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寝様  06/16/2019  
『夫の実家』のつづきを書いているのだが、これがなかなか進まない。
今回も脱線し、数日前に私の身に起こったことを書こうと思う。

私の仕事は6月、7月、11月末から12月が繁忙期で、只今繁忙期の真っただ中にある。
繁忙期の中でも特に忙しい日があり、それが10日の月曜と翌日火曜だった。
ちなみに7月上旬も非常に忙しいらしい。
「らしい」というのは、私が今の会社に入社したのは昨年の10月であり、まだ7月の繁忙を経験したことがないからだ。

繁忙期だからして全員出社、自身の体調管理は勿論のこと家族の体調も気をつけてくれと会社から言われる。
これ、結構プレッシャーである。
気をつけてもどうにもならない時がある。
機能性胃腸症という持病がある私は、繁忙期の数日前から食べ物に気をつけ、とりあえず繁忙期の特に忙しい月曜と火曜を乗り切った。

そして水曜、この日も当然ながら出勤予定であった。
一番忙しい月曜と火曜は終わっても、その余波があるのだ。
ところが、朝起きたら、右の眼がよく見えない。
かすんでいるとでも言おうか。
だかといって目ヤニが出ているわけでもなく、膜がかかっているわけでもない。
見た目は普通である。
左目と右目を交互に隠して見え方を比べると、明らかに右目の方が見えが悪い。

私は右目に正常眼圧緑内障があり、3ヵ月ごとに眼科に通い、毎日目薬を点眼している。
「うわっ!えらいこっちゃ!こりゃ、仕事どころじゃないわ。眼科、眼科、とにかく病院だ。」
一夜のうちに視野が欠けたのではないかと心中穏やかではなく、いやいや、もう真っ青だ。
「朝、起きたら、右目が見えなくて・・・、忙しい時期に申し訳ありませんが、病院へ行くので休みます。」
こう言って会社を休み、病院へ急いだ。
病院へ行く途中から、目の中が痛みだし、
「うわーっ、本当にえらいこっちゃだわ!」
ますます真っ青になる。

病院ではいつものように検査をする。
まず眼圧検査なのだが、したことがある方ならわかるだろうが、この検査、検査をする人の上手い下手が多分に影響する。
この日は運悪く下手な人に当たってしまい、何度やっても量れない。
終いには私が瞬きをしないように検査をする女性が私の瞼を押さえ、目の痛みが更に増す。
次に誰しもしたことのある円のどこが開いているのかを言う視力検査なのだが、円のどこが開いているというより、円が黒いぐちゃぐちゃにしか見えない。
「うわわわわっ、これは、本当にまずいことになっているのかもしれない!」
4つの検査を終え、不安を募らせながら診察室の前で医師の診察を待つ。

私の順番が来た。
診察室に入り、座る。
「見えが悪くなったのはいつから?」
「今朝です。昨夜までは何も問題なかったんです。」
「目の奥は特に問題なく、緑内障とは関係ないですね。」
こう言われ、少しホッとする。
「目の表面に傷があります。目を開いたまま眠りませんでしたか?」
「へっ開いたまま眠るなんて・・・、そんな人、いるんですか?」
と聞くと
「恐らく、○○さん(私のこと)は目を開けたまま眠ったんだと思いますよ。目が開いたままだったからドライアイになり、傷がつき、それで見えづらくなり、痛いんです。よく白目で寝る人いるでしょ。あれは大丈夫なんですよ。ご家族に眠っている時に目が開いていると言われたことはありませんか?」
「ないですね・・・、私が眠っている時は家族も眠っていますから。でも、よくうつ伏せで寝ていることが多いようです。」
「そうですか。普段気になることはありませんか?」
「仕事が・・・、一日中パソコンを見ていて、目を酷使する仕事なんです。昨日は忙しくて、すごく疲れましたけど・・・、そんな事、関係ありませんよね?」
「あ~、疲れていたんですね。見えづらくて痛いのは右目だけ?」
「はい。」
「そうなんだ。右よりひどくはないけれど、左目も結構傷がありますよ。まあ、目薬を出すので、様子を見て下さい。多分、今から出す目薬をさせば夕方にはよくなると思います。でも、すぐにやめずに1週間は1日6回さして、1週間後にまた診せて下さい。」
「先生、私、普段はコンタクトレンズなんですけど、コンタクトは、1週間はつけな方がいいですよね?」
「1週間はつけないで下さい。」
「あと、先生、視力検査の時、円に見えなくて、黒いぐちゃぐちゃに見えたのですが・・・。」
「それは、黒目の真ん中に大きな傷があるからです。傷がなくなれば元に戻ります。」
一安心して、診察室を出た。

医者の言う通り、目薬をさしたら夕方には見えるようになり、痛みも引いた。
翌日、仕事に行き、職場の上司、職場の友人等に、目を開けたまま眠ったことが原因だと話したら
「そんな事あるの!」
皆が同じことを言い、皆一様に驚き、そして皆
「ごめんね。病気なのに笑っちゃ悪いけど」
と言いつつ、クックッと含み笑いをする。
まあ、無理もない。
私とて目を開けたまま眠るなんてことが信じられず、ネットで調べた。
そしたら、出てくる出てくる。
①眼球が大きい
②瞼を上げる筋肉が緊張しっぱなし
③加齢
等が原因らしく、私に当てはまるのは②と③と思われる。

それにしても、想像だにしない病気になるものだ。
目を開けたまま眠らないように、とりあえず100均でアイマスクを買った次第。


我が家のお嬢様、ルビ君(セキセイインコ)は元気です。
でも3つ程困ったことがあり、一番頭を悩ませているのは発情です。
4月29日、健康診断でかかりつけ病院にかかった時、発情は春と秋の年2回なのですが、ルビ君の場合、もう一回くらい、夏に発情するかもしれないと先生に言われました。

ところが、夏どころか5月にまた発情してしまい、今年に入ってから、ルビ君は1ヵ月おきに発情しているのです。
ルビ君の発情は体重が徐々に増え、発情が頂点に達した時、体重が40gになります。
ちなみにシャチホコポーズもしなければ吐き戻しもせず、今のところ卵も産みません。
発情してすぐ、先生の所で買ったダイエット用の餌に切り替えたのですが、あまり効果はなく、きっちり40gになりました。

