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ルビ君の事  09/12/2022  
昨年2021年の夏、不慮の事故でルビ君(セキセインコ・黄色い子)が肩を脱臼し、飛べなくなった。
(詳細は2021年9月のブログ『アクシデント』に書きましたので、ご興味のある方はご覧ください。)
正確には全く飛べないわけではなく、低空を少しは飛べるのだが、本人が大好きだった、夫(ネパール人)が高い所にこさえた遊び場に行くことはできなくなった。
また、痛みとショックだと思われるが、昨年は元気がなかった。
が、今年に入ってから段々と元気を取り戻し、目に輝きが出てきた。

その後、夫が遊び場の横に、ルビ君とパルの為にへんてこな大きなハシゴ風の物を作った。
もう美観も何もあったんもんじゃない。

ある時、ふと見ると、ルビ君が高い所にある遊び場にいるではないか。
「ねぇ、ルビ君が高い所にいるよ。のせたの
と、夫に聞くと
「いいえ、ワタシ、やってませんよ。」
「嘘つくんじゃないよ。ルビ君、ひとりで高い所には行けないんだから。危ないからダメだって
と怒ると
「本当に、ワタシ、やってません。」
と夫。
なぜ高い所に行かせたくないかというと、脱臼したルビ君の羽はコントロールが上手く効かず、思った所に飛べないことが多い。特にに要注意なのが、下へ降りる時だからだ。

そして、数日後、夫が嘘をついていなかったと判明。
夫がこさえた美観の悪いハシゴの木をルビ君がよじ登り、自力で遊び場へ行っているのを目撃し、びっくりする。
「そんなにまでして、遊び場に行きたかったのか・・・」
と思い、同時に夫を疑ったことも少し反省し、以来ルビ君の好きなようにさせていた。
というのは、高い所でパルと遊ぶルビ君がすごく楽しそうにしているからだ。
但し、以前ルビ君がぶつかった壁には大きな布を下げ、ルビ君とパルを放鳥する時間は主に夜なのだが、ルビ君とパルのケージの置いてある部屋、というのは人間の寝室なのだが、必ず布団を敷き、極力ルビ君から目をはなさないようにしている。

3月のこと。
いつものようにルビ君とパルが高い所にある遊び場で遊び、そこからパルが自分達のケージのある寝室に向かって飛び、ルビ君もそれに続いて飛んだ時であった。
「あっルビ君が・・・」
と私が声をあげてすぐ、バランスを崩したルビ君が布団の上ではなく、その部屋の角に置いてあるたったひとつの家具、ライティングデスクの足と壁の間に挟まるように落下した。
いくら気をつけて見ていても落ちる方が早い。

ルビ君は脱臼した方の羽をぶつけたようで、急いで歩いて自分のケージに戻った。
ケージに戻るとルビ君は羽ばかり気にし、その様子からして「痛いのだな。」とわかる。
「ねぇ、ルンブー(ルビ君のこと)痛いみたい。大丈夫かな~?」
と私が言うと、夫がルビ君を掴みぶつけたと思われる羽を見る。
「この赤いの・・・血かな?ルンブー、病院に連れて行った方がいいかも。」
と夫。
こういう日に限っていつも木曜の夜で、かかりつけ獣医さんは金曜が休みだ。
食欲があるので大丈夫ではないかと思いつつ土曜朝一で獣医さんに電話し、午前中の予約を取る。

診察室に入り、木曜の経緯を先生に話すと、先生は丹念にルビ君の羽を診て
「折れてはいません。人間で言えば打撲でしょう。へたに痛み止めを飲むと胃をやられたりするので、ビタミン剤を出します。1週間後にまた診せて下さい。」
「先生、この子、昨年脱臼して以来、放鳥する時もなかなか外に出て来なくて、ケージの外は怖い場所と思っているんでしょうかね?」
と言うと
「このヒト達は怖かった事は忘れないんです。いつまでも覚えているんですよ。」
「先生、壁に布下げたり、布団敷いたり、この子から目を離さないようにはしているのですが、どこに落ちるかわかりませんし、あっという間に落ちちゃいますから・・・どうしたらいいんでしょう?」
「そうですね。私は皆さんにクリッピング(羽切り)をお勧めしています。うっかり窓を開けたままにして悲しい思いをした人達を沢山見ていますから。但し、飛べなくなるので、今度は踏まないように気をつけなくてはなりませんけど。あと、もしクリッピングをするのならこのヒトだけでなく、もうひとりのヒトもしなくてはなりません。『なんで私は飛べないのに、あの子は飛べるの?』とこのヒト達は比べますから。」
「先生、クリッピングをすると一生飛べなくなくなるんですか?」
「いやいや、そんなことはありません。羽ですからすぐに伸びます。人間の髪の毛と同じです。まあ、クリッピングについては考えてみて下さい。」

クリッピングを知らなかったわけではないが、これまでうちの子にクリッピングすることは考えたことがなかったので、ネットで調べると、賛否両論。
「嗚呼、そんな事もあるんだ。」
と思ったのが、吹き抜けのある家。
その方のお宅には飛べるようになったばかりの幼いインコがいて、子供だから飛ぶのが楽しくてしょうがない。
初めは飼い主さんの近くを飛び回っていたのだが、飼い主さんの手が到底届かない吹き抜けの窓枠まで飛んでしまい、どうやって捕まえたのかは忘れてしまったが、この件以来クリッピングをしていると書いてあった。
まあ、これは余談であるが、私はクリッピングに関しては賛成でも反対でもない。
ルビ君とパルが幸せであればどちらでもいい。
夫と相談し、クリッピングをしても羽は伸びるということだから、一度試してみる、ということになった。

1週間後、獣医さんに診てもらう。
いつも通り先生はルビ君の羽を伸ばし、丹念に診て
「うん、大丈夫そうですね。」
「先生、夫と相談しクリッピングをしてみようかとなったのですが・・・」
「そうですか。クリッピングは3回に分けてします。いきなりバッサリ切ってしまうとこのヒト達もショックを受けますから。じゃあ、やりましょうか。」
「えっ先生、今、するんですか?」
「そうです。ちょ、ちょっと待って下さい。まだ心の準備ができていないので、来週、もうひとりも連れてきますので、2人揃った時にお願いします。」

1週間後、ルビ君とパル、2人(正確には2羽)を連れて病院へ行く。
「最初なので、ほんの少しだけにしますから、あまり変わらないと思います。」
と仰ると、先生はルビ君とパルの羽をいとも簡単にパサッと切り
「持って帰られますか?」
と仰る。
「はっ
何のことかわからず、聞き返すと
「羽です。持って帰られるのでしたら包みますが。」
「あー、いいです、いいです。処分して下さい。」
「じゃあ、次はまた1週間後で。」
と先生は仰り、1回目のクリッピングを終える。

ほんの少ししか切っていないとのことだったが、脱臼し肩が下がってしまったルビ君は低空も飛べなくなり、少しジャンプするだけ。
これ以上切る必要はないと思われた。
パルは先生が仰ったようにあまり、というか殆ど変わらず、ケージから高い所の遊び場をバタバタと飛ぶ。
だが、ルビ君が飛べなくなったせいか高い所に行く回数がめっきり減った。
1週間後に2人の状態を先生に伝えると
「じゃあ、もうクリッピングはしなくてもいいでしょう。様子を見て、何かあったら電話を下さい。」

この1回のクリッピングで飛べなくなったルビ君は、昨年のように元気がなくなってしまった。
ルビ君とパル、2人でカーペットの上やテーブルの上で遊ぶのだが、少し遊ぶとルビ君はすぐに自分のケージに戻ってしまう。
不憫でならない。
『子供の時からクリッピングをしている子ならいいのかもしれないが、飛ぶ喜びを知っている子にクリッピングは無理なのか?でも、壁にぶつかって、万一死んでしまったら、もっと後悔するし・・・。どうしたらいいのか?』
と思いつつ、6月か7月にルビ君とパルの健康診断をするつもりだったので、その時に先生に相談することにする。

そして2人を健康診断に連れて行く予定の6月になった。
が、7月初旬のブログに書いたが私の悩みの種、薬で騙し騙し耐えていためまいが、ついに限界を超えた。
大学病院へ行き、それまで「なんともない、ストレスではないか」で片付けられていためまいが持続性知覚性姿勢誘発めまい、略して『PPPDめまい』と判明し、ルビ君達の病院へ行くのも無理な状態で、幸いルビ君もパルも元気だったので
「体調が良くなって、涼しくなってからにしよう。」
と、健康診断は先延ばしにした。

そして、クリッピングから約半年たった今、2人の羽は伸び、クリッピングをしても何も変わらなかったパルは今まで通り、少しジャンプするだけで悲しそうに自分のケージに戻っていたルビ君は低空だが飛んでいる。
しかも以前より距離を伸ばしている。

ある時、ふと見ると、ルビ君が高い所の遊び場でパルと遊んでいるではないか。
以前夫が作ったへんてこな大きなハシゴはとっくの前にとっぱらった。
「ねぇ、ルビ君、上に乗せたでしょダメだって、何度も言っているよね。どうしてわからないの
と、夫をどやすと
「ワタシ、してません。ルンブー、自分で乗りました。」
と笑う。

数日もしないうちに夫が笑った理由がわかった。
夕食後、夫は必ずパソコンに向かい、ルビ君が夫の肩に止まる。
パソコンの上には遊び場がある。
我が家は昔和室だった部屋にフローリングを敷き、壁紙を洋風に変えた部屋なので、和室のなごりが残っている。
溝のない鴨居というのか横木というのかわからないが、壁に木が渡っていて、その上はルビ君達が歩くのに丁度いい幅であり、またその木を使って遊び場も作った。

