現実となった。
3日後、公園に戻されたのだ。
雌猫は望んでいなかったというのが理由らしいが、恐らく懐かなかったのだろう。
まあ、3日位では懐かないものなのだが、捕獲され怖いおもいをした臆病な子は一層臆病になり、母猫ヨリにくっついているか、もう1匹のきょうだいにくっついているかになった。

チビの時もそうだったが、子猫がいるとどこからともく人が集まって来る。
猫好きは勿論のこと、猫嫌いの人も来て、後者とは時に揉めることになる。
「今はまだ小さいからいいけど、雌猫がこうだし、猫って半年で妊娠するから、このままいくと鼠算式に増えてしまうわよ。もう少ししたら子猫もチビちゃんもヨリちゃんも、あと他の若い子も避妊手術をした方がいいんじゃないかしら。」
とOさんが言うと
「それは私がしますよ。もうひとり猫好きのオジサンがいて、その人が去勢・避妊がタダのなるパスみたいなものを持っているんですよ。夏は手術には向かないみたいですから、秋にでもしますかね。」
と猫おじさん。

沢山の人が見に来るわりには子猫達は誰からも引き取られることなく、9月になった。
生後約半年。
可愛い盛りである。
「そろそろ手術した方がいいと思うのだけど・・・」
と、Oさんが心配して猫おじさんをせかすと
「今の時期はあんまりよくないみたいですから、もう少ししてからにしましょう。」
どうも猫おじさんはその都度言うことが違い、先延ばしにする。
猫おじさんは口だけ、やる気がないと、Oさんと母の意見が一致した。

しかし、このままにしておけば猫が何十匹にもなってしまい、広い公園といえども近所迷惑が考えられるし、保健所に通報され、殺処分されることも考えられ、それだけは避けたい。
動いたのはOさんだった。
Oさん宅にいる2匹の猫は保護ボランティアの人から譲り受けた子で、口にこそ出さないが、どうやらOさんはボランティア活動をしているようであった。
翌日、Oさんは猫達の手術費の寄付を募るチラシを作って来て、朝と夕方、公園でいつも会う人達に配り、手術費は瞬く間に集まった。
次は、Oさんとボランティアのお仲間が捕獲し、地域猫の手術をしてくれる病院へ連れて行くのだ。

と、ここで、我が母が私に相談があると言ってきた。
「あのさー、『しっぽ』を飼いたいのだけど・・・、どう思う?」
しっぽというのはチビの子供の唯一の雄猫である。
しっぽ、クマちゃん、おまめ・・・・などなど、私は全員の名前はわからなが、子猫全員に名前がついていた。
チビの真っ黒な黒猫達の区別も、毎日見ている母達にはわかるらしい。
唯一の雄で、しっぽがすーっと長くまっすぐで、なにより抱っこができ、母はしっぽを気に入ってしまったのだ。
但し母には心配事があった。
それは自分の年齢である。
これまでの我が家の経験では、猫は15、6年は生きる。
我が母は還暦である。
しっぽが15歳の時、母は90歳。
90歳まで生きる自信もなければ、途中でボケてしまい、しっぽがスノーちゃんみたいになったら可哀想だと言うのである。
「万一そうなったらさー、私が元気だったらだけど、私がしっぽの面倒みるよ。」
「ホント!いいの?いいのね。」
「だって、仕方ないじゃん。」
と言うと、翌日、母は
「しっぽは私が飼います。去勢のお金は私が払います。その代わり、耳は切って欲しくないの。」
とOさんにお願いしたそうだ。
耳を切るというのは、ご存じの方もいるだろうが、去勢・避妊手術済の子の片耳を少しだけ切り、地域猫の証なのだ。

neko1.jpeg
自分で撮っておきながら、この子がチビなのかチビの子供のおまめなのか?
多分「おまめ」だと思います。

9月末から10月初旬にかけて、猫達捕獲&手術が行われた。
対象の猫は子猫8匹、チビ、ヨリ、黒ニャン、ドラの12匹。
他の猫、はなちゃんとスノーちゃんは年寄猫なので手術の必要はないだろうといことになり、ノブ君、ヒデ君、らんちゃんも年寄猫だし、おまけに飼い猫なので必要なしということになった。

12匹いっぺんに病院へ連れて行くことはできないので、3回に分けて捕獲することになった。
手術の前日、対象の猫は絶食である。
Oさんとボランティアの人が捕獲機をセットする。
いつも母から話だけ聞かされている私は当然ながら捕獲機がどんなものなのかは見たことがない。
「ねえ、捕獲機って・・・、見た?そんなにうまいこと捕まるのかね?」
母に聞くと
「ボランティアの人とOさんがセットしてくれたから私も見てないのよ。」

しかし、流石ボランティアの人だ。
猫達は案外すんなり捕獲機に入り、順番に病院へ連れて行かれ、手術をし、1日入院し、公園に帰って来た。
そんな中、なかなか捕獲機に入らなかったのが「ドラ」という雄猫である。
「ドラ」の名付け親は猫おじさんで、ドラ猫の「ドラ」だ。
いつの頃からか突然現れた新参者で、強いのだ。
ドラが来ると他の猫達は震え、逃げてしまい、いうなれば、公園のボス猫だ。
そして、ヨリとチビの子猫達のお父さんはドラではないかと人間達は推測している。
他の猫の餌は横取りするドラだが、子猫達の餌は横取りせず、子猫に譲るようなのである。