ネットで調べたところ発情過多もインコの体にはよくないらしいのです。
本でもネットでもインコは早く暗くして寝かせた方がいいと書いてあり、これを光周期というようなのですが、ルビ君を早く寝かせるのは無理です。
というのは我が家は共働き。
6時頃から寝かせてしまうと、ルビ君と遊んだり語らう時間がなくなり、ルビ君は文字通り『籠の鳥』になってしまいます。
これは可哀想です。

ケージの置き場所をあっちこっち変え、ストレスを与えるというのもひとつの方法らしのですが、これも我が家では無理です。
というのは、我が家は広くなく、というか狭いので、今置いている以外の場所といったら、陽のささない暗い台所になってしまい、これまた可哀想です。

以前、かかりつけの先生は「少しいじめればいい。」と仰いましたが、私も夫(ネパール人)もいじめ方がわかりません。
まあ、先生曰くのいじめるは、ストレスを与えるということなのでしょうが、ストレスの与え方がわからないのです。

次に発情したら爪切りに行くつもりです。
爪切りをするだけでシューッと発情が止まるヒトもいると、これも以前先生が仰っていたので、ルビ君も試してみようと思います。
何年一緒にいてもインコの悩みは尽きません。

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ハコベに食らいつくルビ君。
野菜嫌いのルビ君の為にハコベの種を購入し、栽培しました。
でも、こんなに興味をもってくれたのはこの日だけ。
今では見向きもしません






















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インコだぁーい好き | 仕事+ストレス=病気  | TB(0)  | Page Top↑
『夫の実家』のつづきをと思ったが、それは次回にし、平成から令和に元号が変わり、世の中は10連休である。
かく言う私も10連休なのだが、その10連休も今日で終わり。
明日からの日常を考えると憂鬱だ。

一方、夫(ネパール人)はというと、彼の仕事に祝日は関係ない。
とはいえ、たまには2日でいいから連休が欲しい、体を休めたいと言い、4月30日と5月1日、夫は休みを取った。
平成最後、令和初日だからではなく、4月30日は元々シフト休であり、その休みにくっつけて連休にしただけだ。
その貴重な休みに出かけることにした。

行き先は鎌倉とすぐに決まった。
我が家から比較的近く、とはいえなかなか行かない場所であり、夫にとっては初めての場所である。
そして、私はというと、小学校の遠足以来だ。
また観光客が多いというのも理由のひとつだ。
夫は人が全然いない場所より、賑わっている場所が好きなのだ。
30日に鎌倉へ行き、1日は家でのんびり過ごすという計画だったのだが、その数日前から天気予報に釘付けになっていたら、30日と1日は雨であり、実際雨だった。
雨の日に出かけるのは嫌だ、と我々の意見は一致し、確実に晴れマークのついていた、連休2日目の4月28日の日曜日に予定を変更した。

28日は晴れてはいたが、冷たい風が吹く、寒い1日であった。
鎌倉へは藤沢から江ノ電で行くことにした。
テレビで「民家のすぐ脇をゆっくり走る電車」と紹介されていたからだ。
その江ノ電、時期が時期だけに、混んでいるとは思ったが、すごく混んでいた。
江ノ電の車両が短いということもあるが、ホームは溢れんばかりの人。
一度では乗り切れず、次の電車が来るのを待つ。
電車の中はというと、通勤ラッシュ並みである。
そして終点鎌倉はというと、書くまでもない。
大変な混雑ぶりであった。

事前に私は鎌倉のガイドブックを買っていた。
初めての夫に鎌倉の見所を案内するためだ。
だが、ガイドブックなど必要なかった。
人の波に乗って歩けば、というより波に逆らって歩くことなどできない程の混みようで、ついて歩けば目指す所に着くのである。

小さな店が軒を列ねる小町通を、人の波に乗って歩いていると、
「腹が減った。ごはん、ごはん。」
夫が空腹を訴える。
丁度昼時。
何件かの店のメニューを見てみたが、どこも似たり寄ったり。
どの店にも長蛇の列ができており、飯にありつくのに1時間はかかりそうなのである。

ビルの2階にある小さな店の前にできている行列の後ろに我々も並ぶ。
その店がガイドブックに載っていたからというわけではなく、ビルの2階にあるから待っている間も多少は寒くなく、トイレもあるというだけの理由である。

鎌倉といえばしらす丼が有名で、この店の一押しもしらす丼だった。
夫は痩せているわりによく食べ、普通の量の店だと2品頼まないと満腹にならない。
一方機能性胃腸症の私は丼を完食しようものなら、あとで気持ち悪くなる可能性が高いので、大抵3分の1から多くても半分でやめ、残りは夫に食べてもらう。
鎌倉名物のしらす丼は注文せず、この店で一番ボリュームがありそうなローストビーフ丼と次にボリュームがありそうなまぐろの燻り丼、生ビール2杯、ホットコーヒーを注文し、夫はビールで腹を満たすことにしたのだ。
で、ローストビーフ丼とまぐろ丼の味はというと、可もなく不可もなく。
日頃美味しい物を食べているわけではないのだが、自然と舌がこえたのか、年のせいなのか、或はまずい物ばかり食べているせいで味覚がおかしくなっているのかはわからぬが、最近、外食をしても「美味しい!」と感じることがあまりない。

レストランから出ると、大きな道が伸びており、いつの間にか若宮大路に我々はいた。
土産物屋を覗きながら、人の波に乗ってひたすらまっすぐ歩くと、鶴岡八幡宮に到着。
着物を着た女性が結構目につき、着物を着た若いカップルもいて、その理由は、帰宅し、夫がパソコンで「鎌倉」を調べてわかった。
1日着物を着て鎌倉で過ごす、着物レンタル&着付けの店があるのである。

そこに賽銭箱があるからという理由で、我々も参拝する。
「何をお祈りしたのだ?」
と、夫が聞くので
「家族みんなの健康を祈ったよ。」
と言うと
「それ、間違いです。ワタシは、お爺さん、お婆さん、お母さん、あなたのお父さん、死んだ人が別の世界で幸せでありますようにと神様にお願いしました。」
こう言うと、
「トイレに行きたい。」
昼に飲んだビール2杯がきいたのであろう。
トイレに行き、出てくると
「ねえ、ここのトイレ、すっごく汚いでした。ネパールのトイレみたいに汚いでした。どうして?」
どうしてと私に聞かれても困る。
「公衆トイレだからねー。マナーが悪いとか掃除をしていないとかじゃないの。」
と答えておく。