パソコンに向かっている夫は
「ルンブー、そろそろ行きたい?行きたいね~。」
と言うと立ち上がり、肩にいるルビ君が夫の肩から壁の横木に飛び移り、遊び場へ行く。
「ほらね。ワタシ、何もしてませんよ。立っただけ。」
と夫が笑いながら言う。
高く飛べないルビ君でも夫の肩から横木に飛び移ることはでき、ルビ君なりに考えたのだろう。
「ルビ君、なんて頭がいいんだ。頭がいいし、お顔も可愛い
親馬鹿発言をしてしまう私。

そして今は、夫の肩に止まっている時に首を傾げてチロッと遊び場を見る。
行きたいという意味だ。
「ルンブー、行きたいね。降りたい時、パパに言うだよ。」
と言うと、夫がルビ君を横木に乗せる。
暫く遊び場でパルと遊び、遊び疲れたら上から「降りたい」という合図を送ってくる。
ソファーで寝っ転がっている私と目が合うのだ。
「ねぇ、ルンブー、降りたいみたいよ。」
と、夫に言うと、夫がルビ君を降ろす。

こうしてルビ君にはクリッピングが合わないということはわかったが、以前のように壁にぶつかる可能性は十分あり得る。
狭い部屋を見渡しながら、
「何かいい方法はないかな~?」
と考えはするのだが、また家から1分の所に大型ホームセンターもあるというのに・・・、全然いいアイディアが浮かばない。
とりあえず、ライティングデスクの足に発泡スチロールを巻いて、その横の壁にも布を張るつもりだが、「目指せ無印のようなシンプルな家」が、どんどん正反対の方向に向かっていく。
可愛いルビ君の為、それに誰も来ないのだから、ま、いいっか!

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ルビ君が大好きな籐のブランコ
齧ってボロボロになってきたので新しいのを買わなくちゃ


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夫がこさえた遊び場
2人にとって、ここは一番楽しい場所


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2人は気が合います。
「どっちか1人が死んじゃったら、どうなるのか?」
私と夫が時々する会話です。
考えたくないけど、いつかは・・・。

















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インコだぁーい好き | インコ様 ♪ 愛鳥成長録  | TB(0)  | Page Top↑
2月に造影剤CTを受けた。
その結果だが、最近この病気のことを書いていないので、まずはかるーく、これまでの経緯を振返ってみたいと思う。

かれこれ10年近く、私は機能性ディスペプシアという病気と付き合っている。
機能性ディスペプシアは機能性胃腸症とも言われるし、同じ病気の人達の間では略してFDとも言われている。
昔で言えば慢性胃炎や神経性胃炎と片付けられていた病気らしいが、機能性ディスペプシアの場合、検査をしても異常がなく、異常がないのに『炎』をつけるのはおかしいとなり、この難しい名前がつけられたそうだ。

症状は人それぞれ。
胃痛、早期膨満感、吐き気等々、胃の不快症状であり、私の場合は吐き気なのだが、気持ちが悪くて胃がムカムカすると言った方が適切かもしれない。
ムカムカしているのだが、吐くことはない。

原因は、ネットには色々書かれている。
私の場合は子供の頃から胃が弱く、気持ち悪くなりやすかった。
大人になったらそこにストレスが加わり、ストレスを感じるとムカムカし、約10年前は仕事のストレスマックス。
「原因はストレスだろう、ストレスに違いない!」
自己判断ではあるが、そう思った。

初めの頃は2、3日食事に気をつけていれば回復したのだが、段々と回復するまでに日数を要すようになり、1週間、酷い時には1ヵ月、ずーっとムカムカしているようになった。
消化器内科では消化器内科で出せる全ての薬が出されたが、効かない。
機能性ディスペプシア用のアコファイドという薬も飲んだが、残念ながら私には全く効かなかった。

出す薬がなくなりお手上げとなると、消化器内科は精神科に回す。
『ストレス=精神的な事』となるからだろう。
後でわかったのだが、私の場合、初めの病名は機能性ディスペプシアとなっていて、精神科に回した時は躁うつ病となっていた。適当なものだ。

回された先の精神科の医師もまた困っていた。
「ムカムカして気持ち悪いのが続いていて、気持ちが悪いからご飯が食べられない。」
と言うと、「食べられない」を優先する、というか精神科としてはそちらを優先せざる負えないのかもしれない。
精神科の薬の副作用には食欲が増進され、それによって太るという薬が多い。
その副作用を使って、まずは食べられるようにすると言うのだが、何か違う気がした。
『ムカムカ』が無視されているから一向によくならないのだ。
また、辛いものだから、あっちの病院こっちの病院と、何件受診したかわからないくらいドクターショッピングもしたが、どこへ行っても良くならない。

今は、このブログに頻繁に登場する、我が家から歩いて5分のWクリニックのW先生に診てもらっている。
我が家と実家は徒歩7、8分で、つまり私は地元の人間であり、20代の頃はよくWクリニックにお世話になっていた。
その頃の先生は今のW先生の多分お父様ではないかと思われるのだが、私が20代の頃に既におじさんだったので、私がおばさんになったのだから先生はお爺ちゃん。
あまり若い医者も「この医者、研修医じゃないの?大丈夫?」と思うし、あまり年を取っていても「昔の医学で止まってんじゃないの?」と心配になり、なんとなく疎遠になっていた。

5、6年前だと思うが、当時かかっていたのは、隣駅のS総合病院の精神科で、ジプレキサという薬を処方されていた。
大きな病院は担当医が毎日いるわけではなく、精神科は月2回とか1回の予約診療であり、本当に具合が悪い時にかかることができない。
具合が悪くてどうしようもなかった私はダメ元で近所のWクリニックへ行き、久しぶりにかかったWクリニックは世代交代していて、現在のW先生が医院長になっていたのだ。

W先生は初対面の時からすごく感じがよかった。
医者にしては珍しくきさくで、それに、これまで書いたことはなかったが、ちょっとかっこいい
顔は全然違うが、俳優の大森南朋さんのように、イケメンじゃないけど味があり、我が夫(ネパール人)も「先生、かっこいい。」と言うくらいだ。
ちなみに私、大森南朋さん、好きなんです。

話はそれたが、今処方されているジプレキサという薬は消化器内科では出せない為、精神科にかかっていること、また飲んではいるがあまり効かない等、これまでの経緯を話すと
「ジプレキサも、それ以外の薬もうちで出せます。」
とW先生は仰り、だったら近い方がいいと思い、以来W先生にお世話になっている。
先生は「何でもやってみよう。」と、一生懸命考えて下さり、私が食べられず酷い時には点滴、そうでない時は西洋の薬、漢方、サプリと、色々試みた。

私はというと、自分なりにどういう時に気持ち悪くなるか分析してみた。
まずは食べる量。
満腹になるまで食べてしまう日が続くと気持ちが悪くなることがわかり、もう少し食べたいと思う位というのは恐らく腹八分だと思われるが、それでも気持ち悪くなり、私の場合腹半分以下でもいいような気がした。
とはいえ、調子がいい時はついつい食べてしまい、食べては気持ち悪くなり、治ってはまた羽目を外し寝込むの繰り返し。
「もう絶対に繰り返さない。」
自分自身に言い聞かせ、少ない量に慣れたのはここ最近である。

次に食べ物の質。
私は好き嫌いはないのだが、この病気になってから、揚げ物、乳製品、生クリーム、甘い物、甘い飲料等々、食べられない、というより、食べたり飲んだりすると気持ち悪くなる物が増えた。
また、私はコーヒーが好きなのだが、これも飲んでなんともない時もあれば、1杯のコーヒーで気持ち悪くなってしまい寝込むということもあり、未だに気持ち悪くなる引き金がわからない物もある。
あと、寝不足は大敵である。
寝不足だと朝から気持ち悪い。

今、飲んでいる薬は、小建中湯、頓服でガスモチン、ナウゼリンかプリンペラン。
気持ち悪くてどうしようもない時はこれらにアタラックスを加え、食べ物はお粥かあまり味のないパン、そして水分補給。
これで1週間位安静にしていると治る。

「エコーをやってもいいかな~。」
W先生がこう仰ったのは昨年12月末か今年の1月。
拒否する理由はないので承諾する。
今年2月のブログに記載したが、エコーの結果、W先生が最近の論文で読んだ『正中弓状靱帯圧迫症候群』という病気の可能性が高く、もしこの病気だったら手術で治り、これまで食べられなかった物も食べられるようになり、人生が変わるとのこと。
ちなみW先生は何年間も私を診ているが、私がしばしば仕事のストレスを訴えていたので
「機能性ではなく適応障害ではないのか?はたまた、食べられないから接触障害なのか?でも本人はダイエットはしていない、食べられるものなら食べたいと言うし・・・、話している感じでは鬱ではなさそうだし・・・。この人の病気は一体なんなんだろう?」
と、ずーっと考えていたそうだ。

軽く書くつもりの前置きが長くなってしまったが、ここから2月のブログのつづきである。
エコー後はW先生の専門ではないので、紹介状を書いてもらい隣駅からバスで30分と辺鄙な所にあるS大学病院へ行く。
そこで造影剤CTを撮ったのが2月、その結果を説明する医師の予約が非常に混んでおり、3月末に結果となった。
で、結果はというと、正中弓状靱帯圧迫症候群だった。
「W先生はよくこんな病気を見つけられたな~。」
S大学病院の消化器内科の医師は驚いていた。
「まず、1ヵ月、様子を見て下さい。病名がはっきりしたことで、安心して治ってしまうという人が結構いるんです。」
長い間機能性ディスペプシア若しくは適応障害と思っていた病気が正中弓状靱帯圧迫症候群だと判明した。