話が少しそれたが、ボス猫だけあってドラは頭がよかった。
ボランティアの人とOさんが2度試したが他の猫達がすんなり入った捕獲機にドラは決して入らず、こういう手ごわい猫向きのとっておき捕獲機があるらしく、3回目にしてやっと捕まえることができたのだった。
ドラは思っていたより若く、病院の先生曰く「まだ、3、4歳。」
流石のドラも手術後数日間は餌も食べに来ず、人間の姿を見ると逃げる程だったらしい。

我が家にパル(インコ)が来たのと同時期の昨年10月初旬、母はしっぽをお迎えした。
しっぽは去勢手術の他、健康診断もしてもらい、母曰く1万2千円かかった。
公園にいる時はしっぽが長いからという理由で「しっぽ」という名前だったが、飼い猫で「しっぽ」では可哀想だとなり、母と同居している我が妹が、クー太と名付けた。
恐らく黒いからクー、それに「太」をつけただけだと思われる。
クー太は公園にいた時は誰にでも触られ、抱っこされる人懐っこい猫だったというのに、家猫になったら性格が豹変したらしい。
すぐに懐いたものの、ものすごく臆病らしく、少しの物音でも飛び上がって逃げてしまい、飼い主の母がマスクをしただけで、マスクに怯え逃げてしまう。
私が実家へ行く時なんぞはもっとひどい。
今ではインコに夢中の私だが、私とて子供の時から猫と暮らしていたので、猫の扱いには自信がある。

だが、クー太だけはダメだ。
臆病だとは聞かされていたが、我の想像を上回る臆病猫で、私が玄関に入った途端、他人を察知したクー太はテレビ台の奥へ隠れる。
実家のテレビ台は猫がテレビの上に乗るからと、テレビをすっぽり覆い、尚且つ飾り棚までついている、最近ではあまりお見かけしなようなバカでかいもので、その陰に隠れてしまうと、真っ黒なクー太の黄色に光る目しか見えない。
クー太はそこで、私が帰るのを今か今かと息をひそめて待っているのだ。
帰るまで決して出てこない。
そんなわけで、公園にいた頃にクー太らしき猫を見たことはあったが、飼い猫になってからのクー太の顔をしっかり見たこともなければ、全身の姿を見たこともない。
そんな臆病猫でも先住者のメメタンとはすぐに仲良しになったらしい。
最も14歳のおばあちゃん猫メメタンはクー太など相手にしちゃいない。

手術後の他の子猫達だが、ボランティアさんの手にかかるとすごい。
8匹中1匹は我が母の猫になったので残るは7匹。
そのうち6匹はすぐに里親が見つかり、それぞれの家に貰われて行った。
かつてWさんに捕獲され、公園に戻された臆病な子は、もう一匹のきょうだいと一緒に引き取られ、姉妹でベッタリくっついているらしい。
最後の1匹、チビの子供のクマちゃんという黒猫だけは風邪をこじらせ、外に置いておくのは危険ということになり、ひとまずボランティアさんの家に引き取られた。
そこで回復するのを待ち、回復したら里親探しをし、里親が見つからなければそのままボランティアさんの家の子になるらしいのだが、そんなボランティアさんは10匹以上の猫を飼っている。
好きだけではできない活動である。
少しの間ボランティアさんの家で過ごしていたクマちゃんだが、体があまり強くないクマちゃんを不憫に思ったのはOさんだった。
先にOさんの家には2匹猫がいると書いたが、
「体が弱いから可哀想。クマちゃんを引き取りたい。」
と言うOさんにOさんの旦那さんは猛反対。
「2匹で十分。これ以上飼っちゃダメだ。」
と言われたそうなのだが、Oさんは粘りに粘り、旦那さんは根負けし、クマちゃんはOさん宅の猫になった。
今では改名され、ベルちゃんである。
何度も獣医さんにかかったらしく、風邪も治り、2匹の先住猫とも仲良くしているそうだ。
ちなみに、他の子達も全員改名れ、皆素敵な名前を貰っている。

子猫がいなくなって悲しんでいるのは猫おじさんである。
おじさんとしては1匹だけでも残して欲しかったようだ。
でも、これでよかったのだ。
猫人生は飼い主によって決まる。
いい飼い主に恵まれれば素晴らしい猫人生になるのだから。

今回は文章の途中に写真を挿入してみました。
クー太お迎えまで書きましたが、まだ書きたいことがあります。
しかし長くなりましたし、私も書き疲れてしまったので、今回はこのへんで。
つづきは次回へ。

neko2.jpeg
母の猫、クー太です。
まだ公園にいた頃で、この頃は写真も撮れたし、触らせてくれました。
今では私の声を聞くだけで、私の気配を感じただけで、テレビ台の後ろに隠れてしまいますけど






















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