鶴岡八幡宮を後にし、今度は小町通を歩く。
土産物屋を見ているうち
「ワタシ、またトイレ行きたいです。」
と夫。
「ビールを2杯も飲むからだよ!」
とは思ったがが、夫のことを責められない。
ホットコーヒーがきいたのか、私も尿意を催し、土産物屋そっちのけ。
2人でトイレを探す。
小さな店の並ぶ小町通にはなさそうなので、若宮大路に行き、ビルの中ならばあるのではないかとビルを探し
「あった、あった」
土産物屋が数件入ったビルにトイレはあったのだが、トイレは施錠されており、土産を買った人でないとトイレは貸さないという事が書いた紙が貼ってある。
その店に欲しい物はなく、
「もう駅に行くしかないよ。」
と私が言い、2人で駅に向かうと、鳩サブレで有名な豊島屋本店があるではないか。

鎌倉土産は豊島屋の鳩サブレと決めていた私は、
「ここで土産買って、それで駅に行こう。」
と夫に言うも、豊島屋本店の混み方もまたすごかった。
商品を選ぶ余裕がない。
が、豊島屋でトイレを借りれることがわかり、土産の前に我々2人はトイレに急ぐ。
まさか豊島屋でトイレに行けるとは思わず、一安心である。
トイレのお礼ではないが、土産をたんまり買い、ついでに近くにあった漬物屋でも土産を買う。

小町通と若宮大路を満喫し、駅に戻ると午後4時頃であった。
江ノ電に乗り、長谷駅で下車し、大仏を見てから帰るというのが私の計画であったが、相変わらず江ノ電は混んでいて、翌日夫は仕事がある。
「混んでいるから、もう帰る?」
私が言うと、夫はひとしきり考え
「せっかく来たのだから、鎌倉のブッダ見たいです。」

皆、考えることは同じらしく、長谷駅に着くと、どーっと降り、人の波に乗って歩くと大仏様へ到着した。
200円の参拝料を払い、中に入るとすぐ、どーんと大仏様がお座りになっている。
「大きい!」
夫が驚き
「やっぱり来てよかったです。」
と言う。
ここでも我々はトイレに行き、土産を物色する。

「ワタシ、これ、欲しいです。」
夫が欲しいと言うのは、1万円札が全面にプリントされている長財布であった。
「財布なら、持っているじゃん。こんな財布、使うの?」
夫の買い物を阻止しようとする私に
「こんな財布、初めて見ました。ここでしか見ないから欲しんです。」
その財布は千円であり、
「そんなに欲しいなら仕方ない。」
店員さんにお金を払おうとした時
「待って、やっぱり、それ、キャンセルします。こっちにします。」
夫の「こっち」は革製のフクロウの小銭入れで、500円。
「何色がいいかな・・・」
と、色で悩む夫に
「黄色にしなさい。ルビ君(愛鳥)と同じ色がいいよ。それに黄色の財布はお金が溜まるみたいよ。」
私が言うと
「じゃあ、ルビ君と同じ色にします。」

帰りの江ノ電はやっぱり混んではいたが、車窓から海と夕日が見え、綺麗だった。
夫に鎌倉の感想を聞くと
「とーっても楽しいでした。また来たい。」
夫はえらく鎌倉を気に入り、ご満悦。
よかった、よかったである。
ちなみに、休みを取った30日と1日は、雨だったので、一日中2人で家でゴロゴロでした。


鎌倉へ行っている間も気になってしょうがなかったのが、ひとりで留守番をしているルビ君です。
時々スマホを出してはペット見守りカメラに映るルビ君に向かって
「ルビく~ん、お留守番ご苦労様。パパ、ママ、早く帰るからね~。」
と、声をかけずにはいられません。
帰宅するとすぐにルビ君をケージから出し
「ルビ君、大きいお仕事ご苦労様でした。」
と、ルビ君に労いの言葉をかけ、我々は完全に親馬鹿なのです。

鎌倉の翌日はルビ君の健康診断に行きました。
体重33g、糞とそ嚢の検査をし、異常なしでした。
「発情は大丈夫でしたか?」
と、先生に聞かれ
「卵は産みませんでしたけど、つい1週間前まで体重が40gもあったんですよ。」
毎日ルビ君の体重を量りわかったのは、ルビ君の通常の体重は33~35g。
発情が始まると食欲旺盛になり、少しづつ体重が増え、発情の期間は約1ヵ月。
発情が終わると急に食欲が減り、というか元に戻り、体重も徐々に減るということです。
ですが、これは今回のように卵を産まなかった場合です。

「卵を産む為に、沢山食べて、体重を増やすのですよね?」
と、先生に聞くと
「そうです。通常なら次の発情は秋ですが、夏にもう一度発情するかもしれませんね。」
「先生、なんとか卵は避けたいのですが、どうしたらいいのでしょう?」
「このヒトを・・・いじめることはできますか?」
「いじめるそ、それは・・・無理です。溺愛することはできますが、いじめることはできそうにありません。」
「そうですか。ちょっといじめると発情が止まったりするんですよ。」
「先生、やっぱり私の飼い方がよくないから発情するのでしょうか?6時には寝かせた方がいいと本に書いてありますが、うちの場合、6時頃から放鳥して、たんまり遊ばせて、人間と同じ時間に寝るんです。」
「光周期は理想です。このヒトにとっては飼い主さんと遊ぶ時間が大切です。このヒトは病院に来る時は怖がったりしませんか?」
「病院用のケージに入れると嫌がりますが、すぐに慣れるみたいです。」
「病院がストレスのヒトなら、病院に爪切りに来るだけでシューッと発情がおさまるヒトもいますよ。あとは、発情が始まったら、ダイエット用の餌に切り替えて、太らせないことですかね。」

インコのダイエット食を購入し帰宅しました。
幼鳥の時、ルビ君の蝋膜はうっすらとブルーだったのですが、今や完全に茶褐色。
まぎれもなく女の子です。

rubi58.jpeg
少し前のルビ君。
鼻がうっすらブルーです。


rubi59.jpeg
今のルビ君。
鼻が茶褐色。
手乗りです。
我が家では手乗りのことを
「お手乗りインコさん」と言います。
























インコだぁーい好き | インコ様 ♪ 愛鳥成長録  | TB(0)  | Page Top↑
夫の実家(六)  04/07/2019  
『夫の実家』の続きであるが、先にネパール料理について少し触れておこうと思う。
といっても、今はとても便利な時代であり、『ネパール料理』で検索すると、ダルバートという文字を目にし、大きな皿の上に白米と何種類かのおかずが盛られている料理を目にすることだろう。
ネットにも書いてあるが、ダルとはネパール語で豆、バートはご飯である。
日本で言えば、ご飯とみそ汁といったところだ。
何種類ものもおかずは、タルカリ(簡単に言ってしまえば野菜カレー)、マス(簡単に言ってしまえば肉のカレー)、青菜炒め、アツァル(トマトベースの辛いつけもの)である。