結果については当然ながらW先生に報告し、W先生のところにもS大学病院の消化器内科の医師から手紙が来たとのこと。
W先生が調べたところ手術は腹腔鏡だったのだが
「S大学病院では開腹手術しか対応していないと書いてある。」
とW先生。
「先生、大学病院から腹腔鏡の病院を紹介してもらうということはできるんでしょうか?」
と聞くと
「できるよ。でも、もし×××病院だったら、即受けないで、家族と相談するとかなんとか言って。そしたら、僕がまた調べるから。あんな病院に行ったら殺されちゃうからさ。」
あえて病院名は書かなかったが、×××病院はよく聞く、結構有名な病院である。
「医者の間でこんな風に言われている病院があるんだな~」
と思う。

約10年苦しんできた病気の病名がわかった位でよくなることもない。
1ヵ月後のS大学病院の消化器内科の医師に
「特に良くなることもなく、変わりなしです。」
と言うと
「じゃあ、手術は消化器外科なので、そちらでで診てもらい、相談して下さい。それでですね、消化器外科といっても、この病気はそんなに頻繁に手術するような病気ではないので担当の医師が決まっていまして、K先生が担当なんですが、只今非常に混みあっていまして、5月末になります。」

5月末、消化器外科のK医師の診察を受ける。
「消化器内科の○○先生からの紹介ということですね。」
と、まず言われる。
消化器内科の○○先生には2回、それもほんの少ししか会っていないので名前も顔も覚えていないのだが、大学病院のシステムなのだろう。
「画像を見る限り正中弓状靱帯圧迫症候群だと思われますが・・・。症状は吐き気ということですが・・・。この画像では手術が必要か、また手術をして吐き気が治るかわかりません。手術して治らなかったらやった意味がないですから。あと、腹腔鏡を希望ということですが、うちは正規のやり方なので開腹になります。」
「腹腔鏡希望の場合はどちらかの病院を紹介して下さるのでしょうか?」
と聞くと、
「まあ、四谷とか・・・」
と、この話は曖昧で終わり
「この画像ではなんとも言えませんので、もう一度、検査をして下さい。エコーと造影剤CT。」
「はぁ・・・またですか・・・、わかりました。」
とは言ったものの、心の中では
「なんで一度でわからないんだよ。軽く検査って言うけど、造影剤CT、高いんですけど

7月末、エコーと造影剤CTをし、別の日に診察となった。
何度も書いて申し訳ないが、この病院は辺鄙な場所にある。
おまけに私はPPPDめまい(同じS大学病院にかかっている)で頭がクラクラしており、やっとの思いで外出している状態。
どうせなら1回ですませて欲しいのだが、検査はあいていればいつでもできるが、検査結果を待ち、K医師がいるのは1週間に1度の午前中だけ。
従って、2度行かざる負えない。

そして結果はというと、前回と同じ。
「再度検査をしてもらいましたが、前回と同じで、異常ではあるのだけど、だからといって手術が必要なほどではないんだよね。」
と言うと、K医師は私の画像と即手術となった人の画像を出し説明をするが、正直言って素人にはさっぱりわからない。
「血液の流れも、あなたの場合、別に滞っているわけでもなく、ちゃんと流れているんだよね。手術して吐き気が治らなかったら意味がないから、少し様子を診せて下さい。あなた、体重がないのだけど、吐き気があるからそうなったの?」
「はい。」
と答えると
「それが悪循環なんだよ。食べないとダメなんだよ。」
「・・・・・・・・・・・」
「太って下さい。この病気は太れば治るんです。高カロリーの物を食べなさい。」
「あの、それは無理で」
と、「す」を言う前に
「初めから諦めちゃいけない。とはいえ食べられないんだったら、高カロリーのジュースを出します。甘いジュースね。これを1日2パック飲んで下さい。体重は毎日計らなくていいから。毎日量ると逆に痩せてがっかりすることもあるから1ヵ月に1回量ればいいです。半年かけて太って下さい。それでも治らない時は・・・、その時また考えます。何か質問は?」
「ありません。」
と言い、そそくさと診察室を出た。
「この人、全然わかっていない悪循環って、気持ち悪いのに食べれるわけないだろ!10年前は今より6㎏以上太っていたんだよ。痩せたくて食べないんじゃなくて、気持ち悪くなるのを防ぐ為に我慢に我慢を重ねた結果が今なんだってば!太れって、何㎏太ればいいんだよ!」
と、心の中は煮えたぎっていた。
こう書くと私がガリガリに痩せていると思われる方もいるかもしれないが、BMIでは痩せ気味に入っていて、まだ痩せすぎではないし、私より痩せている人も街に出れば沢山いる。

普段は最寄り駅に近い、空いている薬局で薬を受取るが、ジュースは初めてなので病院前の薬局で受け取る。
「ミルク味、バナナ味、コーヒー味、抹茶味がありますが、どれにしますか?」
薬剤師に聞かれるが、飲んだことがないのでどれがいいのかわからない。
「全てをまんべんなく頂くことはできますか?」
と聞くと、できると言われ、4つの味にした。
暫くすると
「今、全てをご用意できないので、ある分だけお渡しするようになります。とりあえず、1箱分、今、お見せします。」
と、薬剤師が言い、1箱を渡され驚く。
200ml入りの小袋が24袋。
液体だからすごく重い。

この日は夫が付添っていて
「私ひとりで来なくてよかった。」
と思い
「あの、これがあと何箱あるんですか?」
と聞くと
「4箱です。」
「え歩きで来ているので、持ち帰るとしても1箱が限界です。残りは郵送して頂けませんか?」
と言い、残り4箱は郵送となる。

ジュースの名はラコール。
まず定番と思しきミルク味を飲むが、甘いジュースとは聞いていたが、練乳を水っぽくしたとでも言おうか、強烈に甘い。
常温ではとても飲めないので、冷やす。
冷やしたところでまた飲むがやっぱり甘く、氷で薄める。
医師から「甘いジュース」と聞いた時、嫌な予感がしたが、その予感が的中した。
飲んだ後、気持ち悪くなった
吐き気止めのプリンペランを飲み、それでも気持ち悪いのでガスモチンも飲み、1日寝込む。

1パックで寝込んだ私としては二度と同じ思いはしたくない。
医者は1日2パックと言ったが1日1パックにし、それを半分に分け、氷で薄め、昼と夜、2回に分けて、1時間位かけてチビチビ飲むことにした。
それでも飲みたくない時があり、半分は飲み、こんな事をしてはいけないのだろうが、残る半分は夫に飲ませたり、へたすると夫が1パック飲むこともある。

どの味もベースはミルクっぽい味で、私にとって1番甘いのがミルク、抹茶が比較的甘さ控えのように感じたが、どの味であれ甘いということに変わりない。
ところが
「まあまあ、美味しいです。」
と夫は言い、一気飲みし、飲んだ後に気持ち悪くなることもない。
ラコールは私が苦手なだけで、決してまずいジュースではないようだ。
それにしても後から4箱届き、狭い部屋がダンボールだらけだ。

数ヵ月前、
「絶対、正中弓状靱帯圧迫症候群だよ。手術したら治るよ、治ったら人生、変わるよ。食べたい物が食べられるんだから。治ったら、何、食べたい?」
と、W先生に言われ
「う~ん、急に言われても思いつきませんが、美味しいお酒が飲みたい。」
なんて、手術は少し怖いが、明るい兆しに喜んでいた私だが、つかの間の喜びとなった。
今後、S大学病院の消化器外科にかかる必要があるかどうかは、主治医のW先生に相談するつもりだ。

【朗報】
散々書いて朗報というのもなんですが、長年機能性ディスペプシアの治療をしていても治らない方、参考までに『正中弓状靱帯圧迫症候群』で検索をして頂ければと思います。
最近わかった病気なので難しい事が書かれてあるサイトばかりですが、1件、わかりやすく書かれてあるサイトがあり、すぐにわかるかと思います。
W先生曰く、正中弓状靱帯圧迫症候群は最近、僕ら医者の間ではちょっとブーム。
機能性ディスペプシアと診断されて実はこの病気だったという人が結構いるそうです。
私は残念な結果になりましたが




話は我が家の可愛いインコさんになります。
前回、パルが夫の首を嘴でツンツン・クチュクチュしている写真を載せましたが、最近の2人の距離は更に更に縮まりました。
懐くと可愛いのでしょう。
仕事を終え帰宅する夫は、玄関から
「パルたーん
と言いながら、部屋の中に入ってきます。

夕食を終えルビ君とパルを出す時は、必ず夫がケージの扉を開けます。
パルがまず夫の肩の上に乗り、例の夫の首ツンツン・クチュクチュをするからです。
「パルたん、もっともっともっと、早く早く早く。」
と夫が言うと、パルの嘴もせわしなく動き、もう2人の間では日課になっているようです。

そうそう、ルビ君のことで書き残しておきたいことがあるのですが、私の病気話が長くなってしまったので次にしましょう。

rubi0001.jpeg
夕食時のルビ君とパル
写真のように2人がくっついている時は、
「デートしてる」と私と夫は言っています。


rubikun02.jpeg
2人がトウモロコシを拾い食べするのに夢中な時は、
「ホームレスしてる」と私と夫は言っています。
あくまでも我が家での言葉であり、偏見などはありません。


