簡単に言ってしまえば野菜カレーとか肉のカレーと書いたが、日本のカレーとは違う。
されとてインドカレーのようなものとでも言おうものなら
「ネパールのカリーとインドのカリー、全然違います!」
と我が夫なんぞはきっぱり否定する。
インドのカレーに似ているけど、インドのカレーより香辛料が強くないカレーとでも言っておこうか。
そして夫の言う『カリー』とはカレー味だからカリーなのではなく、「おかず」なのである。
野菜カリーは野菜のおかず、肉カリーは肉のおかずで、野菜と肉を混ぜることはしない。

カトマンズで食事を作っていたのは夫だった。
ネットで出てくるようなダルバートを作ってくれることもあったが、それは稀で、大抵はご飯と野菜カレー、或はご飯と肉のカレーと、一品のことが多かった。

「村のごはんはカトマンズよりも美味しいです。すごーく、美味しいです。ワタシ、面倒くさいですから、いろいろ 作りません。でも、村、いろいろ作ります。野菜、肉、全部、フレッシュです。」
村へ行く前に夫はこう言った。

村で食事を作るのは夫の母親と夫の妹だった。
味付けはカトマンズの、夫が作るおかずとなんら変わりなく、カレー味だ。
おかずが何品並んだのかは忘れたが、毎日取れたての新鮮な野菜を食べるので、ある意味とても贅沢なことと言えよう。

若い頃から私は胃が弱く、インドカレーほど香辛料は強くないとはいえ、ネパールのカレーも、結構胃にくる。
主な香辛料はクミンなのだが、そこにニンニクとショウガがたんまり入り、青唐辛子が軽く2~3本入る。
かようなカレーを1週間も食べ続けると、私の胃はたちまち悲鳴をあげ、寝込む羽目になった。
胃を悪くした時は何を食べていたかというと、日本と同じでお粥である。
お粥をすすり、胃薬を飲み、回復するのをひたすら待つ。
不思議なことに日本から持参した病院で処方された胃薬はネパールでは全く効かず、ネパールの病院で処方される薬、というのはインドの薬らしいのだが、インドの薬を飲まなければ回復しないのだった。

夫が家族に私が胃弱だということを事前に言ったのだろう。
普段であれば唐辛子を入れるのだろうが、私が滞在していた間のおかずには唐辛子は入っていず、唐辛子が入っていないおかずはネパール人にとってはさぞ物足りないものだったのに違いない。
皆、皿の上にナマの青唐辛子を置き、青唐辛子を齧りながらダルバートを食べ、なんだか申し訳なく思ったのだが、だからといって「私のことは気にせず、どうぞ唐辛子を入れて下さい。」とは、御身が大切な私には言えないのだった。

前回、村に到着して3日目頃に虫らしきものに刺され、狂いそうなほど痒くなったことを書いたが、これも3日目頃だったと記憶している。
それまで、皆同じ食事を食べていたのだが、3日目頃から夫&夫の家族の夕食と私の夕食がかわったのである。
おかずは同じなのだが、主食が違う。
私の皿には白米、夫達の皿には茶色のぐんにゃりした物が盛られた。
「それ、何?」
夫に聞くと
「チョコレートケーキだよ。」
と夫。
しかしこの村にそんな気の利いた物などないことは私にとて容易にわかる。
確かに型に流す前のチョコレートケーキに見えなくもないのだが、しかしながら、夫には悪いが、夫の実家にいる水牛のフンとも見た目は似ている。
「チョコレートケーキは冗談です。これはネパール語でディロ。英語では・・・、なんて言うかわかりません。」
「美味しいの?」
と聞くと
「美味しいです。」
「私も少し食べたてみたい」
と言うと
「ダメ!アナタはダメ!お腹痛くなったら、ワタシ、困ります。」
こう言われると味見は断念せざる負えない。
医者のいないこの村で、腹をこわそうものなら大変であるからして、自分だけ白米を頂き、少し申し訳ない気持ちになった。
「きっと白米は貴重なもので、客である私の分しかないんだ。」
心の中でこう思ったのだった。

翌日、この茶色のぐんにゃりした物の作り方を見ていたら、大きな鍋に水を入れ、それを火にかけ、お湯になったところで、少しづつ粉を入れ、かき混ぜていた。
何度も何度もかき混ぜているのだった。

当時、私は日本とネパールを行ったり来たりしていた。
帰国し、ふと頭に浮かんだのが『麦こがし』だ。
とはいえ、私は食べたこともなければ見たこともなく、その名称を本で見て知ったのか、聞いたことがあったのかすら覚えていない。
当時はパソコンもなかったので、今も愛用している辞書で麦こがしを調べたところ
「大麦をいって粉にしたもの。湯でとき、砂糖を加えて食べる。」と書かれている。
砂糖は入れていなかったが、ディロは麦こがしに近い食べ物のような気がした。
だが、文字だけでは味がわからない。
そこで
「ねえ、麦こがしって、知っってる?食べたことある?」
母に聞いてみた。
「なんだい、唐突に。麦こがしねー。戦後、物のない時代に食べていたみたいだけど・・・、こうせんとも言うらしいけど・・・、わたしゃ、知らんよ。そんなもん、食べたことないもん。」
「じゃあ、お母さんは、何食べていたの?」
「普通のご飯よ。白いご飯。」
ってなわけで、もうすぐ後期高齢者になる我が母も麦こがしは知らず、その後麦こがしのこともディロのことも気に留めることなく今に至り、これを書くにあたって夫に聞いてみた。
「ねえ、ディロってさー、麦の粉なの?」
「麦だけじゃないです。そばの粉も入れます。」
「へー、そうなんだ。味はあるの?」
「甘いです。でも砂糖の甘いではありません。自然の甘いダヨ。ディロは麦だけじゃありません。アナタ、村行った季節は麦。でも、モンスーンシーズンはトウモロコシのディロ。トウモロコシのディロも甘くて美味しいダヨ。」
こう言うと、夫は私にディロを見せるために、パソコンに「dhido」と打つ。
「ねえ、ディロじゃなくてディドなの?」
「書くと話す違います。話す時はディロです。」