病気と付き合いながらの生活 | 病(機能性ディスペプシア・PPPDめまい)  | TB(0)  | Page Top↑
パルの一大事  07/25/2022  
かなり前に受けた造影剤CTの結果の事やルビ君の事やら、自分の為の記録として残して置きたい事は色々あるのだが、毎日ぼんやり生きていても何かしら起き、今回は比較的最近起きたパル(セキセインコ・写真だと白×ブルーの子)の事と、人間というのは夫(ネパール人)と私だが、人間の事を書きます。


まずはパルのことから。
7月14日の夜のこと。
我が家では人間の夕食時にルビ君とパルもおやつを食べる癖を夫がつけた。
ルビ君とパルに好かれたいからだ。

昨年ルビ君が羽を脱臼して以来、おやつ時間を見直した方がいいと、私は思った。
というのは、羽を脱臼したルビ君は全く飛べないわけではないが、コントロールが上手くできない。
人間の食べ物の中に入ってしまうこともあると冷や冷やしていたからだ。
しかし
「大丈夫ですよ。あなた、心配しすぎ。ルンブー(ルビ君のこと)、ちゃんと見てます。頭、いいですから。」
と、夫は聞く耳もたず。

そしてある日起こった。
私が心配していたことが。
私のあと2口程残ったスープのお椀の中にルビ君が誤って落ちたのだ。
残り少ない冷めたスープだったからよかったものの、もしこれが熱々のスープだったらと思うと・・・、ゾっとする
「ルビ君はもう普通の体じゃないんだよ。こういう事があるから、おやつは危ない物がない時!私達がご飯食べた後にして!」
と怒り、夫も納得。
以来、我々人間はさっさと夕食をすませ、さっさと後片付けをし、ルビ君とパルにおやつを与えている。

おやつは野菜、主に細く切った人参、茹でたトウモロコシ、あとはその時々によってシード(インコの餌)である。
シードは私は与えたくないのだが、先に書いたように、夫がルビ君とパルに好かれたいが為に「ちょっとだけ、ちょっとしかあげませんよ。」と言いながら、与えてしまうのである。

おやつ時間、さっきまでトウモロコシを食べていたパルが突然バタバタと天井に近い所を飛び始めた。
居間と寝室は二間続きになっており、パルはいつも寝室の鴨居と夫が居間の高い所にこさえたインコの遊び場を行き来している。
普段なら2往復くらいすると静かになるのだが、この時は何往復もし
「パルちゃん、バタバタしないで。おやつ食べなさいよ。」
なんて、初めは言っていたのだが、5往復を超えたあたりから
「ねぇ、なんか、いつもと違うよ。変だよ
と、私が言うと
「そうだね。なんか、変だ
と夫も言い、夫がパルを捕まえ
「見て、見て、パルの口!」
夫がパルを私に見せる。
パルの口から糸状の物が出ていて、それを夫が引っ張ると、糸状の長い物が出てきた。
糸状の物は、なんと、トウモロコシの髭

今の時期トウモロコシは旬なので、我が家では皮をはいで茹でるのだが、髭の取りのぞき方が雑だった、といういうより、髭のことまであまり考えたことがなかった。
人間でも髭が口に残ると不快だが、小さな体のパルにとっては不快どころか相当に苦しかったのだろう。
飲み込むこともできなければ吐き出すこともできず、バタバタと何往復も飛んだのは苦しくてもがいていたのかもしれず、もしかしたら窒息死する寸前だったのかもしれない。

無事トウモロコシの髭から解放されたパルはまたトウモロコシを食べ始め、私と夫は『トウモロコシの髭に要注意』という教訓を得たのだった。


次は人間のこと。
『パルちゃんトウモロコシ髭事件』から遡ること3日の7月11日月曜の朝のこと。
「なんだか、かる~く、頭、痛い。」
と夫。
以前にも書いたが夫の頭痛はよくあること。
「頭、痛いなら、休んだら。無理しなくていいよ。」
と、当初も現在も病気休職中の私が言うと
「大丈夫ですよ。カロナール飲みます。」
と言うので、カロナールを飲ませ、予備に1錠持たせ
「仕事中も痛かったら、無理しないで早退しなさいよ。」
と言い、送り出す。

18時少し前、夫から電話が入る。
いつもはLINEなのに珍しいな~と思いながら電話を取ったら
「今から帰るけど、なんだか、喉がいたいだよ。」
「え喉が痛いの頭は?」
「頭はすこーしだけ、痛いけど、大丈夫です。」
「ねぇ、喉って・・・、コロナ・・・かもよ。病院に電話するから、そのままうちに向かって。」
と言い、電話を切ると、どこの病院にかかるべきか考える。

時間が時間なので、どこの病院も夫が最寄り駅に着く頃には閉まっている。
近所の総合病院に救急外来があるが、喉が痛いくらいで救急にかかるのも気が引けるし、今日PCRをやっても検査結果は恐らく明後日だろう。
となると、いつも通り、私のかかりつけのWクリニックがよかろうと考え、Wクリニックに電話をする。
受付の方に夫の症状を話すと
「今日は医院長先生、これから往診に出てしまうんです。」
「そうですよね~。明日はどうですか?」
「明日なら大丈夫です。明日の16時に来て下さい。知っているとは思いますが、病院に着いたらすぐ中には入らず、病院前からお電話下さい。」
と言われる。

18時過ぎ、夫が帰宅。
「明日4時にWクリニックでPCRだよ。もし○○(夫のこと)がコロナだったら、私もコロナになっちゃうよ。やだな~もう、コロナ男あっ、会社に連絡、どうしよう?」
私の会社は家族でもPCR検査をする前には必ず報告をすることになっている。
しかし、先に書いたが私は休職中である。
「会社に行っていないんだから連絡なんていらないよ。バカ
ムッとしながら夫が言う。
「じゃあ、2人共コロナだったら?」
「当分会社に行けないんだから余計な事言わなくていいんだよ。バカじゃないの、バカ、バカ
私の『コロナ男』に夫は気分を害したらしく、私は夫の『バカ』連発にムカつく。

我が家では力は夫の方が断然強いが、口は私の方が強く、全ての権限を持っているのも私だ。
「あのさ、4月にコロナになった時、あなたの持って来たウィルスで私もコロナになったんだよ。わかってる?それに1年前、あなたが持って来たつよーい風邪菌が私にうつって、風邪ひいて、ハント(ハント症候群です)になって、それからずーっと毎日めまいで、PPPDめまいになって、仕事できなくなっちゃってるんだよ。わかっているか
「・・・・・・・・・・・」
夫、無言。
「そうだ、そうだ、前にコロナになったら入院と思っていたから、入院準備してあるんだった。あなたがコロナで、私が違ったら、あなた、PCR受けたら家に入らないで、東京都のホテルに行って。服だけ詰めればいいようになっているから。」
と、入院用のボストンバッグを夫の前に出すと
「えっホテル、行くの?ワタシだけ?アナタは?」
「あなただけだよ。一緒にホテルに行ったら、意味ないじゃん。私がうつっちゃうでしょ!」
「ホテルって、どこ?」
「そんなの知らないよ。東京都のどっかだよ。」
「どうやって行くの?」
「迎えが来るって、前に聞いたよ。」
ひとりで何もできない夫はしょんぼりし、私はケケケっと笑う。
まあ、自分も感染していたら笑い事ではないのだが。
また一応加えますが、私がすごーく夫をいじめているように思えるだろうが、夫は何とも思っちゃいない。
私が何を言おうが夫にとって私は子供と同じらしく、しかも夫は超能天気。
しょんぼりしても3分もすればヘラヘラ笑っているのである。

翌日7月12日4時、夫と一緒にWクリニックへ行く。
「症状があるのはご主人だけ?○○さん(私のこと)は症状ないの?」
と受付の人に聞かれ
「私は症状、ないんですよ。」
と答えると
「症状がない人はPCR受けられないのよ。ご主人だけ、部屋に入って、○○さん(私)はここで待っていて。」
と言われる。

そして、ガウンを着たW先生登場。
「コロナ、すっごく増えてるよ。初めにご主人、PCRして、もし陽性だったら○○さん(私)もやろう。」
と私に言うと、夫のいる個室に入って行った。

検体を採取すると
「まだわからないけど、多分コロナじゃないような気がするんだよね。」
とW先生は仰り
「暑い、暑い。」と言いながらガウンを脱がれ、別室へ行かれる。

私も夫の咽頭痛には疑問があった。
普通と言っていいのかどうかはわからないが、唾を飲み込む時に痛いとか痛くて物を飲み込むのが大変だったりするものだが、夫の場合、上を向き、喉の左側の筋が痛いと言うのだ。
上を向かなければ全然痛くないと言う。

これまで夫は3回、私は1回、PCR検査を受けたことがあるが、結果が出るまでの20分はドキドキする。

そして20分後
「大丈夫。陰性でした。」
と、W先生。
頭痛薬と咽頭通を止める薬を出して貰い、私と夫はホッとするが、W先生は大忙しだ。
私達の後も15分刻みでコロナ症状でPCR検査を受けに来る人が待っているのだ。

それにしても、これを書いている現在は第七波、オミクロンB5、「感染者過去最多」と毎日テレビで流れている。
コロナが出始めたばかりの頃、こんなにもコロナ生活が続くとは誰も思わなかっただろう。
それに、その当時総理大臣だった安倍さんが、今はいないなんて、誰も想像していなかったと思う。
人生なにが起こるか、本当にわからないと、つくづく思う今日この頃。


paru01.jpeg
夫の首元を丹念にクチュクチュするパル。
我が家ではこれを『きもてぃいー女の子』と呼んでいる。
夫もパルも陶酔である。
ちなみ私には絶対にやってくれない。


paru03.jpegr
おやつ時間に必ずこれをするルビ君とパル。
私と夫はこれを『デート』と呼んでいる。


paru02.jpeg
パルの背中
ルビ君もパルも羽と羽の間が綺麗です。




















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めまい・病名判明  07/09/2022  
ここのところ私にとっての『予期せぬ出来事』が続いていますが、今回も予期せぬ出来事です。
楽しい話ではありません

6月6日月曜の朝の通勤電車内でのこと。
さっきまで普通だった左耳が突然ボワーンとなる。
ボワーンではわからないと思うので、もう少し伝わりやすい言葉を探すと、耳に膜が張った感じとでも言おうか。
耳は聞こえるのだが、喋ると自分の声が響き、結構、いやいや、かなり不快なのである。

この症状、初めてなったわけではない。
よくというわけではないが時々なる。
1時間位で勝手に治ることもあれば、耳鼻科に行かなくてはならないこともある。
これまでこの症状で5回位耳鼻科にかかったことがあり、病名は『耳管狭窄』。
耳と鼻を繋ぐ官が細いのだろうと言われ、細いホースのようなもので空気を通してもらうとすぐに治る。

今回も耳管狭窄だと思った。
勝手に治ればいいが治らなければ仕事帰りに耳鼻科に行こうと思った。
というのは6月と7月は私の会社が繁忙期で、休み辛いからだ。
で、仕事が終わるまで治らなかったので、帰りに最寄り駅のそばにある耳鼻科に直行する。

医師の前に座ったら、あら不思議。
朝から夕方までボワーンとしていた左耳が突然クリアーになり、普通に戻る。
「先生、すみません。さっきまで左耳が飛行機に乗った時のようにボワーンとしていたのですが、ここに座った途端治りました。」
と言うと
「いいですよ、そういう方は沢山います。まずは検査をしましょう。」
と言われ、聴力検査をする。

聴力検査を終え、医師の前に座ると
「耳以外に何か症状がありますか?」
と聞かれる。
去年ブログに書いたと思うが、丁度1年前、ハント症候群という病気になった。
聞いたことがない人も多いと思うが、私も自分がなるまで聞いたことがなかった。
帯状疱疹であり、私の場合、左顔面と左内耳に出た。
左顔面は曲がったが1週間で治り、左中耳は頭がクラクラしたりグラグラする『めまい』と言ったところでなかなか理解してもらえないのだが、脳みそを左右に揺さぶられているようなめまいとでも言おうか。
ハント症候群になって以来、毎日めまいに悩まされている。
そのことを医師に言い、
「ハント症候群の時に少し聞こえは悪かったみたいですが、1週間で良くなり、その後何件か耳鼻科に行きましたが、聞こえが悪いと言われたことは一度もありません。」
と加えると
「あ、そう。今日の検査だと、低音があまり聞こえてないんですね。メニエール病です。」
「えっ

『メニエール』のことは詳しくなくとも、その名を聞いたことがある人は多いかもしれない。
私もその病名だけは知っていたが、まさか自分がなるとは思っていなかった。
が、この時点ではメニエールの詳しい知識を持っていなかったので
「去年はハント、今年はコロナにメニエールか・・・。なんて運が悪いんだ!」
と、重く受け止めることはなかった。
「疲れている時になります。お薬を出しますが、ひとつ、シロップ薬があって、これが、まずいんですよ。オレンジジュースと相性がいいので、工夫して飲んで下さい。来週の月曜日、また診せて下さい。」
この日の診察は、これで終わり、隣にある薬局にいくと、薬剤師の方が袋に入ったイソ○○ドというシロップ薬を出し、
「これなんですが、ひどくまずい薬のようなんです。冷たくしたり、オレンジジュースや炭酸と割るといいみたいです。」
と仰る。

これまでかなりまずい漢方薬を飲んだこともあったので、医師や薬剤師さんがまずいと言っても、大丈夫だろうと思ったが、この薬の味は・・・、酷い!
甘い、酸っぱい、苦いの3つの味が混ざっており、飲み終えた後、少しの間気持ち悪い。
その後、一気に飲んで、オレンジジュースで口直しという方法が良いように思えたが、これも私の場合問題有り。
胃が弱いからだろうが、私はオレンジジュースを飲むと気持ち悪くなりやすく、オレンジジュースをうーんと薄めても、やっぱり気持ち悪くなり、イソ○○ドだけを飲む方法が私には一番合っているとわかる。

翌朝、
「なんか、体調、良くないな。」
とは思ったが、いつも通り出勤した。
仕事が始まり、10過ぎ頃から頭がクラクラする。
だが、これは毎日のことなので、
「あー、また始まった。」
と思い、このブログにしばしば登場する我が家から5分とかからない所にある、かかりつけ病院、WクリニックのW先生から出して頂いているセファ○ールというめまい止めを口に入れる。
この薬、本来は食後に飲むものなのだが、私の場合、効くには効くのだが2、3時間しかもたない。
だから毎日飲んではいても、頓服のようにめまいが出た時に飲み、なんとか仕事中のめまいに耐えている。

午後1時、薬の効き目が切れ、クラクラを超え、頭がグラグラしてきた。
パソコンの文字を見ていると目がチカチカし焦点が定まらず、椅子から転げ落ちそうな気さえする。
「なんか・・・、これって、まずいかも
とは思ったが、丁度昼休みの時間だったので、
「場所を変えて、薬飲んで、1時間休めば治るだろう。」
と思い、いつも昼食を食べている、職場の隣のビルのフードコートに場所を移す。

自分でもよく倒れずに運べたなと思うのだが、うどんを買う。
だけど頭がグラグラしていて食べるどころでなく、薬を飲んでめまいがおさまるのを待つ。
だが、全然おさまらない。
「こりゃ、ダメだ。早退だ。」
と思い、会社に戻ろうとしたが歩くのもきつく、自分で救急車を呼ぼうかと思ったくらいだ。
それでもなんとか会社に戻り、上司に状態を報告し、少しの間机に突っ伏して休み、早退する。

今となってはどうやって駅まで行き、電車に乗ったのか覚えていないのだが、恐らく帰る頃には少し薬が効きだし、ヨロヨロしながらも自力で帰れたのだろう。
最寄り駅に着くと、そのまま駅前にある前日行ったばかりの耳鼻科に直行する。
「先生、昨日の今日で申し訳ありません。いつもよりめまいが酷くて、頭がグラグラするんです。」
診察室に入りこう言うと
「じゃあ、別のめまい止めを出しますので、飲んでみて下さい。あと、ちょっと良くなったからといってすぐに仕事に出るのはやめた方がいいです。また、すぐめまいが出ますから。」
「先生、めまいが出たらサっと飲んでパっと治る薬なんて、ないんですか?」
「ないです。めまが出た時は休みなさい。そもそもメニエールは疲れている証拠なんです。」

その日からダウン。
いつもそうなのだが、酷いめまい(多分めまい発作)起こした後は歩くのもままならなくなる。
歩くのも大変なのだから階段などは更に大変で、会社に行くどころか、このブログに毎度登場する我が家から徒歩2分のスーパー併設の大型ホームセンターする行けない。
こういう時は無理はせず、繁忙期ともいえども会社は休む。
最も来てと言われても行けないのだが。

次の週の月曜日、耳鼻科受診の日なのだが、自力で歩いて行けそうになく、近所に住む母に車で送ってもらう。
おばさんの私の親だから、母は高齢だ。
集合住宅の2階に住む私が、手すりに捕まりながら物凄くゆっくりと階段を下りるのを見て、
「あら~、危なっかしね。ここの階段、急だから、落ちたら大変よ。」
と母。
余談だが、私も妹も病気だらけで、我が家で一番元気なのは一番高齢の母。
万一娘2人が先に逝き、自分1人が残ったらどうしよう、というのが母の心配なのだ。

耳鼻科ではまず聴力検査をし、その後名前を呼ばれ、診察室に入る。
「その後、どうですか?」
と医師に聞かれ
「先週の、いつもより少し大きなめまい以降、どうも体調が悪く、歩くのもままならないんです。いつもなら5分で歩ける所に3倍の時間がかかったりするんです。」
と、答えると
「聴力検査の結果を見ると、今日も低温が聞こえてないんですよ。診断書を書いてあげますから、仕事は当分休みなさい。あと、うちではたいしたことはしてあげられないから、紹介状を書きますから、大きな病院のめまい外来にかかって下さい。」
我が家の近所の大きな病院のめまい外来といったら、隣駅から徒歩15分のS総合病院か隣駅からバスで30分のS大学病院のどちらかになる。
S総合病院の方が近いのだが、この病院のめまい外来にはハント症候群の時にかかり、
「聞かれた事にだけ答えなさい。あなたはもう良くなっています。普通の生活をすればいいんです。」
と、えらく怒られ、嫌な思いをして帰宅したので、二度とかかりたくない。
「先生、この辺だとS大学病院が一番大きいですよね?」
と言うと
「そうだね。S大学病院がいいです、いいです。そこにしなさい。」
と医師は言い、そう言う理由もわかる。
医師の出身大学がS大学病院だったからだと思われる。
「めまい外来は金曜の午後なのだけど、今週行ける?」
「今週ですか・・・。行けるものなら早く行きたいのですが、今、自力で歩くのもきつくて・・・。」
「そうだね。無理しなくてもいいですから、また来週月曜にうちに来てもらって、その時に日にちを決めましょう。」