「Nepal dhido」で検索すると、ディロのYouTubeが見れる。
便利な世の中になったものだとつくづく思う。
だが、辞書と同じで、味はわからない。

「ねえ、あの時、私だけ白いご飯だったけど、米がなかったから私だけご飯だったの?」
「はっアナタ、何言いますかワタシのうち、村で一番大きい土地持ってるうちですよ!米、たーくさん、あります。村の人、米よりディロが好きです。」
「あなたもディロが好きなの?」
「もちろん。子供の時から食べている物ですから、大好きです。」
夫の家は米を節約するほど貧しいのだと私は長年思っていたのだが、どうやら食に関しては貧しくはないようだ。

ネットで麦こがしを検索してみたら、はったい粉というのが日本でも手に入ることがわかった。
ネパールと同じ味ではないかもしれないが、そのうちディロを日本で再現しよう、いや、夫に再現させようと思っている今日この頃。


早いもので、ルビ君が我が家に来てから、もうすぐ半年です。
インコ年齢早見表を見ると、半年は人間の年齢にすると14歳らしく、ルビ君は我が家に来る2ヵ月位前に生まれたので、人間で言えば16歳くらいなのかもしれません。

3月19日、ルビ君が吐き、翌日慌てて病院にかかり、吐き気は1日でおさまったので、「よかった、よかった」なのですが、その日あたりからルビ君の体重が少しづつ増え、今、ルビ君は発情の真っただ中にいます。
「この時期は仕方ないです。みんな、盛り上がっている時期ですから。」
と、先生は仰っていましたが、ルビ君は一体、ひとりで何に盛り上がっているのでしょうか?
気温が上がり、それに盛り上がっているのでしょうが、だがしかし、ルビ君は寒い1月にも発情し、ひとりで盛り上がっていました。
発情の対象は・・・、わかりません。

只、いつの頃からかはわからないのですが、ルビ君が私にキスをするようになりました。
私がごろんと寝転びながらテレビを見ていると、ルビ君がパタパタと飛んできて、私の閉じている口にむぎゅぎゅぎゅぎゅっと自分の嘴を突っ込み、嘴は私の口をこじ開け、歯に到達します。
そして私の歯を嘴でクチュクチュくクチュクチュと軽く突っつき、かなり濃厚なキスをしてくれるのです。
このルビ君からの濃厚キスは1度のみならず、1日に何度もされ、飼い主としては嬉しい限りなのですが
「ひょっとして、発情の対象は私?」
と思ったりしております。
ちなみに濃厚キスは夫にもするのですが、夫にするのはたまーにで、圧倒的に私にします。
今は亡きラニ君は夫にベッタリでしたが、ルビ君は、これもいつの頃からかはわからないのですが、今は私にベッタリで、
「ふたり、仲良しですね。」
夫が嫉妬する仲なのです。

今は毎日体重をはかり、産卵しないことをひたすら願うばかりです。

rubi54.jpeg
普段私が使っているカップです。
ルビ君が歩いてきました。
ルビ君、何故かこのカップを好んでいます/span>

rubi51.jpeg
そして、入ってしまいます

rubi55.jpeg
カップの中でウトウトすることもあります。























インコだぁーい好き | ネパール  | TB(0)  | Page Top↑
夫の実家(五)  03/21/2019  
暫く滞ってしまいましたが、長らく滞っている夫(ネパール人)の実家での体験記の続きを書こうと思います。
「今更書くのもな~」
と思いつつ、途中で投げ出すのもなんなので、ゆっくりながらも書き上げます。
ご興味ある方はカテゴリのネパールをチラ見してみて下さい。

夫の村での生活3日目のことだった。
痒みで、早朝に目が覚めた。
初めは足の裏側が痒く、見ると、膝から下の足の裏側全体に赤い発疹が出ている。
「足の後ろに赤いブツブツが沢山あって、すごく痒いよ。背中も痒いんだけど、背中にも赤いのある?」
夫に言いうと
「ある、ある。背中も、たーくさんある。どうしたんだ?」
どうしたと言われても私にもわからない。
だがしかし、心当たりがなきにしもあらず。

当時私はアジアの貧乏旅行記なる本をよく読んでいた。
貧乏旅行だから、みなさんが泊まる宿は1泊数百円の激安宿で、そこに決まって登場するのが「南京虫」という虫である。
当時はスマホもなければネットも普及していず、『南京虫』を深く追求することもなく、恐らくダニのようなものだろうと勝手に想像していたのだが、これを書くにあたってネットで調べみたら、トコジラミであった。
とはいえ、トコジラミといっても、知らない。
シラミは聞いたことはあるが、トコジラミは初めてである。
そしてこの南京虫ことトコジラミに刺されると非常に痒いらしのだ。

「ねえ、ベッドに虫がいるんじゃない?きっと虫がいるんだよ。」
私が言うと
「ワタシのうちに虫はいません。ワタシの家族、みんな大丈夫です。」
自分の家に難癖つけられるのは夫もおもしろくないらしく、きっぱり言い放った。

とはいえ、この痒み、非常を通り越して、異常に痒い。
気が狂わんばかりの痒さとでも言おうか。
痒くて痒くて、虫がいるかもしれないベッドで、手の届く範囲を掻きむしりながら、のたうち回る。
そんな私を見て
「どこかで虫がついたのかもしれない。」
夫が「虫」を認め、
「今、着ている服は全部脱いで、他のに着替えろ。」

服を脱いだところで痒みがおさまることもなければ発疹も消えない。
時間がたつにつれて痒みは増すばかり。

午前中だったと記憶しているが、
「夜になったらドクターが来るから、それまで我慢して。」
夫が言う。
電気もガスも水道もなければ、店一件すらないこの村に医者がいるとは驚きである。
「ドクターがいるの!いるなら、夜じゃなくて、今すぐ診てもらいたい。我慢できないよ。」
と言う私に
「夜じゃないとダメなんだ。」

夫の実家は夜になると、人が集まる家だった。
この村に初めて来た外国人の私を見に来たのかもしれないが、毎日3、4人の男が来て、夫の父親と長々とお喋りをし、酒を飲み、夕食を食べて帰って行く。

その日も3人の男が来た。
その3人は私が村に到着した日から毎日来ていた男であり、前日、前々日同様、夫や夫の父親と喋ている。
「医者はいつ来るのー?」
医者を待ちわびていた私に
「今からこの人がアナタの痒いを治します。」
夫の言う「この人」は3人の中のひとりで、人を外見で判断してはいけないのだが、一番ひどい身なりをしているお爺さんであった。
肩より長い髪は、自然にできたドレッドヘアーとでも言おうか。
整えていないから、下の方で髪が絡みあい、団子状になっている。
全身黒の服は埃で灰色になっており、こう言っては悪いが、また今となっては死語であろうが、見た目は乞食である。
「本当に、本当に、この人が医者なの?」
と言う私に
「そうです。この人がこの村のドクターです。」

家の外に出、村のドクターは私にしゃがむように言う。
私がしゃがむと、村のドクターは私のすぐ後ろにしゃがみ、何事か唱え始めた。
ひとしきり唱えると、フーフーと後ろから息を吹きかける。
後ろからの息は、正直言ってあまり気持ちのいいものではない。
「これはマントラです。この人の言葉、誰もわかりません。この人だけがわかる言葉です。この人、すごいパワーがある人です。」
と夫が言い、村のドクターは呪術師だったのである。
マントラというのは、日本で言えばお経のようなものだと思われる。

マントラ&息の吹きかけは10分位行われ、終わると、村のドクターはポケットから小さな物を取り出し、私の手の平に置いた。
軟膏である。
「軟膏か・・・。」
なんだか拍子抜けであった。
と同時に
「この軟膏、塗っても大丈夫なのか?余計に悪化したりしないのか?」
心配になったが、ここではマントラとわけのわからぬ軟膏に頼るしかない。
発疹は体の後ろ側全体に出ているから自分では手か届かず、夫に軟膏を塗ってもらう。

呪術師に会ったのは、実は初めてではない。
ネパールの首都カトマンズでも呪術師に会い、診てもらったことがあるのだが、これを書き始めると長くなるので、この話はまた別の機会にしよう。

で、マントラの威力はどうだったかというと、効き目なし。
「ねえ、マントラなんて全然効かないじゃん。」
ボリボリと足を掻きむしりながら夫に言うと
「アナタの痒いには効かないのかも・・・。でも、マントラ、効きます。あの人、すごいパワーあります。これホント!」
と夫。
「何に効くのよ?」
「あの人、マントラから、人、殺せます。」
「殺せるの!じゃあ、嫌いな人、みーんな殺しちゃうじゃない!」
「ダ、ダメなんです。ネパール、マントラで、人、殺しちゃダメなことになっています。」
「じゃあ、パワーがあるかわからないじゃない。」
「・・・・」
暫し沈黙した後
「でもマントラ、パワーあります。これ、ホント。」
全然説得力がないのだが、夫がマントラを信じていることだけはわかった。

痒みが引き、発疹が消えるのに10日位かかり、自然治癒したと言えよう。
20年以上たった今でも原因はわからない。
しかしながら、私は今でも、原因は夫の実家のベッドだと思っている。
なぜって、ネパールの村はどこもあんなもので、いや、むしろ他所の家より夫の家はマシなのかもしれないが、それにしても村のベッドはアジアの激安宿と似たり寄ったりだ。
以前に書いたかもしれないが、ベッドといっても木で作った台の上に布団が敷いてあるだけで、その布団はえらく古いせんべい布団。かけてあるシーツは古いから汚れているように見えるのか、或は一度も洗濯をしたことがないのかはわからぬが、「えー、ここで寝るの!」と驚いたほどだったのだから。


数日前のことです。
その日は私は仕事、夫は休みでした。
帰宅すると、いつものように夫が出迎え、次に愛しのルビ君がサーッと肩に止まり、お出迎えしてくれました。
夫が休みの日は、どうやらルビ君は朝からずーっと放鳥され、一日中遊んでいるようです。

夕食時、ルビ君は決まって私達人間の食事に興味津々になり、すきあらば盗み取りしようと狙っています。
ルビ君の餌はペレットなのですが、ルビ君がしつこいので、夕食時だけ少量のシードを与えます。
シードを食べ、満足すると、ルビ君は部屋の高い所に夫がこさえた遊び場へ行き、遊んだり羽繕いしたりします。

夕食を終え、ゴロンと横になりながらテレビを見ていた夜9時半頃、パラパラと音がしました。
なんの音だろうと思いつつもテレビを見ていると、パラパラパラパラと音は続き、見ると、遊び場にいるルビ君が吐いているではありませんか。
「ルビ君、おいで」
と呼ぶと、ルビ君は下へ降りて来て、羽を膨らませぐったりし、そして助を求めるかのように私の手の上に乗ってきました。
「うわー、ルビ君、具合悪いんだ。どうしよう。」
と言う私に
「うーん、明日、病院に連れて行くしかないよ。」
と夫。
しかし、その明日は私も夫も仕事です。
それに夫は自分の病院も言葉が不安でいつも私が付き添っているくらいであるから、病院へ連れて行くのは私しかいません。

ここで悩みました。
午前中に病院に連れて行き、病院後出勤するかと考えましたが、病院は予約制で、いつも混んでいます。
午前中に予約が取れるとも限りません。
それに運よく午前中に診てもらえたとしても、具合の悪いルビ君を置いて仕事に行くのは不安です。
仕事に行き、夜の最終の時間に病院へ行くということも考えましたが、そうなると休憩時間に病院へ電話をするしかなく、これまたうまいこと最終の時間に予約が取れるとは限りませんし、仕事をしている間中、ずーっと心配でなりません。
なぜこんなに心配するかというと、私がルビ君を溺愛しているということもあるでしょうが、体の小さな小鳥は人間と違い、具合が悪くなると早いからです。
人間であれば1日様子をみるのでしょうが、小鳥の場合、1日様子を見ている間に死んでしまうこともあるようで、だから私はラニ君の時もそうでしたが、ルビ君に対しても体調面には敏感になってしまうのです。

翌朝、いつもならばギリギリまで寝ている私ですが、ルビ君のことが気になっていたので、いつもより早く目覚めました。
ルビ君を観察すると、昨夜よりは元気があるようなのですが、よくわかりません。
「大丈夫かな?仕事、どうしよう?」
などと考えながらルビ君を見ているうちに、刻々と時間はすすみ、
「もういいや。こんなに心配なのだから休んでしまえ。」

会社を休み、病院オープンと同時に電話を入れると、午前中は11時から手術が入っているらしく、それより前の時間は一杯で予約が取れず、一番早い時間で5時でした。
ルビ君はというと、午前10時頃から少し元気が出てきて、餌を食べ始めました。
前日の夜に殆どを吐いてしまい、お腹がすいたのか、ガツガツと食べ、一安心はしましたが、しかしながら心配なので病院にはかかることにしました。