会社を休んでいる間、何をしていたかというと、『メニエール病』を調べていた。
どうやら治る病気ではなさそうで、うまく付き合っていくしかなさそうだ、ということがわかった。
ただ私の『めまい』と少し違うような気もしないではないのだが、素人にはわからない。

次の月曜というのは6月20日なのだが、この日も歩くのがままならず、しかも異常に暑く、母に車で送ってもらう。
この日は聴力検査の結果が少し良くなっており、体は辛いが早めに大学病院に行きたいという気持ちもあり、医師に紹介状を書いてもらう。
そして24日に紹介状を持ってS大学病院へ行くのだが、
「一体、私の体はどなっちゃったんだろう?」
と思うほど、6月初旬の少し大きなめまい以来、歩くのが辛い。
しかも外は猛暑で、一層辛い。

この日も母に車で送ってもらうのだが、大学病院までの道がわからないと言い、私も高齢の母に無理はさせたくないので、隣駅の大学病院行きのバス停の前まで送ってもらう。
「バスは大丈夫なの?倒れたりしないよね?」
という心配する母に
「多分大丈夫だよ。行き先は終点の病院なんだから、万一倒れても病院に運ばれるでしょ。」

紹介状があるといっても初診なので、相当時間がかかると思ったが、予想通り、かなり待った。
担当の医師は30代と思しき女性で、話しやすい方で一安心。
丁度1年前ハント症候群になったこと、以来毎日めまいがあること、これまでかかった病院名も聞かれたので伝える。
「あら、○○先生の所にも行ったんだ。その時、耳に水を入れる検査とかしなかった?」
「耳に水ですか・・・!そんな検査はしませんでした。」
「なんでしなかったのかしら・・・。」
と、医師は首を傾げた。

○○先生のことは昨年暮れか今年の初めに書いたよう思うが、めまいの本を沢山出されている方で、我が家から比較的近いところで週に1~2回だけ開院している。
それ以外の日は大きな病院にいるようだ。
そこで半夏白朮なんとかという漢方薬を出され、効いたと感じたのは残念ながら1ヵ月だけ。
それ以降、全く効き目を感じず、検査上異常はないのでストレス性のめまいとなり、薬の名前は忘れてしまったが、精神科で出されるような薬が出、カウンセリングを受けることになった。
抗なんとか剤というような薬でも効けばいいのだが、効き目を感じない。
また、カウンセリングも「こうすればいい」という結論にはなかなか到達せず、しかも高い。
従って、自然と足が遠のいてしまったのだった。

大学病院では沢山の問診票を書き、時間の都合上この日に検査をしたのは3つだけ。
検査全体の3分の1らしく、残る3分の2は8月である。
理由は、非常に混んでいるからだ。

検査が終わり、だいぶたってから私の名前が呼ばれ、診察室に入る。
「検査、お疲れ様でした。○○さん(私のこと)の病名ですが、ナンチャラカンチャラナントカカントカです。」
「はっ
あまりに長い病名なので一度聞いただけでは覚えられない。
「帰ったらPPPDめまいで検索してみて下さい。すぐに出てきますから。それと、○○先生(最寄り駅の耳鼻科)のと病名が違いますが、決して○○先生が誤診をされたわけじゃないですからね。で、この病気ですが、リハビリ療法と薬物療法があり、まずはリハビリ療法がいいように思います。」
と仰り、腕を前に伸ばし視線をそらさず首を振る絵のある紙を渡される。
「この体操を毎日やって頂くのですが」
と医師が仰ったところで
「先生、私めまいの本を何冊か持っていて、ハント症候群になって以来、この体操も含め他の体操も、朝晩毎日2回やっているんです。」
「そう。もう、やっているのね。そしたら・・・、一度待合室に出て待っていてくれますか。」
と言われ、診察室から出る。

少しすると、私の名前が呼ばれ、また診察室に入ると、
「A(私の担当医)の上司のⅠと申します。」
と、男性医師が挨拶をする。
上司と言っても、マスクをしていても、まだ若いとわかる。
「めまい外来はチームでやっているので、私から再度○○さん(私のこと)の症状を確認させて頂きます。」
と、上司のⅠ医師が仰り、確認が始まる。
「まず、1年前にハント症候群になり、その時大きなめまがをされたのですね。」
「はい。」
「めまいはフワフワめまいで、朝はめまいがなく、時間がたつにつれ、それも仕事中にパソコンの細かい字を見たり、スクロールするとめまいが増強されるのですね。」
「はい。でも、あの、フワフワではなく、どちらかと言えばクラクラなんですが・・・」
「フワフワでもクラクラでも、どちらでもいいですが、グルグル回るようなめまいではないということですよね。」
「はい。」
「1年間、頑張って、頑張ってリハビリ体操をしたのですね。」
「はい。」
「ハント症候群が出たのは左耳ですか?」
「はい。」
「あー、やっぱり。検査で出てます。でも聴力は問題なく、むしろ聴力はいいです。で、先ほどAから病名を聞いたと思いますが、PPPDです。リハビリ体操は頑張ってされているということですので、そのまま続けて下さい。で、お薬を飲んで頂きます。先ほど沢山の問診に答えて頂きましたが、○○さん(私のこと)はうつではありません。ですが、この病気には、なぜか抗うつ剤が有効でして、抗うつ剤を飲んで頂きます。但し、飲んで即効くわけではありません。効いてくるのは2週間過ぎたあたりからです。そしてこの薬ですが、副作用があります。全然感じない人も中にはいますが、大抵の方が感じます。例えば、吐き気、下痢、動悸というか心臓がバクバクしたりします。そういうのが出てもビックリしないで、我慢して続けて下さい。」
上司のⅠ医師はとてもテキパキしている方だった。
そして、レク○プロ10㎎、0,5錠が処方された。

帰宅後、「PPPDめまい」で検索したら、正式名は『持続性知覚性姿勢誘発めまい』。
ハント症候群も初めて聞く病名だったが、持続性知覚性姿勢誘発めまいも初めて聞く病名だ。
めまいの本は2冊持っているが本には載ってず、どうやら最近この病名がついたようだ。
内容を見ると、私の症状そのものだった。
そして悲しきかな、治る病気ではないような???

担当のA先生が副作用が心配だからとのことで、5日後、また病院へ行く。
説明通り吐き気と下痢が出たのだが、吐き気については副作用なのか、それとも以前より持っているもうひとつの厄介な病気の症状の吐き気なのかわからないと伝えると
「いつもと違う吐き気ではない?」
とA先生。
「うーん、いつもと同じような気がします。」
と答えると
「吐き気については、元々持っている病気の方なのか・・・?私もわからないけど、下痢はじきに止まるから心配しなくていいです。」
と仰られ、先生の言う通り、それから数日後に下痢は止まった。

今までずーっと「辛い、辛い」と思っていためまいの病名が1年かかって判明した。
それは非常に喜ばしいことなのだが、問題がある。
仕事をどうするかである。
休職中の今は家で穏やかな日々を送っていて、パソコンを打っていても、疲れたらすぐに横になればいい。
だが仕事はそうはいかない。
しかも私の場合、仕事でのパソコンの凝視とスクロールが一番めまいを増強させる。

自己紹介にも書いたが、私は仕事が嫌いである。
だけど、可能な限り社会と関わりを持っていた方がいいような気もするし、一方身体が一番なのだから無理する必要はないという考えもあって、要するに仕事に関してはとっても優柔不断なのである。
他の事は何でもスパッと決められるのに・・・。
次のめまい外来の時にA医師に相談するつもりだ。


本当は、前々からルビ君(セキセイインコ)のことで書きたいことがあります。
しかし、私のめまいの話が長くなってしまったので、ちょこっとだけ、本来書こうと思っていた事とは違いますが、ルビ君のことを書きます。
我が家にはルビ君とパルがいて、2人共可愛いのですが、
「あー、やっぱり、ルビ君は可愛い
と、つくづく思う時があります。

我が家では座椅子に座ってテレビを見るのですが、私の場所と夫の場所があり、私の場所の方がテレビに近く、ほどよくエアコンの風が来て、狭い我が家の特等席なのです。

夕食を終え、特等席で寝っ転がっていると、夫(ネパール人)がニヤニヤ笑いながら横取りに来ます。
「自分の所に行きなさいよ。」
と言っても、諦めの悪い夫はすぐには自分の場所に戻りません。
私の場所を陣取ろうと、小さな座椅子に無理矢理体をねじ込みます。
そんな時
「助けて、助けて、ルビ君、助けて~。」
と叫ぶと、脱臼してあまり飛べないというのにルビ君は私と夫の間に飛んできます。
そして、キっと夫を睨みつけます。
その姿たるや凛々しく
「わかった、わかった、ルビ君、ママをいじめません。」
と言い、夫はすごすごと自分の場所に退散します。
こんなことをされると、飼い主としてはたまりません。
可愛くて、可愛くて、目の中に入れても痛くありません。
ちなみにこの言葉、ネパールにもあるそうです。


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我が家のベランダで夫が作っているあわ穂です。
この時期、2人共、新鮮なあわ穂が大好きです。


rubikun102.jpeg
グリーンの長いのは青唐辛子です。
これも我が家のベランダで作っています。
これを好んで食べるのは夫です。
生のままバリバリかじりながら
ネパールカレーを食べます。





















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たまーにしか更新せず、しかもダラダラと長い文章で、読むのが辛いと思いますが、拍手やコメントを下さいましてありがとうございます。この場を借りてお礼申し上げます
前回の夫婦揃ってコロナに感染したことを書きましたが、その後のことも記録として残しておきます。