診察室に入ると、まず体重を量ります。
35g。
先生に昨夜のこと、そして今は元気になったことを話すと
「食べすぎでしょう。」
「食べすぎ・・・。先生、インコが食べすぎるなんてこと、あるんですか!」
と驚くと
「あります、あります。」

食べ過ぎと聞いて思い当たることがありました。
ルビ君の餌はペレットで、毎朝私が計量スプーンで4gを量り、餌箱に入れます。
前日帰った来た時にルビ君の餌箱を見て、「あれ?全然食べていない。」と思い、きっと夫が私のいない間にたらふくシード(ルビ君の好きな殻付きの餌)を与えたのだと思ったのです。
吐いた餌もシードでした。

先生にそのことを言うと
「男ってそうなんですよ。食べると嬉しくなっちゃって、ついついあげちゃうんですよ。シードをあげちゃいけないわけではないのですが、あげても小指の先くらい、ほんのちょっとだけです。ご褒美にあげるくらいにした方がいいです。今も、少しオエッとしていますから、まだ少し気持ち悪いのでしょう。」
「先生、ここのところ33~34gだったのですが、3日前から35gなんです。これって、もしかして発情でしょうか?」
と聞くと、先生はニヤリと笑いながらルビ君の骨盤をチェックし
「少し開いていますねー。発情ですね。でも、今は他のヒトも発情の時期なんですよ。」
「先生、このままにしておくと、卵を産むのでしょうか?」
「卵を産むかどうかはわかりませんが、このヒトが年に2回の発情であれば、それは正常なことなので特に心配する必要はありません。」
「年に2回以上だったら、注射ですか?」
「いや、注射はしないで、ストレスをかけるとかで対処した方がいいです。」
「今の発情を抑えるのはどうしたらいいのでしょう?」
「まあ、今はみんなが盛り上がっている時期ですからねー。餌をあげすぎないことです。夜は餌箱を取ってしまってもいいです。」
「あと、この子、焼き芋の柔らかいところが好きみたいで、食べたがるのですけど、焼き芋はあげてもいいのでしょうか?」
「糖分がありますからね。焼き芋はあげないで下さい。」
「小松菜、ちんげんさい、豆苗とか、色々試しているんですけど、この子、野菜を食べないんです。ペレットを食べていれば、野菜はあげなくてもいいですか?」
「いやー、ペレットも完全食ではないですから、野菜はあげた方がいいです。タンポポとかハコベとかも試してみて下さい。」

胃薬と吐き気止めをもらって帰宅しました。
仕事から帰宅した夫に、私が怒ったのは言うまでもありません。
夫も心当たりがあったのでしょう。
「わかりました。今日からルビ君におやつ、あげません。」
いつまで続くかはわかりませんが、ルビ君は私達にとっては宝物です。
健康で長生きしてもらいたいので、私が夫を教育するしかなさそうです。


rubi42.jpeg
子供の時のルビ君の写真が出てきたので、記念に載せます。
まだ頭が黒く、お子様の顔です。


rubi39.jpeg
ルビ君はよく、この斜めの角度で「おやつ頂戴」とおねだりをします。
夫はこの顔に弱いらしく、この顔をされるとシードをあげたくなってしまうそうです。


























インコだぁーい好き | ネパール  | TB(0)  | Page Top↑

早いもので、もう2月。
今日は我が家の宝物、昨年10月19日にお迎えしたセキセインコのルビ君の話です。

これまで私はインコの餌の量を意識したことが全くありませんでした。
というのは、私のインコの基準は昨年9月に亡くなったラニ君です。
ラニ君は近所の大型量販店で売っている安い餌を好み、初めてセキセイインコを飼う私は「こんなもんでいいか」と計量スプーン1杯の餌を与えていたのですが、ラニ君はバカ食いすることもなく、それどころか毎日沢山残していました。
「インコって、自分の体に合った量しか食べないのだな。」
こう思っていたのですが、今にして思えばラニ君は少食だったのでしょう。

前回、ルビ君の体重が増えていると書きましたが、ブログを書き終えた後に体重を量ったら37g。
「ありゃ!ラニ君より6gも重い。」

そして翌日、その日は元旦でした。
いつものようにルビ君の体重を量ったら38gあるではありませんか。
「うゎこりゃ、まずいわ。」
37gは、37gなのですが、なんとなく35gの仲間のような気がし、まあ、2g位、頑張ればすぐに痩せられるという気もしないではありません。
しかし、38gはちょっと違います。
こう思うのは私だけかもしれませんが、38gは40gの仲間です。
油断すると2g位、あっという間に増えてしまいます。

家に1冊だけあるインコの本を開きましたが、インコの餌の種類のことは書いてあるのですが、インコに与える量と体重については書かれていません。
そこで『セキセイインコ ダイエット』とネットで検索してみたところ、インコの標準体重は30~40gと書いてあるものもあれば、30~35gは普通、35~40gはがっちり型、40g以上は太り過ぎと書かれているものもあり、どちらにしても40g以上はデブということです。
そしてインコの餌の量は体重の10%と書かれており、丁度ルビ君と同じ38gのインコさんの例が載っていました。
そのインコさんの餌の量は4gと書いてあり、今まで適当に与えていた計量スプーン1杯の餌を量ってみたら6~7g。
「餌の量を減らさないとなんらんわ。」
と思った私は、善は急げで、我が家から徒歩2分のところにある、大抵の物ならなんでも売っている大型量販店へ行き、0、1gごとに量れるスプーン型のクッキング用の計量器を購入しました。
2千数百円也。

殻付きの餌の場合は殻の分と食べこぼしの分も考慮しなくてはならないようですが、ルビ君の餌はペレットで殻を吹く必要はありません。
また食べこぼしもしていないようなので、そのまま素直に量ればよく、買ったばかりの計量スプーンに餌を出し、4gにすると、今までよりかなり少なく、今まで与えすぎていたということがわかりました。
ルビ君には可哀想ですが、、しかし太り過ぎるともっと可哀想なことになります。
インコの場合、飛べなくなり、あとは人間と同じで病気になるようなのです。

こうして1月2日から、ルビ君のダイエットが始まりました。
しかし、これまた人間と同じでなかなか痩せません。
37gになり、「痩せた、痩せた」と喜んでは、翌日は38gになっていたりで、ルビ君の体重に一喜一憂です。