私も夫(ネパール人)も症状発症の翌日から10日間、且つ72時間前から熱が出ることもなく、従って熱を下げる為にカロ○ールを飲むこともなかったので、予定通り外出可になり、5月2日から出勤するつもりだった。
ところが、出勤予定の2日前の夜、というのは4月30日土曜の夜だが、
「なんだか、かるーく、頭、痛い。」
と夫が言い、カロ○ールを飲み、翌日も
「頭、痛いなー。また、カロ○ール、飲むか。」
2日連続で夫がカロ○ールに手を出す。

夫の「頭、痛い。」はよくあることとはいえ、コロナになったばかりなので心配になり、一方私は咳が出る。
一日中ではないののだが、一度出始めるとなかなか止まらず、汚い表現で申訳ないが、オエッとなるほど咳き込む。
「ねぇ、まだコロナが体に残っているってこと・・・ないよね?」
と2人で話し、ネットで調べてもわからなければ、日曜日だったので病院は休み。
救急車を呼ぶような症状でもなければ救急外来にかかるほどでもなく、外出可能になった時に来たショートメールに記載されていた『療養終了後も症状が心配な方』の電話番号に電話をする。
症状を言い、まだコロナが体に残っていることはあるのか、また外出可能になったが症状があるのに出勤してもいいのかと聞いたところ
「こちらではわかりません。症状についてはかかりつけの病院かPCR検査をした病院で、出勤についてはお勤め先に聞いて下さい。」
との返答。
こう言っちゃ、働いている人には申訳ないが、
「この番号、いらないんじゃない?」
と、思ってしまった。

長らく休んでいたので、いくら仕事嫌いの私でも休むのは気が引けるのだが
「万一ウィルスが残っていたら・・・」
と考えると、夫も私も無理して行くより行かない方が賢明だと判断した。
職場の人に感染させ、クラスターなんてことになったら・・・、大変である
それに自分達の体も辛い。

「ねぇ、またPCRとか言われたら・・・嫌だな~。また会社に連絡しないといけないよ。」
と私が嘆き、5月2日朝一番に私も夫も会社に連絡を入れ、9時になったらかかりつけのWクリニックに電話をし、これこれしかじかと状態を説明すると
「そうなんですよね。コロナになられた方、皆さん、療養期間が済んだ後も受診されていますよ。午前中は比較的すいているので、ご用意できたら、いつでもいいのでいらして下さい。」
行ってもいいということは普通の診察で、普通の診察ということはPCR検査はしないということなので、ひとまず安心する。

2人で診察室に入ると
「じゃあ、レディーファーストということで、○○さん(私)から。」
とW先生が仰り、咳のことを話すと
「咳はね~、続く人が多いよ。2、3ヵ月続く人もいるから。」
「えっそんなに続くもんなんですか~。」
「そうなんですよ。この前渡した咳の薬は飲んだ?」
「メ○コン、ずーっと飲んでいたのですが、咳が止まらないんですよ。」
と言うと
「じゃあ、レル○アを出すから、様子見て。使い方はわかるよね。」
「はい。」
去年夫から風邪を貰い、それがもとでハント症候群という病気になったのだが、その時も咳が止まらずレル○アが処方され、レル○アを吸ったら、すぐに咳が止まった。
吸うと書いたのは、使ったことがある方はわかるだろうが、この薬が喘息用の吸入薬だからだ。

次に夫の頭痛のことを話し、コロナなのか持病なのかわからないと言うと、
「どこが、どう痛い?」
とW先生に聞かれる。
夫の一番苦手とする質問である。
日本語が堪能ではないので、うまい言葉が見つからないらしく、まあ、日本人でも上手く説明できないことはよくある。
夫は頭の前頭部を手で指し、
「ここがギューッと痛いです。」
「えっ?後ろじゃなくて前なの?」
と私が聞くと、
「そう。前。先生、ずっと前、ここでCTしました。」
と夫が言うと、W先生がその時のデータを確認する。
「あー、そうだね。CT撮っているね。この頭痛は、怖い病気ではありません。緊張型頭痛です。これに効くのは意外だと思うけど葛根湯。1ヵ月分出すけど1ヵ月毎日飲まなくていいです。続けて飲んでみて、良くなったら止めて、また痛くなったら飲んで下さい。あとはカロ○ールを出すので、どうしても痛い時は飲んでいいですから。ロキ○○ンだけは絶対に飲まないで。あれ、ドラッグストアとかでバンバン売っているけど、僕ら医者は絶対飲まないし、患者さんに出す時もどうしてもって時に3、4日間分、仕方なく出すくらいです。よく効くいい薬なんだけど、あれに慣れてしまうと、どんどん効かなくなってくるの.。」
と、いつものように雑談をし、診察終了となる。

テレビのワイドショーでコロナが頻繁に取り上げられている頃、というのがいつ頃だったのか忘れたが、最後にもPCRをし陰性を確認したような記憶があるが、今は違い、こういうのも実際なってみないとわからないものだ。
ウィルスが残っているか否かはわからないが、1週間~10日間で人へ感染させる確率は低くなり、外出可。
とはいえ、外出可=完治ではなく、完治する人もいればそうでない人もいて、人それぞれというわけだ。

それから3日後の5月5日から夫が仕事復帰し、私はゴールデンウィーク明けから復帰をした。
私の会社はカレンダー通りの出勤だが、夫の会社に祝日は関係なく、ゴールデンウィークもない。
夫は超軽症、私は超・超軽症だったが、社会復帰まで3週間位かかった。
幸い2人共後遺症はない。

コロナに感染した者への職場対応と職場の人の反応はというと、まずは夫から。
夫の会社は中小企業で、先にコロナに感染した人の時は、朝礼で、
「○○さんがコロナになりました。」
と大々的に発表があり、夫の時もそうだったようだ。
出勤すると、夫がコロナに感染したことをみんなが知っており、数人の方から
「大丈夫?」
と、少し距離を取ったところから聞かれたそうだ。
先にコロナになった方は高齢の方と同居されているということで、症状は軽かったそうだがホテル療養したとのこと。
「○○さん(夫)は?」
と、皆に聞かれ
「ワタシはうちにいました。」
と、夫が言うと
「じゃあ、家族の人は?」
と職場の人達に聞かれ
「家族、みーんな、うつりました。みんなでうちにいました。」
と夫は答えたらしいが、人間の家族は私だけである。
同僚のおばさん達には
「あらら、みんな感染しちゃったの、コロナは厄介だわね。」
と、言われたそうだ。

意外だったのは、夫の療養期間中、誰もコロナに感染しなかったことだ。
夫は喉が痛いと言いながらも3日間勤務していたので、感染者が出てもおかしくないのだが、出ていない。
最もPCR検査をしなければわからないので、無症状や軽症で感染に気づいていない人もいるかもしれないが。

次に私の職場だが、従業員が何人いるのかは知らないが、大企業になるのだろう。
だからといって私がすごいわけではない。
物凄く沢山ある部署のひとつに身をおく、ただのパートのおばちゃんである。

夫の職場と同じように、私の職場も毎朝朝礼がある。
ここで発言をするのは上司なのだが、しばしば登場するのがMという男性マネージャーだ。
ちなみに殆どの人がMを嫌っている。
「体調管理に気をつけ、この部署からは感染者を出さないように頑張りましょう。」
と、Mは毎日のようにこれを言う。
「あれ、やめて欲しいよね。誰がなってもおかしくないのに、どういうつもりで言っているのか?」
陰ではみなこう言っていた。
また、私の職場はコロナ感染者が出ると
『○月○日○階で感染者がでました。消毒済なんとかかんとか・・・・』
というメールが流れるようになっている。

しかし、私の時はメールが来なかった。
感染した当事者にはメールが来ないのかと思い、同期入社で唯一なんでも話せるたったひとりの会社友達に
「メール来た?朝礼でなんか言ってた?」
と、療養中にLINEで聞いたら
「メールも来ないし、朝礼でも何も言わなかったよ。ただMの奴が、あれだけ毎日馬鹿の一つ覚えみたいにこの部署からは・・・と言っていたのに、ピタッと言わなくなったよ。」
とのこと。

そして出勤し、コロナ感染のことを知っている別の男性上司に挨拶をし、どうやら私の感染は隠ぺいしたと思われた。
従って私の感染を知っているのは一部の上司とひとりの友だけ。
ということは、口外厳禁と私は解釈し、
「久しぶりだよね。どうしたの?」
なんて聞かれても
「具合が悪かった。」で通している。
別に悪いことをしたわけではないのに・・・。

最近テレビをつけると『脱マスク』が取り沙汰されている。
コロナに感染したばかりの者としては複雑なのだが、
「ねぇ、マスクしなくていいとかなんとか言ってるよ。」
と夫にテレビの内容を言うと
「そうだよ、マスク、いらないだよ。」
と夫。
「なんで?」
と聞くと
「だって、ワタシタチ、マスクして手も洗ってアルコールもして、どこも行っていませんよ。楽しい、何もしてません。ワクチンも3回しましたよ。でも、コロナになりましたよ。マスク、してもしなくても、関係ないだよ。」
「それも、そっか。」
こんな会話をしている私達である。


前回のブログにルビ君とパル(セキセイインコ)の事で書きたいことがあると書き、それは主にルビ君のことなのですが、予期せぬ事が起きました。
まあ、人生なんて予期せぬ出来事の連続なのでしょうが、起きた事を書きます。