1月10日のことでした。
その日は私は仕事、夫(ネパール人)は休みでした。
仕事を終え帰宅し、ルビ君の餌入れを見ると、私が与えていない、かつてラニ君に与えていたシード(殻付きの餌)の殻が沢山あるではありませんか。
餌は毎朝私がセットします。
計量スプーンで量りながら餌を与えるなんてことは夫には無理だからです。
ついでに言うと、水にネクトン(ビタミン剤のようなもの)を入れたり、青菜を与えたり、ケージの掃除も、ルビ君のお世話は全て私がしており、夫は何をしているのかというと、ルビ君と遊ぶこと専門です。
自分がルビ君をペットショップから連れ出したくせに、全くもって、無責任なのです。

話は少しそれましたが、いつもと違う餌入れの様子を見て
「ねえ、ちょっとルビ君におやつあげたでしょ
やや怒り気味に言うと
「ワタシ、あげてません。」
夫はこう言うのですが、顔がにやついています。
すかさすルビ君の体重を量ると、なんと39gあるではありませんか。
「ちょっと、ルビ君におやつあげちゃダメって言ったよねルビ君、39gだよ39gって、わかる?あと1gでデブの仲間なんだよ。ルビ君、肥満児だよ
「ヒ・マ・ン・ジ?それ、何?」
夫は日本語の日常会話はできるのですが、『肥満児』のような、普段あまり使わない言葉はわかりません。
「ヒマンジとは、太った子供のこと
「そうなんですか。」
「そうなんですかじゃないよ。いい、絶対にルビ君におやつあげないでね。わかった
私が強く言うと
「わかった、わかった、わかりましたよ。」
夫はこう言い、ルビ君に向かって
「ヒマンジ。ヒマンジ君。」
覚えたての言葉を発し、
「またひとつ、日本語、覚えました。」
と喜び、全くもって能天気なのです。

4gの餌は、ルビ君にとっては少ないようでした。
ペレットはインコが齧ると粉になり、仕事から帰ると、2つの餌入れの2つ共が、粉しか残っていません。
帰宅するとすぐに少量のシードを与え、体重測定し、放鳥します。
そして私達が床につく時間にルビ君も就寝なのですが、朝、餌をセットする時、2つの餌入れを見て驚きます。
洗ったかのようにピカピカになっており、どうやらルビ君が粉を舐め、粉まで舐めるほどルビ君はお腹がすいているということなのでしょう。

39gになった翌日からは38gが続きました。
もう少し餌を減らすべきか悩みましたが、これ以上減らすのも可哀想ですし、またネットには素人判断で減らすのもよくないようなことが書いてあり
「できればあと1gか2g減ってほしいけど、でも、まだデブじゃないのだから、これ以上太らなければいいか。」
私の気持ちも妥協に変わっていきました。

1月27日のことでした。
いつものようにルビ君の体重を量ったら37g。
「痩せた、痩せた。」
と喜んだ私ですが、その翌日からは36gになり、舐めるまでして食べていた餌を残すようになり、2月4日、仕事から帰り、ルビ君の餌入れを見ると、朝セットした時のまま餌が残っており、量ると4g。
餌を全く食べていず、好物のシードを与えたら、いつもであればがっつくように食べるのですが、食いつきがよくありません。
「もしかして、病気
少し前までは肥満を心配していたというのに、痩せたら痩せたで、今度は病気の心配です。
翌日、かかりつけの病院に朝一番の予約を入れました。

先生はルビ君を見るなり
「あっ!このヒトは女の子です。」
「え先生、鼻のあたりがうっすらブルーなので、男の子じゃないですか?」
「いやいや、鼻のここを見て下さい。ピンク色でしょ。」
ルビ君の鼻の下を先生は指し
「このヒトは女の子です。」
「女の子ってことは、また卵の心配があるのですよね?」
「そうですね。」
先生は苦笑いをされました。

体重を量ると34g。
これまでの経緯を話すと、先生は「あちゃーっ」という顔をされ
「発情ですね。急に体重が増えたんじゃないですか?」
「そ、そうです。12月半ば過ぎから急に増えて。1月はずーっと38gもあったんです。」
「骨盤は開いていないので卵の心配はありません。」
「先生、餌を食べないのはペレットに飽きたのでしょうか?」
「発情が止まったからでしょう。でもペレットも何種類か食べられるようにしておいた方がいいです。入荷しないということも考えられますから。」
「発情ということは病気ではないからこのままでいいということでいいのでしょうか?」
「見たところとても元気そうですから大丈夫です。一番大事なのは発情させないことです。」
「この子の発情スイッチがわからないのですが・・・」
「まずは温めすぎないことです。ヒーターも取っていいでしょう。」
「もし、また発情してしまったらどうしたらいいでしょう?」
「餌を減らし、夜は餌入れを取ってしまってもいいですよ。」
「あと、先生。この子の体格からすると体重はどのくらいがいいのでしょう?」
「うーん、35g前後ですかね。今回みたいに増えると発情です。」

病気でないとわかり一安心したものの、女の子と聞いて、複雑な気持ちです。
これまで私も夫もルビ君を男の子だと思い込んでいたので、ルビ君を『ルビバブ』とか『バブ』と呼んでいました。
バブとはネパール語で、赤ちゃんや幼い男の子に対して使う言葉で、ちなみに幼い女の子はナニ、或はナヌ、自分より年下と思しき男性はバイ(弟)、自分より年下と思しき女性はバイニ(妹)、自分より年上と思しき男性はダイ(兄)、自分より年上と思しき女性はディディ(姉)と呼びます。

病院から帰ると、早速私は夫がルビ君のケージにかけた5枚の毛布を取りました。
「人間も寒いのだからインコも寒いです。」
というのが夫の言い分なのですが、女の子とわかった今、「過保護は禁物」なのですが、これがなかなか・・・。
「わかっちゃいるけどやめられない」です。
ルビ君のケージの中にある電球ヒーターとヒーターの熱が逃げないようにケージを覆ったビニールを外すべきかどうするか、ケージの前で躊躇っており、とりあえず玩具を変えるという、意味不明なことをした私です。


rubi22.jpeg
カメラを向けるとすぐにこちらに向かって飛んでくるルビ君

rubi18.jpeg
100均で買ったリースで揺られるのが最近の好みのようです。
それにしても、ラニ君にそっくりになりました。


rubi35.jpeg
ラニ君は見向きもしなかったペンギンのおもちゃ。
このおもちゃに私が「ペンギンの子」と名前をつけ、
ルビ君に話しかけ、ちょっと意地悪な事も言うからでしょうか?
ペンギンの子を攻撃するルビ君。
しかし、ペンギンの子が発情の原因かもしれませんね。

























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