昨年夏頃、ルビ君が羽を脱臼し、以来あまり飛べなくなってしまったことは以前のブログに書きましたが、その頃からルビ君とパルの体重が逆転しました。
それ以前はルビ君が39~40g、パルが35gと、圧倒的にルビ君の方が太っていましたが、ルビ君脱臼後はルビ君は34~35g、パルが40g前後。
パルがめきめきと太ってしまい、ルビ君が痩せてしまいました。
痩せてしまったと言っても35gは平均体重なので心配するほどではありません。

前回と今回の上記に夫婦でコロナに感染したことを書きましたが、自宅療養3日目から、パルの体重が41gに増え、5月3日には42gになりました。

我が家では朝、私が餌と水やりをします。
この時は主にペレット(ビタミン等が入った餌。かかりつけ獣医んさんによると、まずいらしい。)、それにシード(種。インコの好物)を少し混ぜ、計量スプーンで計り、水にはネクトン(ビタミン)を入れます。
夕方も2人のお世話は私で、敷き紙と水を替え、おやつを与えます。
おやつは普段は食べない、恐らく相当まずいのだと思うのですが、大量に残っている朝とは違うペレットをひとつまみ、そこにシードをひとつまみとオーツ麦を3粒位与えます。
これで終わればいいのですが、問題は夜、我々人間の夕食時です。

この時間は放鳥タイムなのですが、食卓には人間のご飯とルビ君とパルの野菜も並びます。
野菜は、トウモロコシと人参と青菜。
トウモロコシは新鮮な物が手に入る時は新鮮な物を買い、わざわざ茹でます。
2人が生より茹でた方を好んでいるからです。
新鮮な物が手に入らない冬場は無添加無塩の缶詰で我慢してもらいます。
人参はパルの好物で、とはいえ機械でほそーく切った物しか口をつけません。
ピューラーを使えばいいのではないかと思われるでしょう。
私もそう思い、色々試してみましたが、私が切る人参はパルのお好みに合わないらしく、パルが食べるのは市販の野菜サラダに入っているものだけ。
その為、毎日人参が沢山入った野菜サラダを買っています。
ここまで書いて読み返し、
「なんたる親馬鹿、超過保護!」
我ながら呆れますが、ペットと暮らし、溺愛している人はきっとみんな私のような感じではないかと思います。

夕食時が野菜だけであればいいのですが、それで満足しないのが夫です。
「ちょっと、あげるか。」
と言うや否や、ルビ君とパルのお皿にシードを入れ、2人共おお喜び。
がっついて食べます。
「ねぇ、おやつは夕方あげているんだよ!この時間にあげるのやめてよパルなんて、すごく太っちゃって、健康診断に行くと、『このヒト、大丈夫ですか?お腹、パンパンですよ』って、いつも先生に言われるんだから
この言葉、何度夫に言ったことでしょう。

話を5月3日のパルの体重が42gになった日に戻しますが、42gまで増えたのは初めてなので
「これは、まずい!本気でダイエットさせないと。」
と思いました。
「ねぇ、パル、すごく太ってるよ。これじゃ、デブインコだよ。横綱パルちゃんだよ。夜、おやつあげるの、絶対にやめてくれる
と、夫をどやしつけると
「わかった、わかった。ねぇねぇ、パル見て。なんだか、いやらしい格好、してますよ。」
夫がヘラヘラ笑うので、パルを見ると、背中を反らせ、これまで見たことがない恰好をしています。
「いやらしい」というのは私と夫の間でよく使う、いわば口癖のようなもので、「変な格好」というべきなのかもしれません。
しかし、その変な格好も
「いやらしいけど、可愛いね
夫も私もヘラヘラしてしまい、親馬鹿全開です。

5月4日もパルの体重は変わらず、42g。
「1日餌を減らしたくらいじゃ・・・痩せないよね。人間だってそうだもんね。続けることが大事!」
なんて自分に言い聞かせ床につきました。

夜中だったのか明け方前だったのか、時間はわかりませんが、私は奇妙な夢の真っただ中にいました。
ヨークシャテリアが赤ちゃんを産むという夢です。
私はヨークシャーテリアを飼ったことはありませんし、特別好きな犬種でもありません。
夢って不思議ですね。

そんな時でした。
文字で表現するのが難しいのですが、キューキュルキュル、キューキュルキュル、キュルッキュルッキュルッ・・・・というような音が聞こえました。
ちょっとやそっとの地震では起きないくらい眠るのが好きな私が目覚めたのですから、結構大きな音で、眠いながらもルビ君かパル、どちらかが鳴いていると察しがつきました。
夫もその鳴き声で起きたらしく、
「どったの?どったの?」
と、赤ちゃん言葉でルビ君とパルに声をかけます。
「ルビ君なの?パルなの?」
半分眠った状態で夫に聞くと
「パルだよ。」
「パル、どうしたの?」
「卵・・・、かもしれない。」
と夫。
「えた・ま・ごやだ😩、卵なんて、やめてよ。」
と言った瞬間
「あっ、産んだ!パルが、卵、産みましたよ
「ねぇ、部屋、暗いのに、なんで卵だってわかるの?」
尚も半分眠った状態で夫に聞くと
「音がしました。ボトッと、卵、落ちた音、しました。」
と言うと、夫は眠ってしまい、私も半分眠ってはいるのですが、思い出しました。
「あっ!パルのあのいやらしい格好、あれって、シャチホコだ!あれがインコ界で有名なシャチホコポーズなんだ!」
その後パルの不思議な鳴き声も止み、私もぐっすり眠ってしまいました。

我が家では朝は私が先に起きます。
起床すると、
「なんか、昨日、なにかあったような・・・、なんだっけ?そうだ、そうだ、パルが卵とか言ってたっけ!」
と思い出し、パルのケージを見ると、ありました。
真っ白な卵がケージの下の敷き紙の上にありました。
ちなみに我が家ではケージの下に置く網を置いていません。
ルビ君もパルも網を怖がるからです。

「ねぇ、42gになると、卵ってことなんだよ。太らせちゃダメなんだよあなたのせいだからね。」
起床したばかりの夫に怒ると
「またまた、朝から怒る。見て見て、パルの卵、きれいです。何個産むかな~?」
夫は至って能天気。
「何個産むかな~、じゃないよ。ちゃんと産んでくれればいいけど、卵詰まりになったら大変なんだよ病院、連れて行くのは私なんだから!卵詰まりで死んじゃう子もいるんだからね
私の怒りに夫は答えません。
夫流の自己防衛で、話をすり替えます。
そして、慌ただしく準備をし、仕事に出かけました。
私はというと、ゴールデンウィーク中だったので、このブログに毎回のように登場している我が家から徒歩2分のところにあるスーパーが併設されている大型ホームセンターに開店と同時に入り、藁でできた皿型の巣を買いました。
ケージに巣を入れると、パルが巣を怖がり、バタバタと狂ったようにケージの中を飛び回りました。
試しに卵だけを見せても、パルは巣と同じように怖がり、卵はほったらかし。
抱卵もしません。

夜、
「赤ちゃん達、ただいまー。パルたん、卵、温めしてる?」
けたたましい声を発しながら夫が帰宅し、パルのケージの中にある藁巣を見て、
「どうしたの、これ?」
「どうしたのって、買ったに決まっているじゃん。だって、下に置いておくのもなんだかさ~、う○ちもあるし、卵が汚れるじゃん。」
と答えると、夫が藁巣と巣の中にある卵をパルに近づけました。
すると、私の時と同じようにパルは狂ったようにケージの中で暴れました。
「パル、卵、温めする?」
「全然!卵のこと、怖いみたいよ。自分で産んだのにね~。」
と言うと
「じゃあ、ルビ君に見せてみよう。」
「余計な事、しなくていいよ。ルビ君の卵じゃないんだから。」
という私を遮り、夫が藁巣をルビ君のケージに入れ、パルの卵を見せると、ルビ君もバタバタとケージの中で逃げ回りました。

その昔、よく産卵した先代ラニ君も初めての卵の時は自分で卵を蹴って壊してしまい、2個目から抱卵をしたので、パルもそうかもしれず、産むとしたら1日おき。
静かに見守り、卵詰まりにならないことを祈るだけです。

が、その後、パルは卵を産みませんでした。
藁巣と卵はいつ産んでもいいように、つい最近までパルのケージに入れておきましたが
「この巣が怖くて、パル、卵、止まりました。あなたのせいです。」
夫が日頃の復讐かのように私を責め、藁巣と卵をケージから出しました。
但しまだ捨てていません。
可愛いから取っておくそうです。

前回のブログにルビ君とパルが夫を取り合っている写真を出しましたが、あれは発情していたのでしょうね。
産卵が終わった後、2人共、我が家では『おとやさん』と呼んでいますが、羽をバッサリ抜き、今では夫の取り合いはしていません。
パルが何に発情したのか考えてみました。
季節的なこともあるのでしょうが、恐らくルビ君か夫に対して発情してるのだと思われます。
残念ながら私に対してではありません。
これっという理由はないのですが、相性でしょうか?
なんとなくわかるのです。

ルビ君もパルも、先代のラニ君より太ってはいるのですが、卵は産んだことはなく、
「この子達は産まないだ。産まない体質なのかも。」
と、勝手に思っていたのですが、そんなことはないのですね。
2人共ちょいちょい発情しているので、油断はできません。
ともあれ、パルが卵詰まりにならなくて一安心です。


rubi0002.jpeg
ルビ君とパル
放鳥時にはこのようにいつもくっついています。


rubi0003.jpeg
インコ界で有名なシャチホコポーズ
だと思われます。


rubi0005.jpeg
パルの卵
貴重な1個です




















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